401
寝惚けたままうんうんと彼女の言葉に相づちを打つ。なんだかんだと世話を焼かれ、服を着込む頃にやっと頭がはっきりしてきた。ふふん、何を着ても似合うだろう?そうか、君はスーツが好みか。ネクタイを結ぶ手を掴み朝の挨拶にしては濃厚なキスをする。口では色々言うけれど嘘をつけない君が好きだよ。
 *エイプリルフール

402
初恋の相手は貴方でした。地獄でも何処でもついて行きます。女としての幸せなんて考えたこともありません。貴方はかけがえのない上官でそれ以上でもそれ以下でもありません。命令ならばどんなことでも従います。心の中で繰り返す言葉。真実に紛れ込ませた一つの嘘に、どうかお互い気付きませんように。
 *エイプリルフール

403
「何か欲しいものはございますか?リザお嬢様」「貴方が欲しいわ」「私…ではゲームをしましょう。お嬢様がお勝ちになれば私は貴女のものに」「ゲーム?」「今から一年、次のお誕生日までに私を落とすというのはいかがでしょう」「一年…」「できませんか?」「やるわ」さて、どちらに有利でしょう。
 *ぽるかさんのお誕生日に。執事タングとリザお嬢様

404
重い瞼を開けるとずっと見たかった彼女の笑顔。君を置いて行くのは不安だが、連れて行くわけにはいかないから。最後の力を振り絞り、その白く柔らかい頬を撫でる。「大佐…マスタングさん…」言葉とともに唇から零れる赤い液体。「逝く時は一緒だと言ったでしょう?」そうか。ならばこの続きは地獄で。

405
排卵、受精、分割、着床…どの段階で拒むのだろう。無意識に、意識的に拒絶する彼女の身体を甘い囁きと激しい動きで解きほぐし、自分の情報を幾度となく刻み付ける。やがて受け容れる身体を想像して我知らず口角が上がる。私の望みに彼女が逆らえる訳がないのだから、本能に逆らえる訳がないのだから。

406
鏡の前でバレッタを外し、ふと気付いて髪を一房手に取った。今夜はいつもより念入りに銃の手入れをして、予備の手袋をもう一組用意しておこう。車内にタオルはあったっけ。くるんと巻いた毛先を弄りながら、手帳を開いて明日の予定を確認する。ラジオの天気予報では曇りのち晴れ。でもきっと明日は雨。

407
「私はこのまま司令部に向かいます」予備の下着をつけながら部屋の主に声をかける。「いつもの時間に迎えを寄越しますから、準備しておいてください」了解の意か背後でごそりと動く気配。「明日…」擦れた声に振り向く。「二三〇〇だ。待ってろ」それだけで理解する都合のいい女がいてよかったですね。

408
難しい顔をして歩く上司の後ろに付き従う。「中尉、この後は空いてるか?」今日はこれで終了だけど。「本日期限の書類がまだ…それに明日の訓練の確認も」「くだらん言い訳はいいから、さっさと足を開きたまえ」「…!」「初めては惚れた男がいいだろう?」不意を突かれて油断した。退路はもう、ない。
 *お題「『くだらん言い訳はいいからさっさと足を開きたまえ、中尉』みたいな事言って中尉をなぶる大佐

409
「いっそ何処か遠くに」二人で逃げてしまおうか。私を真っ直ぐに見つめる瞳が言葉を遮る。ああ、分かってるよ。「ここから帰ったら願い事を一つ叶えてやる」「何でも?」「何でも」「では、ずっと隣で不敵に笑っていてください」参ったな。ならば早々に敵も弱気も吹き飛ばして進むか。この焔と弾丸で。
 *お題「どこか遠くに二人で逃げたい/ずっと隣で笑っていて欲しい/願い事、ひとつ」

410
「キスしたい」吐息とともに囁かれた言葉。「何?」「キスしたい」親指でそっと私の唇をなぞる。「もう一度言って」普段は感情を押し殺している彼女が、熱におかされて吐き出したもの。「キスしたい」返事の代わりに唇を舐めてやると、誘われるように熱い舌が入り込んできた。そんなところも好きだよ。
 *お題「キスしたい、キスしたい、キスしたい/そんなところも好きだよ/熱におかされて吐きだしたもの」

411
ようやく解放された唇を拭い、ドアに手をかけた。彼の遊びに付き合う気はない。さっさとここから出て行かなければ。「逃げられるものなら逃げてみたまえ。……もっとも逃がすつもりはないがね」首筋に熱い吐息がかかる。もう猶予はない、今すぐに逃げなければ。彼の腕と自分の心に捕まってしまう前に。
 *お題「『逃げられるものなら逃げてみたまえ。……もっとも逃がすつもりはないがね』みたいな事言って中尉を追いつめる大佐」

412
雨の降る大通り。すれ違ったのはいつも隣にいる彼女。傘に隠れて顔は見えないが互いに間違えるはずもない。背中に視線を感じながら、彼女とは何もかも正反対の女の肩を抱いて歩き去る。今この一瞬、彼女の心は私のことでいっぱいだ。侮蔑でも嫉妬でも何でも構わない、彼女を独占できる喜びに心が躍る。
 *お題「歪んだ独占欲」

413
今夜も違う香りを纏い、私を抱きにやってくる。上辺では軽い嫉妬をちらつかせ、心は優越感に溺れる。欲望の中に垣間見えるのは背徳、贖罪、憐憫…こんな顔を見ることができるのは世界に一人、私だけ。自分は解放されたいと願いながら、逃げられないように彼の魂に楔を打ち込む。「マスタングさん」と。
 *お題「歪んだ独占欲」

414
震える彼女を抱き寄せ、そっと背中を撫でる。普通の恋人同士なら抱き合うだけで満たされるのだろうか。普通なんて知らない我々は何も満たされず、孤独を分かち合うだけ。それでもたった一人で耐えるより二人でいた方がマシだろう。だから私の知らないところで泣かないでくれ。この鍵は渡しておくから。
 *お題「孤独を分けあったふたり」「この鍵は渡しておくから」

415
起きた時から彼女の機嫌がよろしくない。朝の挨拶以外は一言も喋らず、目も合わせてくれない。朝食も一人で済ませてしまったようで、テーブルには一人分のスープと…ケチャップで「大嫌い」と書かれたオムライス。ああもう、可愛いなあ。怒らせた心当たりはないのだが、全力で機嫌をとることにしよう。

416
背中を焼いてもらえばこの重責から解放されると思っていた。彼の方も自身を苦しめる元凶を焼けば少しは気が晴れるだろうと思っていた。けれど実際は違ったの。自由になるための行為が更に彼を縛りつけてしまった。私の心を雁字搦めにしてしまった。こんなに切なくなるはずじゃなかったのに…どうして?

417
テーブルでリザが写真に見入っていた。「犬か」「友人が仔犬を飼い始めたんです」「飼いたい?」「うちは無理ですよ。でもいつか飼ってみたいです」「じゃあその時は俺にも触らせてくれる?」少し考えてから彼女は言った。「その子が嫌がらなければいいですよ」君とその仔犬に嫌われてないといいけど。

418
「うまいか?」「はい」「本当に?」心配そうに顔を覗き込んでくる。「ふふっ」「なぜ笑うんだ」あの頃と同じことをする貴方が可笑しくて。何もかも変わったと思っていたのに、貴方の中にはマスタングさんがちゃんといるんですね。「お代わりいただけますか」「あ、ああ」嬉しそうな顔もあの頃と同じ。
 *完全版13巻「うまい?」記念

419
カランと音を立て琥珀色の液体が揺れる。「飲み過ぎはだめですよ」「君もどうだ」渡されるグラスを無視し、濡れた唇をペロリと味わう。「うまいか?」「少なすぎて分かりません」「だったらもっと味わえばいい」抵抗する間もなく腰を攫われ膝の上。アルコールのせいにして、今夜は乱れてみようかしら。
 *完全版13巻「うまい?」記念

420
「うまいか?」ケーキを差し入れてくれた上司が休憩室に入ってきた。「ありがとうございます。大佐も味見されますか?」フォークで一切れ取って差し出すとぱくりと一口で飲み込んだ。「結構いけるな」「美味しいですね」何だろう?みんなの視線が集まっている。不思議な空気に大佐と二人首をかしげた。
 *完全版13巻「うまい?」記念

421
「では…」「ああ」静かに上着を羽織り寝室から出て行く彼女を見送る。酒の勢いにするには熱がありすぎて、次を約束するには理性が勝ちすぎて、何も言葉が出てこない。今まで抱いた女など努力せずとも記憶に残っていないが、この身体に残る香りと感触が忘却を許さない。頼むから、隙を見せないでくれ。
 *一回だけ間違いを犯してしまったロイアイ

422
どうして二人きりになったのか、どうして酔うまで飲んだのか、どうして部屋まで入ったのか、どうして身を委ねてしまったのか…。彼の家を出てからいくつもの「どうして」が頭の中を回っている。ぐるぐる、ぐるぐる。その中心にある答えに決して近付かないように、これからもずっと回り続けるのだろう。
 *一回だけ間違いを犯してしまったロイアイ

423
「では、おやすみなさいませ」受話器を置き緊張を解く。「酷い女だな」「どちらが」仕事で帰れないと腕の中に閉じ込めた副官に連絡させる男と、仕事と偽り情事に耽る女。ごめんなさい、分かっていても離れられないの。家庭も名声も子供も貴女にあげるから、彼の命と一緒に死ぬ権利だけは私にください。

424
視察の合間に連れてこられた見知らぬ町。駅に着いた途端に攫われて、ドレスを着せられメイクまで施された。「ああ、綺麗だな」まだ呆然とする私の前に現れたのは礼服を着込んだ貴方。「閣下…」「君にどうしても着せたくてね。結婚してくれるか?」もう、ここまでお膳立てをしておいて。「何を今さら」

425
バスタブにたっぷり湯を張り手足を伸ばす。「ああ、気持ちいい…」浴室に広がるオイルの香りが開放感を増強する。足先から上半身へ固まっていた筋肉を解すと、身体に溜まった澱が流れ出して行くようで。「私…疲れてたのね…」「君は働きすぎなんだよ」疲れの元凶が太ももを撫で回しながらそう宣った。

426
「どうかな?」そんな間近で期待に満ちた目で聞かれたら答えは一つしかないでしょう。「うまい?」「美味しいです」「よかった。俺の腕もなかなかだろう?」少年のように自慢気な貴方。「昔より上手になりましたね。練習したんですか?」「してないよ」嘘ばっかり。私の前で格好つけても仕方ないのに。
 *俺タング&うまい?

427
視察の途中で立ち寄った宝石店。いつもの気紛れだと思っていたのに。「閣下が…いえ、ご主人が一年かけてご用意されたものですよ」「お、おいっ」真っ赤な顔と真っ赤な石を見比べる。「石が届くのに時間がかかっただけだ」私好みのシンプルなデザインの指輪。「有難うございます」一生大切にしますね。

428
「何だその格好は」「暑いんです。いけませんか?」本当は全部脱ぎたいくらいなんだけれど。「男の前でそんな格好するんじゃない。襲うぞ!」「どうぞ」「は?」「だから、どうぞ」「ああ、どこで教育を間違ったんだ…」いいと言ってるのに、目の前の男は頭を抱えて踞った。襲わないのかしら、変な人。

429
「「どうもー、大佐中尉でーす」」「今日はええ天気やなぁ」「ほんま。子供の日やし、お出かけ日和やねぇ」「子供の日いうたら、私らも子供作らなあかんな」「なんでやねん!」バチーン☆「あ、飛んで行ってもうた」「ちゅ、ちゅうい…」「なんや、生きとったんかい。ほな、後はまかすわ。さいなら〜」
 *こどもの日

430
「私は君に何も与えてやれない。奪うだけだ」ぎりぎり触れない距離で頬を滑る手を胸元に引き寄せ一生に一度だけの告白をする。「いいえ、貴方の未来を奪ったのは私です。私は何も奪われていません。だから…」そっと唇を重ね勇気を貰う。「だからこれから私の全てを奪ってください」もう迷いはないの。
 *琥珀さんの誕生日に

431
読書の途中で睡魔に負けたようだ。本の重みで足が痺れて…えっ!?本が金の髪に変身?いやいやいや、それはおかしい。冷静になれ、俺!確か庭で一緒にランチをとってそれから…どういうわけかリザの枕になっていたようだ。小さな寝息と人肌の暖かさがまた眠気を誘う。どうか師匠が見ていませんように。
*すずめさんのリクエスト「庭でお昼寝をする若増田と子リザ」

432
コツコツとヒールの音を響かせて女性が近付いてきた。大きな花束を抱えているため顔は見えないが醸し出す雰囲気から美人であることが分かる。スカートからすらりと伸びた足も美しく…む、あれは中尉の足!見とれている私にばさりと花束を押しつけると彼女は無言で去って行った。「えっ、中尉?何!?」

433
彼は今頃とても困惑しているだろう。街中でそれも女性からあんな大きな花束を渡されるなんて。くすっ。彼の困った顔を思い浮かべるだけで楽しくなってくる。いつも振り回されてばかりだからちょっとしたお返しなの。今夜約束の時間にどんな顔をして待っているか楽しみね。きっと側にはあの大きな花束。

434
「それは私のだが、何か用か?」煩かった男達がたった一言で立ち去った。「あれくらい追い払えるだろう。それとも楽しんでいたのか?」不機嫌な黒いオーラが近付いてくる。「民間人に怪我をさせるわけには…。やっぱり、貴方と一緒がいいですね」「何を突然可愛いことを」照れ隠しのキスが降りてきた。

435
「綺麗だ」すっと歩み寄り彼の手を取る。「しかし、ちょっと物足りないな。頼りなげな君を見たかったのに」足元に降りる視線。「軍人ですから、ハイヒールで全力疾走くらいできますよ」貴方に弱みなんて見せられません。「そうか、だが…」同じ高さにある目が悪戯っぽく光る。「キスはしやすい」あっ!
 *モエール大学の宿題「ハイヒール」

436
「大佐、こんな所にいたんですか。さっさと戻ってください」「見つかったか」「大佐、本日期限の書類が溜まっています」「はいはい」「大佐、居眠りしないでください」「あ?ああ…」「大佐、誤字です。すぐに訂正を」「はい、すみません」「大佐、好きです」「「えっ!?」」がばっ「「夢か…ふぅ」」

437
「いつになったら私の意見が通るんだ!」先程の会見とは打って変わって不機嫌丸出しの声。「上に行けばもっと楽に事が運ぶと思っていたのに…階級が上がるほど厄介事が増える」「あら、眉間のシワ」深く刻まれた皺を指で伸ばす。「あと一つ昇ればやりやすくなりますよ」「どうだか」きっと大丈夫です。
 *こはくみつばさんのたんぐ、たんぐより妄想

438
頻繁に手紙を出す友人の影響ではないが、ふと君のことを思い出し文章を綴る。元気だろうか、一人で寂しくないだろうか、何の仕事をしているのだろうか、もう恋人はできただろうか…。最後に自分の名前を書き封をして手袋を嵌める。例えこの灰の一欠片が届いたとしても、君から返事は貰えないのだろう。
 *ラブレターの日

439
目覚めると隣には彼の代わりに一通の手紙。『返事はいつ貰えるだろうか』中身はこの一文だけ。返事?確か昨夜は外で食事をして帰宅後にワインを開けてキスしていつものようにベッドイン…。その間に何かあったような…あ!私、きちんと伝えてなかったのかも。どうしよう、どんな顔で返事したらいいの。
 *ラブレターの日

440
寂しい時はそっと傍にいてくれていつも私を守ってくれる優しい王子様。柔らかそうに見えて実はちょっと硬くてクセのある黒い毛を撫でながら口にちゅっとキスをする。「おやすみなさい、ハヤテ号」「おい、私にはないのか」もう、貴方にはこれからいっぱいするでしょう?我が儘な王様の相手は大変だわ。
 *キスの日

441
少し開いた胸元に彼女の手が滑り込んできた。釦を外す訳でもなく指先でそっと鎖骨をなぞる。「消えてしまいましたね」ああ、君が残した痕のことか。「付け直す?」「ちゃんとマーキングしておかないとすぐに他所へ行こうとするでしょう?」「酷いな」ちゅっと吸われる肌の痛みも可愛い嫉妬も望む所だ。

442
ダン!彼の放った銃弾が相手の銃を弾き飛ばした。「クソッ、銃が使えたのか」「わざわざ敵に教えたりはせんよ」さらに2発の銃声と叫び声が響く。「こいつをさっさと連行しろ」動けなくなった男は正確に両方の足関節を砕かれていた。「えげつねぇ」どこからか聞こえた声を無視し、私は彼の後を追った。

443
「取り戻してきます」慌てて出ていこうとした私を彼がそっと止めた。「もう必要ないものだよ」「でも…」彼と共に人生を歩んできた銀時計は彼の魂そのものなのに。「君は髪を売ったんだな…だが、これでやっと始めに戻った気がしないか?随分と歳は取ったが」顔を見合わせ、互いに目尻の皺を深くした。
 *オー・ヘンリー「賢者の贈り物」より妄想

444
突然の雷雨に慌てて車内へ戻る。「よく晴れていたのに」「異常気象というやつか」上官にタオルを渡し自分も濡れた軍服を拭く。「嫌な季節ですね」「私も無能になるし?」笑いながら前髪を掻きあげる仕草に見とれ、僅かに返事が遅れた。「…そうですね」自分が無能になるようでこの時期は嫌いなんです。
 *61の日

445
「嫌な季節ですね」ふと振り向いてしまったのが間違いだった。僅かに上がった息、濡れた肌、項に張り付いた髪…。その風情に思わず手が出そうになる。「私も無能になるし?」咄嗟に前髪を掻きあげて表情を隠し冗談を飛ばす。「…そうですね」返ってきたのは頼りなげな声。車内に二人きりは正直きつい。
 *61の日

446
「妻だけは自分で選んだ」この国の最高権力者はそう言った。かの人物でさえ自力で手に入れたのはそれだけだったというのに、彼は言い放つ。「私は欲張りなんだ。欲しいもの、自分が選んだものは全て手に入れる」「イエス、サー」「もちろん、そこには君も含まれている」なんて強欲で傲慢なプロポーズ。
 *プロポーズの日

447
いつものように自宅前まで護衛がつく。「では失礼します。おやすみなさい」「ああ、おやすみ」返礼し玄関のドアを開けようとするとコートを軽く引っ張られた。そういえば最近は忙しい上に隙があれば本ばかり読んでいたな。「寄って行くか?」こくりと頷く彼女にぴんと立った耳と尻尾が見えた気がした。

448
さっきから姿見の前で難しい顔をしている彼女に声をかけた。「最近太った気がして」そんなことを気にしていたのか、心配しなくていいぞ。「あと1週間くらいすれば減るよ」「はい?」「君、周期的に2Kgぐらい体重増減してるだろう。知らなかったのか?」何だ君、その顔は。本当に知らなかったのか?

449
あと数分で日付が変わる。今夜も相変わらずの残業でいいことなんて一つもないけれど日常なんてこんなもの。「コーヒー淹れ直しますね」「ああ」部屋にはペンを走らせる音だけが響く。「どうぞ」「ありがとう」少し疲れた様子の、でも心からの笑顔。この人の傍に居られてよかった。「どういたしまして」
 *611の日

450
「気になる女性がいるんだ」とうとう恐れていた日が来てしまった。「昔からずっと好きだったんだよ」夢のような時間の終焉。仮初めの愛人は去るしかない。「さようなら、ロイさん」唇に軽いキスを残し腕から抜け出ようとしたその瞬間。「一世一代の告白をしているのに聞いてくれないのか?リザ」え…?
 *613の日

451
コートを着て玄関のドアに伸びた彼の手が止まった。「何か?」「ここを出ると君に触れなくなるな、と思ってね」「馬鹿なことを言ってると遅刻しま…んっ」朝の挨拶どころか昨夜の名残に焔をつけるような熱いキス。「さて行こうか、副官殿」「…」「どうした?ぼうっとして」人の気も知らないで、もう!

452
今日のスケジュールを告げる彼女をミラー越しに眺め、色の取れかけた唇に思わず口元が緩む。目を閉じ思索に耽る振りをして服の上からポケットを確認する。この色なら彼女も文句を言わず使ってくれるはずだ。家で渡せばいいものを車を降りる時にでもこっそり渡してやろうなんて、我ながら悪戯が過ぎる。

453
彼に渡されたものをロッカー室で開けてみた。気になっていたメーカーの新作…しかも目立たない色。どこでこんな情報を仕入れるのかしらと思いながら朝の行為で色の落ちた唇に新しい色を乗せる。うん、なかなかいい感じ。鏡の中でにっこり微笑む自分にはっとした。彼の思い通りになってるようで悔しい!

454
顎を捕まれ空いた方の親指で唇を拭われた。「せっかく塗ったのに」鏡に向かい別の色を塗り直す。「ああ、こっちの方が断然いいな。むしゃぶりつきたくなる」言葉通り食べられそうな勢いに呼吸が苦しい。「ん、ふ…また塗り直し…」「何度でもいいじゃないか」軽く睨んで彼の唇に残る深紅を拭い取った。

455
「大佐ぁ、そろそろ結婚してあげてくださいよ~」出来上がった部下が余計なことを言い出した。「そうですよ。あんまり待たせちゃかわいそうです」「二人ともいい歳ですし」いくら無礼講でもちょっと五月蝿い。「ダメなんですか~?大総統閣下が向こうで淋しそうに見てますよ」ああもう、仕方ないわね!

456
「とうとう師匠の歳を越えてしまったよ」シャンパングラスを軽く掲げ彼が苦笑する。「君は変わらないから、自分だけ老けていってる気分だ」確かに髪に白いものが混じって皺も増えたけど。「年相応で素敵ですよ。毎日惚れ直してます」「そんなに煽るな」私にくれるキスだけは変わらずに熱いままですね。
 *誕生日にいただいたシャンパンのエチケットイラストから妄想

457
ハンドルを握る彼女の横顔は少しだけ不機嫌だ。「デートの送迎をするのが気に入らない?」「まさか」そう、たとえ妬いていても勤務中は表情に出さない。「じゃあ、何に怒っているんだ?」「右手を」「ん?」「太腿をいやらしく撫で擦っている右手を退けてくだされば全て解決します」あ、やっぱりダメ?
 *マキミーさんのリキテンスタイン風イラストから妄想

458
「ママ!みて!」息子が階段の手摺をずるずると滑り降り…というほどのスピードはなく、ずり落ちてきた。「上手ね。でももっとスピードが出ると面白いわよ。こう跨ってね」「こらこらこら!二人とも、何て危ないことをしているんだ」「すみません。楽しくて…」しまった。これからは出張中に教えよう。
 *ろいっこ

459
「パパ」本を読む私の膝に息子がよじ登ってきた。「あのね、あのね、ないしょのおはなし」「何だ?」「ぼくね、おにたんになるんだ」おにたん?鬼?「隠れんぼか?」「ちがうの。おにたんなの」「ん…あっ!」息子と本を抱え転がるようにして妻の元へ駆けつける。「リザ!」みんなまとめて抱きしめた。
 *ろいっこ

460
獲物を狙う肉食獣のように気配を消し背後から忍び寄る。大丈夫、さっきまで本に夢中だった相手はその格好のままソファで眠り込んでいる。そうっと背もたれに両手を乗せたら…首筋をがぶり。「うわっ!」「今日はもうおやすみですか?」「いや、ヤル気が出た。寝室へ行こうか」「はい」うふふ、楽しみ。

461
テーブルから紙が一枚ひらりと落ちた。「ん?ハヤテ号達の絵か。よく描けてるな」「あ、それは…あの子と貴方です」「ほう、まだ小さいのに絵の才能もありそうだ」「違うんです」妻がもじもじと言いにくそうにしている。「ん?」「違うんです…それは私が…」ああ、君が画伯だというのを忘れていたよ。
 *ろいっこ

462
手袋を嵌めた右手を無造作に差し出す。真っさらな布の上に赤い唇が降り、ただの文様だったサラマンダーに命が吹き込まれる。いつもの儀式を終えポケットに突っ込んだ手を、私はぐっと握りしめた。奪え、貪れ、焼き尽くせとチロチロ舌を動かして私を煽る黒い悪魔を制御するために、心を氷で固めるのだ。

463
眠っている息子の髪を妻が優しく撫でている。「寂しいですね」片方の天使が呟いた。「ん?」「お乳を飲まなくなって、ちょっと寂しいです」「私がいただこうか?」「もう…」二人の声に眠りを妨げられたのか、もう片方の天使が寝返りをうつ。「マ…マ…」この子はまだまだ君から離れられないようだよ。
 *ろいっこ

464
暴れた子犬のせいで二人ともびっしょり。「髪も乾かしてくださいね。え?あんっ」濡れたシャツ越しに体温が伝わり、口内を侵す舌に夢中になる…熱い。「ん…はぁ」「これ以上はヤバイな」余韻もなくすっと身体を解放された。「早く…服を着てください」「髪拭いてあげようか?」仕掛けておいて酷い人。

465
壊れた人形のように倒れた身体。燃え残った木炭のような手足。あれから何年も経つのにリアルに浮かぶ光景。人殺しにも慣れ普段は意識に上ることもないが、ふとした瞬間に蘇る記憶。賢者の石のような赤い目が何も言わず此方を見ている。ただじっと私の為すことを見ている。眠れない夜がまたやって来る。

466
唇に残る唾液を親指で拭ってやると恥ずかしそうに目を伏せた。「君は昔から少しも変わらないな」短くなった髪の隙間から覗くうなじまで赤く染まっている。「この後のことを考えると恥ずかしくて…」意外と期待しているらしい彼女の言葉に心拍数が跳ね上がった。私もそう変わっていないのかもしれない。
 *611Museumへ参加

467
パタパタと走り去る足音で我に返った。床に散らばった本を慌てて拾い集め埃を払う。あんなに真っ赤になって何も言わずに逃げるなんて、きっと初めてだったんだ。事故とはいえ可哀想なことしちゃったな…。何気なく唇に手をやると先程の感触が思い出されて顔が熱くなる。やばい、今頃ドキドキしてきた。
 *611Museumへ参加

468
珈琲でも淹れようかと顔を上げると大佐が机に突っ伏していた。時刻は0245。ここ数日まともに寝ていないのだから仕方ない。1時間経ったら起こそう…と考えていたはずなのに。「おはよう」目の前にカップが差し出された。「君と夜明けの珈琲を飲めるなんて嬉しいね」ああ、色んな意味で恥ずかしい。(0520)
 *611Museum企画内企画「とある一日の記録」へ参加

469
「疲れた」トントンと机を叩き彼が呟いた。「追加です」バサッバサッと書類の山を高くする。「うっ…そう言えば例の件、首謀者のキーツは見つからないのか?イアンとスミス、スタンリーの供述では近くに潜んでいそうだが…担当のメイソンとイーデンに発破をかけるか」さて、このテロにどう応酬しよう。(2110)
   *611Museum企画内企画「とある一日の記録」へ参加

470
「腹が減ったな」コートを羽織りながら彼が呟いた。「もう店も閉まる時間ですね。よければ、うちで食べていかれますか?」「食事の後は…」彼の言葉に電話のベルが重なる。「ターゲットが動きました」「行くぞ」「はい」先程の会話などなかったように部屋を出て行く背中に、私はついて行くのが精一杯。(2235)
 *611Museum企画内企画「とある一日の記録」へ参加

471
「ふぅ、やっと寝てくれた」お風呂を嫌がる仔犬たちのせいで昼なのにもうぐったり。「チビどもは元気だからなあ。ご苦労様」ソファに座ろうとすると紅茶の入ったカップを渡され、そのまま膝に乗せられる。「そろそろ私の相手もしてくれるかな」ああ、この大型犬も早く寝かしつけなくちゃ、私の休日が!(1510)
 *611Museum企画内企画「とある一日の記録」へ参加

472
上官の都合で早めに仕事が終わった。特にすることもないので、いつもよりハードな訓練をして帰宅。愛犬の食事と自分用のつまみを適当に用意し秘蔵のボトルを開けて一時間…玄関のベルが鳴った。「やっぱり」「いきなり来て何よ」「何でもいいでしょ、さあ飲むわよ」明日は二日酔いになりませんように。

473
今日は私が作るからと彼が準備したテーブルを見て驚いた。手の込んだ料理の真ん中に置かれた大きなオムライスとその上にケチャップで書かれた拙い文字。『ママおたんじょうびおめでとう』夫にそっくりの自慢げな顔に付いた汚れを舐めとり頬に感謝のキスをする。もちろんその隣で待っている彼の唇にも。
 *ろいっこ

474
皆から一人離れ持ち場で待機していると聞き慣れた足音が近付いて来た。ターゲットのいる建物からは目を離さず背後に声を掛ける。「もうすぐ時間ですよ」「ああ…5分だけだ」背中に彼の重みを感じてからきっちり300秒後、ふっと背中が軽くなった。「ではよろしく頼むよ、中尉」「Yes, sir」
 *SPTレイズナーED「5分だけのわがまま」から妄想

475
「本当に見えるんですか?」「ああ、これから君も忙しくなる。言いたいことがあるなら今のうちだぞ」「では少しだけ我が儘を…」嬉しそうに彼が頷く。「ただのマスタングさんでいてください」「ん?」「5分でいいんです」私だけを見てください。全てを理解した彼はその黒い瞳で優しく微笑んでくれた。
 *SPTレイズナーED「5分だけのわがまま」から妄想

476
ずっと父様のお嫁さんになるんだって信じてた。でも気付いたのよ、父様は売約済みだって。その辺の女なら奪い取るけど相手は母様だもの、泣く泣く諦めたわ。兄様みたいに子供じゃないもの。そして冷静に周りを見回したら…お買い得品がいるじゃない!あと十年くらいしたらボインになるから待っていて。
 *りざっこ

477
「ママー」「リザー」「はーい」なぜかいつも同時に私を呼ぶ二人。「ぼくのおもちゃどこー?」「アレはどこに置いたかな?」頼りにしてくれるのは嬉しいけれど、もう少し躾が必要かしら。「あなたの時は厳しかったものね」「ワフッ」一番手のかからない家族があくびをしながら器用に返事をしてくれた。
 *ろいっこ

478
「あかちゃんまだ?」「きっともうすぐよ」「おとこのこかな?おんなのこかな?」息子は待ちきれない様子で毎日聞いてくる。「ハヤテ号に聞いてみようか」実は私も楽しみでウキウキと準備を進めている。「ママのおなかにはあかちゃんいないの?」「えっ」後ろで聞いている人の表情が想像できて嫌だわ。
 *ろいっこ

479
書類を読む彼の横顔は疲労の色が濃い。けれど私にできるのはスケジュールの調節くらいで。「閣下、10分いえ20分だけでも仮眠を取られては」「いや、いいよ。それより君の口紅を貸してくれないか」意図も分からず差し出せば徐に塗り始めた。「これでどうだ。少しはマシに見えるか?」全くこの人は。
*小説「ジェネラル・ルージュの凱旋」から妄想

480
金の髪に鳶色の瞳。国軍中尉で私の補佐官。独身。家族は最近飼い始めた犬が一匹。いつの間にか開いたピアスホールと鷹の眼と呼ばれるほどの銃の腕前。デスクワークも完璧。冷たく見えるが実は世話焼きでとても優しい女性。そして…背中の秘伝と火傷の痕。以上が私の知っている全て。知りたい、もっと。
 *くろぬこNo.156,157と連動

481
黒い髪に黒い瞳。国軍大佐で私の上官。独身。家族は叔母が一人、恋人多数。いつの間にか身につけた処世術と胡散臭い笑顔。本好きで優秀な頭脳。常に書類に追われてるのはさぼっているからではなく、あまりに多い仕事量のせい。そして…かつて父の弟子だった人。以上が私の知っている全て。これで充分。
 *くろぬこNo.156,157 と連動

482
机の上の書類はあと数件。早く帰してやりたいが、もしその後デートにでも行かれたらと思うと速度が鈍る。いっそ自分が誘えればいいのだが、敗北が決定している戦をする勇気はない。目が文字の上を素通りしていく。いい大人が、何を十代の学生のように悩んでいるんだ。馬鹿か私は。「大佐?」ああああ。

483
腕の包帯から彼女の顔に視線を戻す。「なぜだ」「貴方の護衛だからです」「ただの護衛官ではないだろう。なのに私の盾になってどうする」「私は…」「なぜだ」「…」彼女の目が常に私を追っていることは知っている。言えない理由も。だがそれでは二人とも生きて行けない。鷹の眼が曇っていてどうする。

484
「何であの二人が対戦してるんだ?」「賭けをしたらしいぞ」「ハンデは?」「大佐は打撃系の技禁止」「へー、それで中尉が押してるんですね」「そう見えるか?」「あっ!!」「このまま大佐の抑え込みかな」「「「「……」」」」「…俺たちここから消えた方がよくね?」「夜の寝技に移行しそうだな」

485
(何か?)(いや、何でもない)普段は視線を交わすだけで相手のことが手に取るように分かるのに、軍服を脱いだ途端に紗がかかる。分からないまま手を伸ばし恐る恐る探り合う。「何だ?」「いいえ、何も」本当は分かっているのかもしれないが、気付かない振りをして指先と唇を、そして視線を絡め合う。

486
「あっちー!」「一雨くればなあ」「ご苦労様、今日も暑いわね」「中尉はハイネックで暑くないんですか?」「慣れてるから。それに、どちらかというと寒がりね」「へー」「女性に冷えは天敵です」君、寒がりだったっけ?毎晩熱い熱い言ってるくせに。だったら今夜は…「大佐、脳が溶け出してるっすよ」

487
軍に残った時点で返事は何となく分かっていた。昔から頑固だからね。ならば、君の人生丸ごと引き受けよう。師匠に託された家族として、こちらの世界の先達として、人生を狂わせた人間として。その代わり、君はこの命を預かってくれるか。等価交換かどうかはどちらかが死んだ時にしか分からないけれど。

488
思い詰めた顔で彼女が切り出した。「閣下は家族が欲しいですか?」まさか自分と別れて他の女と結婚しろとでも言う気か。「子どもは欲しいですか?」ああ、その家族か。「私が望んでいいものなら」「では…この子を産んでもいいですか?」俯いてお腹に手を当てる彼女を、勢い余って押し倒してしまった。
 *ろいっこ未満

489
一時的に失明して分かったことがある。視覚は情報を得るための一手段に過ぎないということ。目を閉じればこちらに歩いてくるハヤテ号の足音といつもより少し嬉しそうなスリッパの音。私の好きな茶葉に混じる君のちょっとした心遣いのブランデーの香り。「何をしているんです?」真理を見ているんだよ。

490
腕の中の彼女を抱き締め夢でないことを確認する。「リザ、おはよう」「…」怖かったのだろうか、背を向けたままじっと固まっている。「何か言ってくれ。馬鹿でも大嫌いでも」「…マスタングさんは…教えてくれませんでした。こんな時、何を言えばいいのか…」真っ赤に染まった項がキスを強請っていた。

491
彼の分厚い手帳には色んな情報が詰まっている。個人的な調査で得たものから錬金術に関するもの、果ては最近流行りのケーキ屋の名前まで。雑多に並べられたそれらの情報は彼の頭の中でどんな風に繋がっているのだろう。その一端でも理解できないものかと、彼の一部である手帳の表紙をそっと撫でてみた。

492
「病院からお電話です」「回してくれ」受話器を持った手が振るえ、医者の言葉もほとんど頭に入らない。「今から30分程度なら何とか調整しますよ、閣下」「すまん!」部屋を飛び出た私を追いかけながら護衛官が聞いてきた。「で、どっちだったんです?」「男だ」涙はこらえたが、声が震えてしまった。
 *ろいっこ

493
「ふう…」「どったの?」「少し疲れたかも」「ぎゅっとしてもらえば?」「誰に?」「あんたの上官によ」「馬鹿なこと言わないで」確かに友人とそんな会話をした。でもだからってこの状況は…「大丈夫か?」「はい」「珍しいな、君が躓くなんて」「すみません…」動悸が激しくて余計に疲れるじゃない。

494
「どうしてあの縁談をお断りに?」「君のためだよ」酷く困った顔をする彼女を納得させるために言葉を続ける。「冗談だ。外戚ができては面倒だし、そうやって権力を握ったと思われたくない。まあ、結婚話は利用するけどね」「…困った人」「我儘なんだ」そう、最後の最後に我儘を通すためのこれは布石。

495
「お疲れ様でした。大総統まであと一つですね」「君もご苦労だったな」式典を終えシャワーを浴びた彼女をベッドに座らせる。「足出して」「えっ…閣下の方こそお疲れなのに」「君は準備で忙しい上に立ちっ放しだっただろ。ほら」秘伝のオイルを塗ってマッサージを始める。糟糠の妻にせめてもの労いを。

496
「大佐?」返事がないはずだ。声をかけた相手はソファに転がり口を開けて眠っている。片腕はだらんと落ちているくせに大事な本はしっかりと胸の上。呆れるやら感心するやら。でも…他の女性にはこんな姿を見せるのはやめてくださいね、マスタングさん。「ん…?」「もう少し寝てていいですよ」「ん…」

497
「いい物件を見つけてね」「はあ…」力説するが伝わらないもどかしさに思わず抱きしめて叫ぶ。「一緒に住もう!」「無理です」分かっていたが呆気なく玉砕。だが背中に回った手に力がこもる。「今は無理ですが…予約でもいいですか?」「勿論」その時は新居を建てて、いや大総統官邸を建て直してやる。

498
一、他人(ひと)に背中の火蜥蜴を知られないこと。二、2人きりの時でも決して名前では呼ばないこと。三、みだりに接触しないこと。四、嫉妬しないこと、しても表に出さないこと。五、護衛を優先し、何があっても死なせないこと。以上五つを彼の補佐官に就任した時、自分に誓った。命ある限り守るの。

499
浴室を出てそのままベッドに倒れ込む。「何これ…」視界が回り身体が重い。「やだ、折角の休みなのに」探り当てた体温計を咥え愕然とする。情けない…目を閉じるとなぜか涙が零れてきた。「君は昔から休日になると熱を出すよな。真面目すぎるんだよ」ぼんやりした意識の中で彼の声が聞こえた気がした。

500
「この後は所用がありますので」「本当かな?」核心を突く言葉にみるみる柳眉が逆立った。「失礼します」予想通り、怒りの声とともに扉が閉まる。「分かってないね」分かっていて馬鹿なことを繰り返す自分に溜息が出る。だが、今夜は君の温もりが欲しいんだ。すれ違っていても構わない、今すぐ欲しい。

501
「食べ物を粗末にするな!」投げようとしていたパンケーキを片手に息子の動きが止まった。「さあ、きちんと座って食べましょうね」「ふえっ」時間差で泣き出したのをあやしながら見上げると、彼も戸惑った様子でやり過ぎたか?と目で訴えてくる。大丈夫ですよ。でも私も思わず敬礼しそうになりました。
 *ろいっこ

502
美味い料理に高級な酒、目の前には誰もが振り向く金髪美女。だが今一つ気分が乗らずどうやって切り上げようか思案している所に緊張した足音が近付いて来た。「大佐、お食事中に失礼します」耳元で薄紅色の唇が緊急事態を告げる。「分かった」そんなものはさっさと終わらせてその白い項に舌を這わそう。

503
一糸纏わぬ姿で眠った上、彼が抜け出した気配に気付かないなんて…自覚のなさに溜息が零れる。「気にするな」額に落ちる優しいキス。「それとも、何も考えられないようにして欲しいか?」黒い瞳を見上げてはっとする。今何も考えたくないのは彼の方なのだ。「お願いします」ぎゅっと首にしがみついた。

504
「白髪増えましたね」「そう言えば昔、君に酷いこと言われたな。マスタングさんは将来禿げそうですねって…」「えっ、言いました?」「言った。かなり傷付いたんだぞ」「それはすみませんでした。でも今は素敵なロマンスグレーですよ」父の書斎から二人の声が聞こえた。いい加減にしてくれないかなぁ。
 *ろいっこ

505
何度注意してもここの方が眠れるからと仮眠室へは行かず執務室のソファに横になる。人の気配がすれば眠れないくせに、よく分からない人。目元に滲む疲れと眉間の皺の原因は、昔なら父の出した課題だったのだろうが、今は…。ずり落ちた毛布を掛け直し、無意識に髪に触れようとしていた手を引っ込めた。

506
「500、600…611センズ?」掌の上の小銭と私の顔を見比べ彼女は首を傾げた。「預けておく。いつか返してくれ」あんな子供に倣うのは癪に障るが効果は実証済みだから。「いつか?」「ああ、大総統にでもなった時に」弾かれたように見上げる瞳には強い光。「了解しました」そんな君が好きだよ。

507
あと数ミリのところで顔を背けられた。「なぜ逃げる」「何となくです」「何となく?」「ええ」「嫌なのか?」「さあどうでしょう」「さあって…」「頑張ってその気にさせてください」悪戯っぽく微笑む唇から零れたのは…「でっきるっかな、でっきるっかな、はてはてふむ~♪」「えっ、リザちゃん!?」
 *できるかな?

508
灯りが消えた瞬間に腕を掴まれた。自分より高い皮膚温に安心すると同時に別の緊張が走る。腕から掌へゆっくりと指が移動し探るような動きに肌が粟立つ。「あっ…」彼の動きを封じようと握り締めたのが間違いだった。再び点いた灯りに咄嗟に反応できない。絡め合う指が名残惜しくて指先をそっと抓んだ。

509
「報われない?」友人の発した言葉に首を傾げた。それは相手に何かを期待しているからでしょう。私は彼に見返りを望んでいるわけではなく、自分の理想を押し付けているだけだからそんな言葉は相応しくないのよ。力説する私に彼女は呆れた様子で呟いた。「あんたたち、報われないわね」そうなのかしら。

510
二人だけで式を挙げた夜、彼が頭を下げた。「一つだけ頼みがある。私より先に死ぬな」「それは命令ですか?」かつての記憶が蘇る。「違う、私個人の願いだ。死なないでくれ」難しいことばかり言って困った人。「では、私からも一つ。死なないでくださいね…マスタングさん」私達はずっと一緒でしょう?
 *映画「天地明察」から妄想

511
久しぶりの休日。お気に入りのカフェで好きな紅茶を飲んで読みかけの本を開いてみても目は文字の上を素通りするだけ。確か今夜はかの令嬢と観劇デートのはず。あの唇で甘い言葉を囁き、あの大きな手で彼女の柔らかい身体を…。「帰ろっか」白いカップに付いた口紅を拭い、愛犬のリードを手繰り寄せた。

512
「いつも私のことばかりで苦しくないか?嫌なら軍を辞めて好きなことをしていいんだぞ」手放せないくせにこんなことを言う私はかなり自分勝手だ。「確かに貴方のことばかりで苦しいです」がくりと俯いた額に柔らかい感触。「お言葉に甘えて好きなことをさせてもらいました」今すぐ抱き締めてもいいか?

513
柔らかくて暖かくて、そして意外と重い存在に思わず笑みが零れた。祝福の言葉と共によく眠っている彼女を母の腕に返し暇を告げる。「お前も早く結婚しろよな」父となった男が上官に投げた言葉に一瞬で顔が強ばった。否定しながらも彼との未来を望んでいる自分がいることに気付かされ、胸の奥が冷えた。

514
「わあった。いましゅぐいく」ガチャンと受話器を置いて偉そうな顔でこちらを見上げる。「何だこれは」「お爺様が下さった玩具です」「そうじゃなくて」怪訝な顔をする私に妻は笑って言った。「貴方の真似ですよ」「私の?」「愛されてますね」それは嬉しいがこいつの眼にはこんな風に映っているのか。
 *ろいっこ

515
無理矢理抱いた後、何も言わずに背を向けた。優しい彼女はそんな酷い男を気遣ってそっと背中を合わせてくる。なぜここまで出来るのか。使命感、義務感、それとも罪悪感か。呼吸が一定になったのを確認し寝返りを打って優しい身体を抱き締める。今だけ許してくれ、君が起きる前に背中合わせに戻るから。

516
「責任取ってもらおうか」振り向いた彼女を抱き締めて囁く。「痛いんだ」「え?」「背中の爪痕」先程までの痴態を思い出したのか暗闇でも赤くなるのが分かる。「嘘だよ。それより、同衾した時は向き合って眠るのがマナーだ」「そうなんですか?」素直に信じる彼女。眠りにつく前の躾も楽しいものだな。

517
はしゃぐ娘を乗せたバギーを押して息子が走って行く。「そんなにスピード出しちゃだめ…あっ」「こら!」車道に飛び出しそうなところをタイミングよく帰宅した夫が止めてくれた。「ごめんなしゃい」「気を付けなさい。ほら、君も銃をしまって」家庭では私も子供扱い…職場と同じようにはいかないわね。
 *ろいっこ

518
「大佐」何の躊躇いもなく私の手を取ろうとする彼に苦言を呈す。「私は貴方の護衛官なんですよ」どんな綺麗なドレスを着ていてもエスコートされる側の人間ではないのに。「そうだな。では二人の時に思う存分特別扱いさせてもらおう」「どういう意味ですか?」「言葉通りだよ」二人きりになるのが恐い。

519
右肩にのしっと重みが加わった。読んでいた雑誌から顔を上げ溜め息をつく。「何ですか?」「んー」「お腹が空きました?」「んー」自分が熱中している時は私を放ったらかしにするくせに我が儘な人。「構って欲しいならちゃんと仰ってください」「うん」頷く仕草が何だか可愛くて丸い頬を突いてやった。

520
書類の確認を終え振り向いた隙を狙ってキスをした。びっくりして目を見開いたまま身動きできずにいる彼女。いつもは警戒しているのにふとした瞬間に無防備になるのが可愛くて、つい悪戯を仕掛けてしまう。「そんな目で睨まないでくれ。またキスしたくなる」真っ赤な頬に手を添えてもう一度キスをする。

521
「指輪!」「香水!」「バッグ!」プレゼントに悩む私の周囲で次々と声が上がった。気を使わせず、後に残らない物がいいと告げると皆一斉に考え込む。「バスオイルなんかどうだい」マダムからいい提案。「しかし、そこまで気を使うかね。そんなんじゃ伝わらないよ」「いいんだ」伝わらなくていいんだ。

522
バスタブに湯を張りオイルを数滴垂らすと爽やかな香りが浴室に広がった。目を閉じてゆっくり手足を伸ばす。「マダムから、いつも私の世話をしてもらっている礼だそうだ」そう言って手渡されたバスオイルは私好みの香りで…まさか、ね。明日は珈琲の代わりに、彼の好きな茶葉でミルクティでも淹れよう。

523
もぞもぞ移動していた頭が動きを止め、静かな寝息が聞こえ始めた。金の髪をくしゃくしゃと撫でれば気持ちよさそうに頬を擦り寄せてくる。どうせ膝の上に乗るなら裸で股がって欲しいものだがこんなに安らいだ姿を見せられては何もできない。諦めた私は幸せなため息を一つ吐き出し、再び本を読み始めた。

524
自宅のドアを開け目の前の光景に固まった。「お、おかえり…にゃさい」思わず頬を抓ってみるが…痛い。「大丈夫ですか?」ぷにぷにした手が頬に添えられる。「Trick or Treat ?」「…」「あの、恥ずかしいので早く返事を…」ああ、なるほど。「Trickだ」一晩中悪戯してあげるよ。
 *ハロウィン

525
枕を抱え丸くなって眠る彼女を抱きしめる、気付かれないように。同じシャンプーの香りがする髪に顔を埋める、気付かれないように。回した腕にそっと力を込める、気付かれないように。彼女が眠り込んだ後、細心の注意を払って全身で抱きしめる。この想いが気付かれることのないように、そっとぎゅっと。
 *てふてふ。さんの素敵イラストから妄想

526
廊下の突き当たり、執務室の扉の前で佇む彼女。なぜか声を掛けるのが躊躇われじっと見守っているとポケットから取り出したのは口紅か。腕が動きそれを仕舞う頃には凛としたいつもの雰囲気で。これが彼女の切り替えるタイミングなのだろうか。窓から差し込む朝日が眩しくて持っていたファイルを翳した。

527
胸元が大きく開いたドレスを纏いルージュをひく。「エリザベスならこっちの方がいいかな」シンプルなピアスが外されシャラリと揺れる豪華なものに付け替えられた。「ゴージャスでいいね。後はもっと男を誘う仕草に慣れれば更にいい」「…」「ん?」「いえ…何でもありません」エリザベスって誰ですか?

528
目の前に唇がある。命令を下し従わせる一方で、いつも私を困らせ蕩けさせる唇が目の前で薄く開いている。誘われるまま、寝転ぶ彼の上にのしかかり頬に手を添えたところで黒い瞳がこちらを見た。「何?」「したい」「えっ、こらっ、リ…」舌を絡めると、アルコールとお互いの味が口の中で混ざり合った。
 *てふてふ。さんの素敵イラストから妄想

529
「たいしゃ?」なぜ電話してきた当人が不思議そうに尋ねる。「何だ?」「美味しいのでお知らせしたくて~」「酔ってるのか。どこで飲んでるんだ」「家れすよ~」「まったく…そっちに着くまで寝るなよ」あそこまで酔っ払うなんて一体どれだけ飲んだのか。怒りながら夜道を走るが口元は緩んで仕方ない。
 *続きはくろぬこNo.176へ

530
何かを探るように彼の顔が近付いてきた。「甘い匂いがする」くんくんとハヤテ号みたいに嗅ぎ回るのがおかしい。「ああ、ここだ!」分からないだろうと油断していたら、ぺろりと唇を舐められた。「当たったから褒美をくれ」「何ですかそれは…」呆れながらクッキーの香りがするグロスを彼の唇に移した。

531
「マスタングさん!」客間の床に父のお弟子さんが倒れていた。「大丈夫ですか?」「うーん」眠さに負けて行き倒れたみたい。「パン屑が付いて…きゃっ」唇に手を伸ばすと逆に抱き込まれてしまった。力が強くて苦しい…でもこんな風に抱きしめられたのはいつ以来だろう。体温が気持ち良くて目を閉じた。
 *お題「くちびる、さわって」「体温が、恋しい」「くるしい、きもちいい」

532
待ちきれずに彼の上着に手を掛けた。「これも脱がせてくれないか」目の前に差し出された白い手袋を犬のように咥えて引っ張るが、焦れば焦るほど上手くいかない。「ん…」「ゆっくりでいいぞ。私は先に堪能しているから」するっとリボンが解かれドレスが足元に落ちる。ああもう、早く貴方が欲しいのに。
 *てふてふ。さんの素敵イラストから妄想

533
「要件はそれだけですか?では失礼します」どこまでも冷静な言葉に苛つき、出て行こうとした扉を叩きつけた。驚いて振り向いく彼女を腕の中に閉じ込め無言で唇を奪う。「…んっ、何を」「いい加減、分かってくれないか」「やめて…っ」言葉では何と言おうとキスには応える酷い女の唇をもう一度塞いだ。

534
「なあ…」腰に回した腕に力を込める。「明日も明後日も泊まっていかないか?」「嫌です」スルリと抜け出した彼女は半身を起こしこちらを見つめた。「まとめてなんて、嫌です」それだけ言うとまた元の位置に収まる。ああ、なるほど。理解した私は甘える彼女を抱き締めて言い直す。「了解、毎日誘うよ」
 *利根川さん著「メランコリイ」(「恋する鍊金術師」収録)からセリフを一つ頂いて

535
応急処置を施しながら切れるほどに唇を噛みしめる。流れる血を見ていることしかできないなんて。「中尉、状況は」いっそ泣かせてくれればいいのに、それすらも許してはくれない。「君の方が顔色が悪いぞ」「黙って!」貴方の誘いに乗って昔馴染みから一線を越えれば頼ってくれるようになるのだろうか。
 *お題「見てるだけじゃ、足りない」「泣かされたい」「進展したいのに」

536
「少佐ってモテるんですね」女に囲まれている親友を見つめ、彼女がポツリと呟いた。「ん?ああ、昔っからモテてたな。何、リザちゃん妬いてるの?」「いいえ」おいおい、即答されたぞ。まだ何にも進展してなかったのか。こんなにお前のことを考えてくれる娘はいないんだから、しっかり捕まえておけよ。
 *暁のヨナより妄想

537
小さな箱を大事そうに開く彼女。「へえ、可愛いじゃないか。髪を伸ばしてるなら付ければどうだ」「あっ…こ、これは」慌てて蓋を閉じる彼女を残し部屋を出る。知ってるよ。君が昔、ある少年からそれを貰ったことも、鏡の前で何度も付け直していた事も。だが、忘れてくれ。彼はもうどこにもいないんだ。
 *暁のヨナより妄想

538
つんつんと遠慮がちにスカートが引っ張られた。「なあに?」「パパねてる」リビングを覗くと夫がソファで撃沈している。「おやすみのちゅーをして私たちも寝ましょうか」「うん、パパおやすみなさい。ちゅっ」息子を抱き上げ寝室へ向かおうとした私のスカートがまた引っ張られた。「君は?」全くもう。
 *ろいっこ

539
「すみません」「いつもと逆だな」一山終えてほっとしたのか、マダムの店で油断したのか、別の理由があるのか。珍しく酔い潰れた彼女をベッドに寝かせ、今日だけだと自分に許可を与え髪を撫でる。「置いて…行かないで…」遠い昔に置いてきたのに追いかけて来たのは君だろう。しっかり付いて来てくれ。

540
「リザ!」「ママ、あかちゃん!」看護師が嗜めるのも無視して二人が病室に駆け込んできた。娘を抱いてもらおうとしたのにそのまま二人抱き締められてしまう。「有難う…」「パパ、ないてるの?」「赤ちゃんと仲良くしてあげてね、お兄ちゃん」何も言えない夫の代わりに、息子の髪をくしゃっと撫でた。
 *いずみんさん出産記念ろいっこ

541
「リザ…」私を抱き締める彼の空気が変わった。「はい」「リザ」「はい」「リザ」「はい」「いつか……いや、いい」言いかけて辞めるなんてらしくない。振り向いて唇が触れるほどに近付き先を促す。「…いつか、私の子を産んでくれるか?」お互い泣きそうな顔でキスをした。「貴方に似た子がいいです」

542
目尻に溜まった涙を舐めとり固く閉じられた瞼に口付ける。「リザ、目を開けて」軽く顎を掴むと恐る恐る瞼が開き、潤んだ瞳が私を映した。嫌だ駄目だと拒みながらも君は私のことが好きだろう?何があっても離れられないほどに。「ちゃんと見ていろ」君の瞳は雄弁でそこから溢れる想いが私に焔を点ける。

543
無造作に手渡されたコートから彼のものとは異なる香り。これは確か最近お気に入りらしい女性の…。彼と寄り添う美しい姿が思い出され、ほんの一瞬だが手の動きが止まる。「何だ?」いけない、失敗した。殺し損ねた感情を身体の奥に押し込め顔を上げる。「いいえ、何も」彼が私の香りを纏うことはない。

544
ふぅと小さな溜め息をついて目を閉じた。書類と格闘して数時間、頭痛もするがもうひと頑張りしなくては。気合いを入れ直し瞼を開くと分厚くて温かい手が視界を覆った。「少し休め」「大丈夫ですから手を退けて下さい」「労ってくれ。私の大事な目だ」部下に甘い上官に苦笑し、私はもう一度目を閉じた。

545
「すまん」そう言って差し出されたのはケーキの箱だった。私を放ったらかしていたことへの詫びのつもりだろう。貴方が本を読み始めたらどうなるかくらい百も承知でその間に家事も捗るから構わないのだけど、甘やかさないようにここはキチンと。「今度やったら帰りますよ」「ん」私の躾は厳しいんです。

546
「天使だな」庭を眺めながら彼が言った。「君を初めて見た時も幽霊屋敷に天使がいると思ったけどね。君はどうだった?私の印象」「…変な人?」「えっ」慌てる彼をそのままに庭から二人の天使を呼び寄せる。師匠の娘の機嫌を取るでもなく、かといって邪険にもせず貴方は本当に不思議で変な人でしたよ。

547
爆風がおさまったのを確認し目を開けた。「大佐、血が」動揺が伝わらないよう指先だけで頬の血を拭い取る。「部下を庇うなんて…莫迦じゃないですか」「莫迦で結構」貴方にはこれ以上1mmたりとも傷ついてほしくないのに。そんな気も知らず逃がさないとでも言うかのように私を抱く腕に力がこもった。
 *お題「逃がさないで」「つたわらない」「指先だけで」

548
瞼、唇、首、鎖骨、胸、腰…起こさないよう指先だけでそっと輪郭をなぞっていく。先程まで熱を帯びていた肌は、そんなことなどなかったようにひんやりとしていてまるで拒絶されているようだ。いつもするりと躱す彼女をどうすれば逃がさないでいられるのか…伝わらない想いに今日も眠れない夜を過ごす。
 *お題「逃がさないで」「つたわらない」「指先だけで」

549
唇を塞がれていると認識した瞬間に身体が反応した。口をこじ開け逃げようとする舌を絡め取る。「ん…ふ、はぁ…」仮眠室に響く甘い声。「大胆な起こし方だな、中尉」「なかなか起きてくれませんでしたので。それに…たまには私からして欲しいと仰ったのは貴方です」だからここで?意外と君は大胆だな。
 *てふてふ。さんの素敵イラストから妄想

550
「パパー!」走り寄る娘をこれ以上はないというくらい嬉しそうな顔で抱き上げた。私にだってこんな顔を見せたことはないのに。「おおきくなったらパパのおよめさんになるの!」「そうか、楽しみだな」これでは娘が嫁ぐ日は大変なことになるわね…その時やっと貴方のお嫁さんが誰なのか気付くのかしら。
 *てふてふ。さんの素敵イラストから妄想

551
カチャリと鍵の開く音。今日の任務はこれで終了と敬礼しようとした腕を掴まれた。「たい…さ…」「この手の冗談はルール違反だな」私を包んでいた彼の温もりと香りが遠ざかる。「おやすみ、中尉」「…おやすみなさい」あの扉の向こうへ彼が招き入れれば、私が一歩踏み出せば、何かが変わるのだろうか。
 *「暁のヨナ」から妄想

552
「どうですか?」くるりと回ってみせた彼女の姿に言葉が出ない。「少しデザインを変えてしまいました。すみません」火傷の跡はうまく隠してあるが薄いレースから透ける背中は…「どうして」「貴方の物だと惚気たかったのかもしれません」白いドレスを汚さないようそっと抱き締め、その背中に口付けた。
 *いい夫婦の日

553
「いよいよ明日ですね。長い間お疲れ様でした」補佐官が深々と頭を下げた。「君もご苦労だった。しかし、引退したら一緒にいる理由がなくなるな」「そうですね」彼女の瞳が少し寂しそうに揺れたので、この先の提案をしてみた。「結婚でもするか」「…そうですね」 明日からは夫としてよろしく頼むよ。
 *いい夫婦の日

554
「ふう」あまりの気持ちよさに思わず声が漏れてしまった。やはり冬は温泉だな。スケジュールはきつかったが来てよかった。先程ひっかけた酒も程よく回っていい気分だ。このままここで眠れたら…。「ん?」「いいお湯ですね」「なっ」夢のような光景とはこのことだ。私はもう眠ってしまったのだろうか。
 *みつばさんの「いい夫婦の日」素敵イラストより妄想

555
腕を掴まれ薄暗い資料室に引っぱりこまれた。「さっきのヤツは誰だ?目が合っただろう。何かの合図か?」何のことか分からず眉を顰めると、手袋をしたままの指がすうっと唇をなぞった。「言いたくないならいい。その代わり…後でお仕置きだ」こんな言いがかりすら嬉しいなんて、もうすっかり彼の狗だ。
 *幻創家さんからのリクエストより

556
指との隙間をなくすよう革を引っ張りながらゆっくりと嵌めていく。いつもと異なるその色が彼の内側から滲み出たようで心が騒ぐ。黙り込んだ私を気遣い頬に触れてくる革の感触。滑らかで冷たくてやんわりと自分が拒絶されているような錯覚を起こすが、それを外した時の彼の手を想像して身体が熱くなる。
 *黒革の手袋祭

557
「何ですかその格好は」リビングでは彼が私の仕度を待っていた。スーツを着て、ソファで寛いで、手には皮の手袋まではめて。「どうしてネクタイを締めてないんですか」「仕上げは君にしてもらおうと思ってね」子供ですかという言葉を飲み込んで側に寄る。締める前にキスマークでも付けてやろうかしら。
 *てふてふ。さんの素敵イラストから妄想

558
ひと仕事終えた彼女がこちらに向かって歩いてくる。ライフルを抱えながらでは手袋を外すのが難しいのか、少しイラついた様子で革の端を咥えこちらに視線を送ってきた。どきりとするような鋭い視線は獲物を狙う野生の獣のようで、思わず見とれてしまった私はさしずめ鷹に睨まれた蜥蜴といったところか。
 *てふてふ。さんの素敵イラストから妄想

559
「何かね?」「ここでは珍しいと思いまして」眼鏡なんて家で本を読む時くらいしか掛けないから、プライベートとの境界線が曖昧になるようで落ち着かない。「何だ、気になってるのはこっちじゃないのか」封をしたばかりの手紙を差し出された。「エリザベスに届けてくれるかな」いい加減にしてください。
 *てふてふ。さんの素敵イラストから妄想

560
「もしかして妬いてるんですか?」答えない彼の上に跨がり鎖骨に指を滑らせる。「私が貴方以外の男に興味を持つとでも?馬鹿ですね」耳元で囁くと憮然として頬を拭った彼が口を開いた。「ルージュだとすぐに消えるな」「ではもっと長持ちするのを…」要望通り、少し早い拍動を感じる首筋を強く吸った。
 *「スキップビート」から妄想

561
「何してるの?」「あっ、マスタングさん」木に向かって飛び跳ねていたリザに声をかけた。「お茶に浮かべるのに花びらが欲しくて」「ふうん」「きゃっ」手が届くようにリザを抱え上げる。「どう?」「ありがとう…ございます」頬が木に咲いている花みたいに桃色に染まった。余計なことしちゃったかな。

562
老紳士が一本の紅い薔薇を携えて歩いて来た。隣に並ぶ夫人へのプレゼントで彼女の荷物にならないよう自分で持っているのだろう、二人の仲のよさが偲ばれる。「いいな」「いいですね」二人同時に呟いて苦笑した。私達には望むべくもない未来。分かっていても諦めきれない未来に、一瞬だけ思いを馳せる。

563
「残念だったな」「わがまま言えませんから…」拾った仔犬を新しい飼い主に引き渡し、二人で夕暮れの道を辿る。「大人になって飼えるようになったら、俺がプレゼントするよ」「ほんとですか!?」「うん、約束」感謝の気持ちをうまく言葉にできなくて、差し出された小指にぎゅっと自分の小指を絡めた。
 *お題「わがまま、言えない」「言葉じゃ言えない」「やくそく」

564
「耳掃除してくれ」膝の上の黒髪を弄んでいると彼が突然口を開いた。眠っているとばかり思っていたのに油断ならない。「甘えないでください」「自分の女に甘えて何が悪い」太腿を撫でる手を払いのけて立ち上がる。「どこへ行くんだ?」「耳掻きを取りに行くんですっ!」火照った顔を何とかしなくては。

565
「……甘い」紅い唇が言葉を発した。じゅぷっと音を立てもう一度甘い果実をしゃぶる。「美味いか?」満足そうに喉を鳴らし、私の手に垂れた果汁を舐め取っていく。まるで何かに見立てたように、丹念に丹念に舐め取っていく。「零すなよ」ぴくりと動きを止めた舌が、私を挑発するように再び蠢き始めた。
 *青林檎さんからのリクエストより

566
「Merry Christmas!」我が家にもサンタがやってきた。待ちかねていた息子が走り寄ってプレゼントを受け取っている。「いっぱい貰ったわね」「うん!」「サンタさんにお礼は?」「パパありがとう!きょうはかえってくるのはやいね」あらあら。成り切っていたのに残念でしたね、あなた。
 *ろいっこ

567
年末の街は夜遅くまで明るくて賑やかだ。「もうそんな時期なのね」そろそろプレゼントを考えなくては。新しいおもちゃ、柔らかいブランケット、最近人気の犬用ケーキも捨てがたい。「何がいい?」立ち止まり黒い瞳を覗き込む。今年は彼にも…一緒に過ごすかもしれない彼にもプレゼントをしてみようか。

568
「…っ」皮膚に走る薄い線を眺めていると血が滲んできた。傷口に舌を這わせればじくじくと指全体に痛みが広がる。こんなもの、あの時の背中の痛みに比べれば何てことはない。痛くない、痛くない、痛いはずがない。他人のスケジュールで埋まった手帳を閉じて冷たいベッドに潜り込む。今宵、彼は来ない。

569
手で拭った窓硝子の外は雪が積もっているらしい。冷えるはずだと再び毛布に潜り込むとぎゅっと腕を掴まれた。「…たい…さ」「ん?」「たいさ…どこ…」夢の中でも無能な上司を追いかけている彼女に思わず笑みが漏れる。「ここにいるよ」夜明けまでもう少し。この温かい身体を抱いて眠ることにしよう。

570
「可愛いなぁ」「可愛いですね」彼に貰った仔犬が成長してハヤテ号との間に仔犬を産んだ。「有難うございます」「何?」「貴方から沢山のプレゼントをいただいたので…」本当に彼からは色々なものを貰っている。「あー!パパとママちゅうしてるー!」「ちゅー!」仔犬も子供達もその他にもいっぱいね。
 *ろいっこ

571
第一印象は「変な人」だった。静かだけれど無口でもなくて、いつもにこにこして子供の私にまで気を使って。その彼が実験に失敗したのかお父さんに叱られたのか、とても悔しそうにしているのを見た時だった。彼に何かしてあげたいと思ったのが始まりだった。それから十数年、私は何度も恋に落ちている。

572
「どこへ行くんだ?」「友人と食事に、んっ」暗い瞳が近付き唇を奪われた。いつになく激しいキスに腰が砕けそうだ。「…他の男に抱かれてきてもいいぞ。その後で優しくしてやる」私の身体にこれだけ自分の痕跡を残しておきながら馬鹿な人。「酷くしていいですよ」出掛けるのを止めた私はもっと馬鹿ね。

573
「どうだ体調は」ここ最近「ただいま」の次に定番になってきた帰宅の挨拶。「おかえりなさい。少し動き辛い程度です」「大きくなってきたもんな」腹を撫で中のベビーにも挨拶をする。「ボコちゃんったらお腹を蹴るようになったんですよ」「ボコ?」「ボコボコ蹴るから」ああ、早く名前を考えなくては!
 *ろいっこ

574
眩しい光が寝不足の瞼を刺激する。「ん…」「おはようございます」「おはよう…え?」ちょこんと床に座り込んだまま、彼女はにっこり微笑んだ。「晩ご飯食べなかったから、お腹空いてるでしょ」「え、あっ」「ホットミルクでも飲みますか?」「うん、ありがとう」えっと…いつからこの部屋にいたんだ?
 *お題「早朝の床の上」「ほほえむ」「ミルク」

575
彼に請われるまま口を開くと慣れた感触が唇を滑った。「よし、できた」「わざわざこんなことをしなくても」「気分の問題だよ。まあ、すぐに取れてしまうけどね」蓋をした口紅をポケットに仕舞いながら彼は子供のように笑う。「ほら、もう時間だ。3…2…1…」二人きりの執務室、無言で新年の挨拶を。
 *年越し

576
夜明け前にふと目が覚めた。とても温かくて幸せで、隣で眠る彼に手を伸ばそうとして…止めた。私はこんな幸せを感じていい身ではない。寝返りを打ち彼に背を向けたが思い直してもう一度寝返りを打つ。彼が起きてまず目にするのがこの背中ではいけないと、少し離れた位置で猫のように丸くなって眠った。

577
父や彼に何度諭されても私には彼らの術が魔法としか思えなかった。壊れた物を一瞬で直したり材料からその過程をすっ飛ばしー彼が言うにはちゃんと手順を踏んでいるらしいー目的の物を作ったり、いつも私を驚かせる。「リザ」ほらね。名前を呼ぶだけで私の胸を高鳴らせる彼は、やっぱり魔法使いなのだ。

578
そろそろ帰ろうかと隣でグラスを傾ける美人を抱き寄せた。「楽しくなってきたところなのに…」「帰ってからの方が楽しいぞ」酔いのせいか私を見つめる瞳は潤み、体温も微かに高い。「もっと楽しい?」「ああ」「ベッドで?」「ベッドでなくても」テーブルにグラスを置いて俯いた彼女はそっと微笑んだ。
 *てふてふ。さんの素敵イラストから妄想

579
「帰りますね」「えっ」しまった、朝から彼女が来ていたのに。「い、今から昼食にしよう、な!」「今から?」窓の外は暗闇で。「すまん!申し訳ない!」謝れば謝るほど彼女の頬が膨らんでいく。「ごめん…」膨らみ切った風船の中心にちゅっとキスをすると空気が抜け、苦笑する彼女を目一杯抱き締めた。
 *銀月さんの可愛いイラストから妄想

580
いつも悩む食後のお茶とお酒の割合。疲れている時はぐっすり眠ってもらいたいから紅茶6にブランデー4、もう少し相手をして欲しい時は8対2で。私のさじ加減でこの後の彼の行動をコントロール。でも、時に失敗するのは彼の方が一枚上手だから?今夜は眠って欲しかったのに寝かせてもらえないみたい。

581
床に座り込み息を整えながら傍に横たわる白い肌を眺める。ぷるっと震えた上半身に放り出していた軍服の上着をかけると、目覚めた彼女が起き上がった。「たいさ…」「まだ足りないって?」私と関わらなければ綺麗なままでいられたのになどと頭では考えながら、身体は彼女を乱暴に引き寄せ口付けていた。
 *みつばさんのよいこのぬりえから妄想

582
母と一緒に作った雪ウサギを壊してしまった犯人が難しい顔をして大きな雪だるまを作っているーそれが雪にまつわる私の最初の記憶。外から聞こえてくる夫と子供と愛犬達の賑やかな声に、びしょ濡れで戻ってくる彼らのためにお風呂を沸かしてスープを温めようか、それとも私も参戦しようかが悩みどころ。
 *ろいっこ

583
彼が差し出した小箱には、いつものようにピアスではなく銀色のリングが入っていた。「許してくれ」「もう…仕方ないですね」私が貴方の我が儘を最終的には聞き入れてしまうと知ってるくせに。「ありがとう」「でも、今すぐは無理ですよ」泣き出さないよう彼の胸に顔を埋め、上着をぎゅっと握り締めた。

584
珈琲の香りとともにソファの肘掛に座る気配がした。私は頭に入らない文字列にうんざりし彼女もすることがなくなったのだろう、黙ったまま相手の出方を探り合う。しかしこのままでは消耗戦。今回は彼女の精一杯の譲歩に乗っかり和平交渉を始めようか。掛けていた眼鏡を外し、ぽんぽんと隣の席を叩いた。

585
紙の擦れる音に瞼を開いた。「すまん、起こしたか」目は文字を追いながら、大きな手が器用に頬を撫でてくる。自分の方こそ邪魔をしてしまったと口を開こうとした瞬間、黒い瞳ががこちらを見た。「もう一回したい?」「しません!眠いんです」怒った振りで彼の領域を侵さぬようシーツの間に潜り込んだ。

589
彼女の腕を引き二人でベッドに倒れ込んだ。「さて、どうする?」私の腹の上で身を起こした彼女は暫く躊躇った後、シャツのボタンを外し始めた。右手を伸ばしフロントホックを弾くと柔らかい肉が零れ出る。「次は?」白い胸を揺らしながら私のズボンに手を掛ける彼女の姿に、己の中の黒いモノが蠢いた。

590
「暑いな」執務室に戻ってきた彼がぼそっと呟いた。「すみません。暖房を効かせすぎたでしょうか」コートを預かっている間に上着とシャツのボタンが外され、普段は目にすることのない部分まで露わになっている。「大佐、だらしないですよ」「二人だけだからいいじゃないか」二人きりだから困るんです。
 *てふてふ。さんの素敵イラストから妄想

591
「駄目です、准将」「変装してるからばれないよ」「変装になってません」「暗いから大丈夫」「これでは護衛ができません」お忍びで出歩くなんてこの人は自分の立場が分かってない。「危険です。帰りましょう」「リザ、あんまり煩いと口を塞ぐぞ」「…」口惜しくて繋がれた手をぎゅうっと握ってやった。
 *てふてふ。さんの素敵落書きから妄想

592
家族や友人達に見守られ、二人共に生きることを誓い合う。「幸せになって欲しいですね」「美しい花嫁に免じて、しばらくは扱き使うのを控えるか」「もう…」粛々と儀式は進み、指輪の交換から誓いのキスへ。祝福の歓声と拍手の中、どちらからともなくそっと手だけを動かして互いの小指を触れ合わせた。

593
「いつもすまんな。苦労をかける」何を今さらと返しかけ、疲れた顔の上官を見て思い直した。「大丈夫ですよ。これくらい織り込み済みです」「そうか、君がいてくれないと駄目だな。これからも女房役を頼む」「…Yes,sir」何気なく言われた言葉にすら敏感に反応してしまうなんて修行が足りない。
 *愛妻の日

594
隣に座る彼の手を取り指を絡める。「どうした?」「いえ、何となく」指が長くて骨張った大きな手。焔を生み、人を焼き、私も自分も焼いて、たくさんの人を守るこの手がどうしようもなく愛しくて。「私…」「ん?」「私、貴方の手が好きです」「そうか」温かく優しい手が、短くなった髪をそっと撫でた。
 *てふてふ。さんの素敵イラストから妄想

595
柔らかい身体を抱きしめようと伸ばした手が空を掴んだ。冷たいシーツの感触に落胆し溜息をつく。「帰ったのか。律儀なことだ…ん?」仄かな香りが鼻を掠めた。普段は気にも留めない彼女の匂いが脳と身体を刺激する。「参ったな…」香りだけ残して私を煽る酷い女に白旗を上げ、もう一度枕に突っ伏した。

596
今まで二人きりの時はどう振舞っていたのか、名前で呼ばれるのも面映い。「もしかして、意識してる?」念のためシャワーを浴びて下着も新しいのにしてきたけれど。「初めてが好評だったということかな。では、今日からもっと頑張ることにしようか」彼の冗談ともつかない言葉にすら反撃できないなんて。

597
長い金の髪、大きな鳶色の瞳、柔らかい白い肌、手に余る豊かな胸、細く括れた腰、程よく筋肉の付いた脚…夫々のパーツを持つ女達を褒めそやし、愛撫し、溺れる振りをする自分に吐き気がする。全てのパーツを掻き集めてもかの人には成り得ないのに、今夜もまた決して抱けない女を夢想してシーツに沈む。

598
今夜の彼は何処でどんな女性を抱いて過ごしているのだろう。彼に愛される人の髪は、瞳は、肌は、胸は、腰は、脚は…きっと私とは比べ物にならないくらいに美しく、女らしく、魅惑的なはずだ。そんな現実には目を瞑り、せめて夢なら私でも許されるかと浅ましいことを考えながら冷たいシーツに横たわる。

599
「これ」マスタングさんが白い箱を持って来た。「プリンだよ。今日中に食べた方がいいみたい」これがプリン?果物がたくさん乗っていて、私の知っているのとは全然違う。すごくキラキラしてる。「ありがとうございます」きっといつものお土産なんだろうけど、来年のバレンタインは私も何か贈ろうかな。
 *バレンタイン

600
口の中に甘さと少しの苦みが広がった。「甘いな」「貴方も」唇が離れ、二人にこりと笑い合う。「来年は?」「チョコプリンなんてどうでしょう」「君はプリンが好きだな」「好きなのは貴方の方では?」「「え?」」お互いに勘違いしていたことに苦笑し、もう一度チョコレートの甘さと苦みを絡め合った。
 *バレンタイン