1001
コトリ。主のいない机から万年筆が落ちた。拾いついでにメモ用紙に文字を書いてみる。Hawkeye, Riza, Black Hayate, Mustang…Mustang…彼の筆跡を真似てみた。悪くない。ガチャリ。あっ。慌てて万年筆をポケットに、メモ用紙をデスクに片付けてしまった。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「万年筆」

1002
「ところでうちの孫とはどうなってんの?」戦利品のワインと大将への辞令を落としそうになった。「君、色んな手を使うようになったのに、あの子には攻めあぐねているよね」何も言い返せない自分が不甲斐ない。「吉報をお届けしたいので、閣下には長生きをしていただきく…」そろそろ次の一手を打つか。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「手」

1003
義母が持たせてくれた籠はあんなに膨れていただろうか?不思議に思いながら歩いていると、彼女が何かに躓いて白いものが転がり出た。「ああ、せっかくお父さんにも食べさせてあげたかったのに」いっぱい食べたと思っていた白パンは、この子のお腹にではなく籠に収まっていたのか。雨が降ってきたな…。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「パロディー」

1004
皆の前で彼女を強く叱責する。慣れない仕事に早く慣れさせるため、つまらないやっかみを減らすため、周囲に女であることを意識させないため、自分を納得させる理由はいくらでも考えつくが、叱るのは結構キツイんだ。二人きりの時「よくやった」と髪を撫でることで癒されているのは私の方かもしれない。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「飴と鞭」

1005
引越しの際に見つけた開かずの段ボール箱。本人も忘れていたのだろう、中身を確認した彼の顔は真っ赤になった。ああ、こういう人なのだ。遅れてきたプレゼントを全て受け取った私は少しだけ欲張りになって貴方をも要求する。ほらこれで一心同体。置いて行けないでしょう?

1006
彼は光を取り戻すと言った。涙が溢れそうになるのを堪え声を整える。「一つだけ我儘を聞いていただけますか」諾と頷く彼の首に抱きついた。「貴方の時間を5分だけください」彼の視力は多くの犠牲と引き換えだ。一生かけても償えないかもしれないのに、それでも私は嬉しくて仕方ない。傲慢で嫌な女だ。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「我儘」

1007
実家に帰るついでに(実家と言っても兄が建てた家だけど)、少し寄り道することにした。馬車で1時間ほど行くとこじんまりした家が見えてくる。昔馴染みの錬金術師の庭では老婦人が花の手入れをしていた。「こんにちは」「あら、アルフォンス君。こんにちは」リザさんは変わらない笑顔で迎えてくれた。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「寄り道」

1008
少女のように膝を抱えて座る女の肩を抱き寄せた。ぴくりと腕の緊張が伝わるがそれもすぐに弛緩して、胸に預けられた体が暖かい。彼女だけが与えてくれる体温に張り詰めた心が少しずつ解れていく。「寒くないか」「はい、大丈夫です」もう少しだけこうしていよう。月明かりに満たされるモノクロの時間。
 *2017ロイアイカレンダー9月(ロビさんのイラストに勝手に作文)

1009
もうそんな時期か。部下の休暇申請にサインをしながら巡る季節を実感する。「今年は少し遠出の予定なんです。いつもの鹿や兎だけじゃなくて熊狙いで。熊は骨でスープを取っても美味しいし、燻製だと何ヶ月分できるかしら。ああ、大佐にもお裾分けしますね」うん、君の家は昔から肉も自給自足だったね。
 *ホークアイの日2017「突撃!ホークアイ家の晩ご飯!」

1010
この最後の書類に署名をすれば軍を離れることになる。ペン先が震え、書き出しのインクが滲んだ。一度ペンを離し机に置くと大きく暖かな手が重ねられた。深呼吸の後、微笑みを返し署名を終える。貴方の背中だけを見ていた過去の自分とお別れしますね。これからは彼の隣で大役を担うのだと背筋を伸ばす。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「別れ」

1011
「最近ハヤテ号が普通のドッグフードだと満足しないようになってきたのですがうちは贅沢を許していないのでどなたかが高級なお肉を与えていると思われます貴方のように丸々したほっぺになると困りますので躾はしっかりとお願いします」そう一息でまくし立てた美人は私の持参した高級肉にかぶりついた。

1012
二人で剥いた栗がボウルいっぱいになった頃、師匠が外出先から帰ってきた。「土産だ」テーブルに置かれた小さな箱。この静寂を『天使が通る』と世間では言うらしい。優に1分は天使が踊ったであろう後、リザと私は互いのぽかんとした顔を見て笑い出す。箱を開けると、甘そうなモンブランが入っていた。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「土産」

1013
「シンの東にはジャポーンという島国があるそうですね。そこには閣下と同じような平たいか…」「ん?」「いえ、閣下と同じような黒い髪、黒い瞳の人々が暮らしているとか」「そうらしいな」「そのジャポーンにとても効果のある育毛剤があるという噂を聞いたので閣下にどうか、とエドワード君が」「…」

1014
「あっ、何を」「これくらいいいだろう」「んっ…も、そんなとこっ」「もう少し」「やっ、だめっ、恥ずかしい」「いいじゃないか」「だめーーっ」バチーン!「礼装はスカート丈にも規定があるんです!」「ふんっ。今日は妥協してやるが、私が大総統になった暁には」「はいはい、早くなってくださいね」
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「妥協」

1015
自分でもちょっと変だとは思ったけどそんなに笑うことないじゃないか。店の姉さん達はお腹を抱えて涙目で咳き込んでるし、マダムは煙草を持つ手が震えている。仕方ないじゃないか。この新しい髪型も士官学校の制服には合うはずなんだから。でもリザに会いに行くのはもう少し前髪が伸びてからにしよう。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「新しい髪型」

1016
我儘を言って初めての一人旅を決行した。両親には反対されたが、祖父は二人を説得し一冊の本と共に送り出してくれた。汽車の中で頁を捲る。祖父がこれは売り物ではなく自分が書いたもので門外不出だと言った本当の意味が心に迫る。祖父母の苦悩の始まりの場所。あの殲滅戦があった地に僕は降り立った。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「イシュヴァール殲滅戦」

1017
「ファルマン准尉とハボック少尉は一歩中に寄ってください。ブレダ少尉はお腹引っ込めて」「できるかっ!」「あ、中尉!ハヤテ号が落ちそうです」いつもながら賑やかなことだ。「大佐も笑ってないで目線こっちに。ではいきますよ〜、あっ」駆け寄ってきたフュリーが躓くのと同時にシャッター音がした。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「目線」

1018
「私たち、ちゃんとカップルに見えているでしょうか」
「見えないわけがないだろう。というか君、デートだと認識していないのか?まさか任務で付き合ってる?あんなに苦労して何度も口説いてやっと承諾してくれたと思ったのに…嘘だろう…」
「冗談ですよ。ほら、拗ねてないでちゃんとマフラー巻いてください」
「頼むから、繊細な男心を弄ばないでくれ」
ふふっと頬を染めて笑う彼女は色付いた木々を背景にとても美しかった。
 *2018ロイアイカレンダー11月

1019
毎日のように続く抗争、仁義なき弱肉強食の世界。全国の学校が荒れに荒れ、警察ですら事態を収集できない中、弱い生徒たちを守りつつ自校をまとめ上げた伝説のグループがあった。「東高の魔須丹愚組」彼らは全国統一を果たすためライバルの北高と同盟を結び、最大勢力の中央高に戦いを挑むのであった。
 *東高の魔須丹愚組 ロビさんのイラストに合わせて

1020
士官学校での訓練はどれも辛く気合いと根性で乗り切ったが、あれだけは克服できなかった。野外訓練でのアイツ。見た目は馴染みのトカゲに似てるじゃない!跳ねる様子はウサギとそっくり!と自分を騙したが駄目だった。捕獲するのに銃を取り出したら、食べる部分がなくなると叱責された。いやあああ!!
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「士官学校」

1021
「『次世代の幸せの対価としてあんたらが苦労を背負うって?大きなお世話だ。そんなのは等価交換じゃない。自分達の幸せは自分の手で掴むさ、ずっと子供のままじゃないんだ。だから、あんた達も自分の責任で、自分のために幸せになれ。それが確認できたら借金返してやる』以上が兄さんからの伝言です」

1022
C6H12O6→2C2H5OH+2CO2, C2H4+H2O→C2H5OH  頭の中でもう一つの言語が回り始める。消毒薬と同じ成分のくせに、血にまみれたこの体を清めてはくれない。ああ、私にとっては人を燃やす燃料にしかならないということか。戦場で口にする安酒は喉を焼いただけだった。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「酒」

1023
「中尉それは?」どこかおかしいかと髪や衣装を確認する私の足元に屈み込んで、彼は何かを抱き上げた。「やはり魔女には使い魔か」「にゃん」人馴れしているのか少しも怯えた様子はみられない。「どこの子でしょう」「別世界かもな」目の前に掲げられた黒猫は顔を寄せるとちゅっと鼻先にキスしてきた。
 *ハロウィン

1024
利用価値のなくなった銀時計を前に、彼は何かを考えていた。声もかけられずその様子を見つめていると、意を決したようにパンと掌を合わせ手を触れたと同時に青い錬成光が走る。「二人の指に似合うと思うんだが、どうだろう」繊細で美しいものに姿を変えたそれは、滲む視界の中できらきらと輝いていた。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「銀時計」

1025
久しぶりの悪友への挨拶も済んだ。見上げた灰色の寒空からは、雨ではなく雪が降りそうだ。失ったものは大きすぎて後悔も嘆きも消えてはいないが、立ち止まることはできない。「ここは冷えるな。行くか」「はい」目指す地位に辿り着き、これからが本当の地獄道。どんな時も傍にある彼女の吐く息も白い。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「寒空」

1026
「一緒に散歩でもどうだ」「あいつに似合うと思って買ってきた」「家で待ってる家族がいるだろう。早く帰れ」あの子と暮らすようになって弱みを握られてしまった。でも彼もデレデレで、意外と子犬や子供に弱いのかもしれない。そうだ、いつか彼に子供ができたら沢山のプレゼントの山で仕返しをしよう。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「弱み」

1027
暖炉で焔が揺らぎ、人肌恋しくなる季節が今年もやってきた。「いい加減イエスと言ってくれないか」触れた背中越しに声が伝わる。「何を今さら。こうやってずっと一緒ではないですか」「しかしなあ…うーん、今回も駄目か」貴方の願いは叶えてあげたいんですけどね。ほんの僅か、彼の方に体重を預けた。
 *いい夫婦の日2017

1028
少女の頃から可愛いのに着飾ることをしない娘だった。貧しさもあるが、あの師匠の元ではそんなことはできなかったのだろう。美しく成長した今も慣れないためか目立つ化粧や装いをしない彼女。理由が欲しいなら私を喜ばせるためと思ってこれらを受け取り、二人きりの時にはお洒落を楽しんでくれないか。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「お洒落」

1029
足音がコツコツと近づいてくる。急ぐわけでもなく、かといって迷っているようでもなく真っ直ぐにやって来る。こちらに気付いた相手は私の横で動きを止めた。「隣にいるのは私の美しい補佐官殿かな?」「馬鹿なことを仰ってないで、さっさと灯をください」例え暗闇でも、私たちの間に合言葉はいらない。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「合言葉」

1030
この人の事は何でも知っているなんて、私の狭い世界だけのことだった。負けず嫌いで尊大で強引で、でも根っこは真面目で優しくて面倒見が良くて…挙げだしたらきりがないくらい知っていると思っていたのに。唇が触れる寸前に見た彼の顔は、悦んでいるような苦しんでいるような、知らない男の顔だった。

1031
「好きにすればいい」捕まえていた手を離した。私のものにならなくていいから誰のものにもならないで欲しい、なんていうのは嘘だ。付いてくるかという確認も側にいてくれという願いの裏返し。この関係を割り切るには手遅れで消化するにはまだ時間が必要なのに。「好きにしますよ」君の手が頬に触れる。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「嘘」

1032
「あの娘の幸せを邪魔するんじゃないよ」義母の言葉を長年勘違いしていたことにやっと気付いた。彼女にとって自分は邪魔な存在だと思っていた大馬鹿者。他の誰かに託すのではなく、彼女の側で生きて生き抜くことが大事なのだと。あの頃を思い出させた伸ばしかけの髪に愛しさが溢れ、力一杯抱きしめた。

1033
「錬丹術の本ですか?」「ん、ああ…いや君へのもあるぞ。『麗しの大総統夫人へ』だとさ。陛下もお口が上手くなったな」「不敬ですよ。ところで今回も訳してくださるんでしょう?」「勿論だ。しかし、君も好きだな」「ええ、何だかワクワクするじゃないですか。一度行ってみたいですね、じゃぽ〜んへ」
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「じゃぽ〜ん」

1034
前々から感じてはいたんです。時々溢れる彼女の必死さと、それを見つめる優しい彼の目。お互いの想いは深く秘められていて、気付く人は僅かだったと思います。実際の関係は誰にも分からないと思っていました。でもでもでも。兄さん、事件です。僕見てしまいました。あの二人、すでに夫婦だったんです。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「事件」

1035
自分に向けられた視線。善も悪もない、ただひたすら真っ直ぐな視線にたじろいだ。全ての光を吸収してしまうという黒。この吸い込まれるような瞳には、私の知らない彼女の本当の姿が映っているのだろう。羨ましくはあるが知りたくないとも思う。英雄などではない、想い人を腕に抱けぬ唯の情けない男だ。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「瞳」

1036
「“ねば” ではなく“たい” にしてみないか?」また新年から彼の薀蓄が始まって聞き流すことにした。だいたい仕事は義務であって、こなさねば溜まる一方なのだ。「“must” ばかりでは味気ない。私達だって一緒にいなければ、ではなく、一緒にいたい、だろう」今、爆弾が投げ込まれなかった

1037
《取り扱い説明書》第6章11項:彼女の心をくすぐるには、①真面目に仕事をこなし、彼女の集中力が途切れたところで話しかける。話題は食事、特に好物の肉やハヤテ号についてなどが好ましい。②さり気なく近付いて心持ち低めの声で耳打ちする。③背骨に沿って指を…おっとこれはくすぐりではないな。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「くすぐり」

 

1038
逃げた標的を追って辿り着いた資料室。きっと資料に紛れて錬金術書でも隠してあるに違いない。「パッチンパッチン指パッチン〜」何だろうこの歌は。「俺は焔の錬金術師〜大総統になる男〜」堪えるのよ私。この人を上に押し上げると決めたじゃない。私は理性を総動員してトリガーから指を引き剥がした。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「大総統」

 

1039
「もう帰るの」「仕事が残っているのでね」「ふうん、またね」必要以上に詮索してこない、私には過ぎたいい女だ。もうここへは来ない方がいいな。薄情な足音が響く。公か私か、判別できないままに合鍵を渡した相手はもう休んでいることだろう。訪ってくれるはずもない幻の来訪者の姿が消えてくれない。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「来訪者」

 

1040
年上のお兄さんなのに眠った顔は子供みたい。ぷにっとしたほっぺに誘われて思わずキスしてしまった。「うわっ!」「驚かせてごめんなさい。でも机で寝たら風邪引きますよ」「う、うん。もう少しで終わるから。でもリザの方こそ手が冷たい」よかったバレてない。このまま黙っていようと悪戯心が働いた。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「悪戯」

1041
「お望みとあらば地獄まで、と言ったか」古い話を持ち出すものだ。「地獄へ行くならもう一つ罪が加わっても変わらんだろう」内ポケットから取り出された指輪が薬指に収まる。もしかしていつも持ち歩いていたのかしら。「返事は?」父の葬儀の日に貰ったメモ。色褪せたそれを返事の代わりに差し出した。
 *求婚の日

1042
隣に座る彼女のグラスには酒が少しと口紅の跡が残っている。どちらも見慣れた色。だが片方は触れたことのない色。この寂しい口に、キスをどうか…その温もりをくれないか…「何か言いました?」「いや、そろそろ帰るか」酔っても本音を言えない男は、氷が溶けて薄くなったグラスの中身を一気に空けた。

1043
数日後のお祭りに向けて母のワンピースを引っ張り出してきた。少しクラシックなデザインで、みんなが着るような流行りのドレスに比べたら地味かもしれない。でもこれを着ていた母は綺麗で「お父さんが選んでくれたのよ」と笑った顔が凄く幸せそうだったから。私もマスタングさんの前で笑えたらいいな。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「クラシック」

1044
つまらない。彼女はテーブルの上に本を広げ熱心に勉強している。「リーザ、リザさーん。私をいつまで放っておくのかな」「犬を飼うのは初めてなんですもの」もふもふの小さい毛玉をぎゅっと抱きしめての上目遣いに勝てるはずもない。「分かった、降参だ」いつもと反対に、今日は私がお茶でも淹れよう。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「勉強」

1045
一度だけ、危うくプロポーズしそうになったことがある。風邪で寝込んだ日だった。心配そうに覗き込んでくる瞳に閉じ込めていた想いが零れた。「一緒にならないか」声になったかどうか。そもそもあれは現実だったのか、高熱による妄想ではなかったか。風邪が治り復帰しても、彼女からは何の言葉もない。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「風邪」

1046
標的に照準を合わせ、ほんの少し指を動かせば崩れ落ちる人影。何度も何度も夢に見る現実…夢ならどれほどよかっただろう。あの日、独りよがりの決意で苦しみや哀しみを全部この背中に預けてしまった。暗闇の中、背をなぞることはできるのに、二人の間に降る雨が止まない限り彼近寄ることもできない。
 *米津玄師「Lemon」から妄想

1047
冷たい空気とともに彼女をカーテンに巻き込んだ。明かりもつけず真っ暗な中で、互いの吐息だけが白く浮かぶ。好きとか、嫌いとか、欲しいとか、言いたくも聞きたくもない。言葉の鎧を一切合切脱いで唇を貪り合い絡み合う想い。この関係に白黒つけるのが恐ろしい私達は、狡い大人だと嘯いて秘密を守る。
 *カルテット主題歌「大人の掟」から妄想

1048
「簡単に死ねると思うなよ!」就任祝いに来たはずの青年が捨て台詞を吐いて去って行った。『暗君名君に関わらず、一度国を背負った者は簡単には死ねぬ』とある国の宰相の名言だとか。彼の異国の友人も苦労しているのだろう。「いっそ彼らより長生きしてやるか」有能な補佐官が泣きそうな顔で微笑んだ。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「異国」

1049
新しいシャツと式典用の礼服を取り出そうと扉を開けた。クローゼットの中に並ぶコートと数着の軍服。そして隅の方に遠慮がちに掛けられた女性士官用のものが一式。「遅れますよ、早く準備してください」「ああ、今行く」いつの間にかこんな所でも一緒にいるようになったのかと、二人の長い年月を思う。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「クローゼット」

1050
欠けたピースを埋めようと、手探りで肌に触れ口付ける…忽ちに壊れる世界。現実では怖くて手も伸ばせないくせに、分からず屋な夢の中の私は野蛮な情熱を止められないのだ。彼と繋がっていたいと何度も同じことを繰り返す。過去の罪は消せず未来もあやふやで。一瞬の安らぎを求め、また同じ夢に堕ちる。
 *angela「KINGS」から妄想

1051
さて、どうしたものか。原因、過程は分かっているのに解が見つからない。「リザ、お願いだから出てきてくれないか」口数は少ないがいつも優しい彼女が、部屋にこもってコトリとも音を立てない。うーん、姐さんたちの機嫌は取れても少女の心の扉を開く方法は思いつかない。これは師匠の課題より難解だ。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「扉」

1052
聞き慣れたリズムの靴音。耳を立て嬉しそうに走って行く仔犬。決まった回数のノック。鍵など錬金術を使えば簡単に壊せるのに、律儀に私が開けるのを待っている男。不思議そうに私を振り返る仔犬。ドンドン。見透かしたような再びのノックに腰を上げる。だって、私の心の扉はすでに開いているんだもの。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「扉」

1053
川縁で遊ぶ仔犬たちと一緒に屈み込むと、つくしの子が顔を出していた。つくしは食べられるんですよと何でも知ってるお弟子さんに教えて得意になったこともあった。びゅーっと強い風が吹き、短い私の髪も乱して行く。もうすぐ春。重いコートを脱いで彼に飛び込んでみようか。もう一度恋をしてみようか。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「春一番」

1054
兄みたいな人はいたけれど一緒に転げ回るような歳ではなかった。ころころころころ。芝生でじゃれ合って楽しそうな彼らが羨ましい。「あなたは参加しなくていいの?」彼らの父親はもう大人ですからと澄まし顔。「混ざってきたら」「む〜…よし!」彼の言葉に後押しされて、転がる兄弟犬たちに突入した。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「兄弟」

1055
すまない、無能な上官で。そんなに泣いたら美人が台無しじゃないか…いや、君は泣いた顔も美しいな。ぽろぽろと涙が伝う頬に手を伸ばそうとするがうまく動かない。ちょっと無理をし過ぎたようだ、目も霞んできた。次に顔を見たときには叱る予定だが、その後で二人きりになったら頬に触れさせてくれよ。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「頬」

1056
戦闘準備は整った。ドレスもメイクも抜かりなく、もちろん下着はプレゼントされたものを。最初は嫌がっていたはずなのに、彼の悪戯にはまってしまった。好きになっていく気持ちが止められなくて、嘘の自分で本音を語る週末の夜。「待たせたねエリザベス」ええ、ずっと待っていたのよ。決戦の金曜日を。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「金曜日」

1057
冷たさを期待して手を伸ばしたのに、太い首にかかる金属片には体温が移っていた。「何だ。今さら確認か?」そうですねとか何とか適当な言葉を返しながら彼のドッグタグを弄ぶ。貴方こそ、こんなものなくても分かるんでしょうね。例え私が肉片になったとしても、私より私の身体を知っている貴方だもの。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「ドッグタグ」

1058
「失礼します」ちょっ、当たる!柔らかいものが当たってる!「な、何だ!?」声が裏返る私と対照的に、腹に抱きついた補佐官が冷静に答えを返してくる。「健康診断の数値と私の目測に差があるのが気になりまして」目測!?君の眼は腹囲まで分かるのか!?できるならそういうことはベッドでやってくれ!
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「健康診断」

1059
賑やかな祝いの席で、主役の片割れから得た極秘情報を補佐官が耳打ちしてきた。「…だそうですよ、ウィンリィちゃん」「ほう、めでたいじゃないか。ちょっとからかって来るか」やめてくださいと袖を引く彼女を連れて宴の中心へと向かう。皆が笑顔で集まるそこは眩しくて、この国の希望のように見えた。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「お祝い」

1060
「きゅうんきゅんきゅうん」可哀想に大きな音が怖いのだろう、腕の中で仔犬が怯えている。「君も苦手だよな」ソファで横になっていた男が手招きをする。「ほら、我慢するな」人の家で主人顔をする男に色々言いたいことはあるが、この雷鳴ではうまく聞こえないだろうから至近距離で伝えることにしよう。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「雷鳴」

1061
どなた?部下だよ。女性もいるのね。妬いた?どうかしら…そんなやり取りをしているのだろう。彼がデートに使う店は全て把握していると自負していたのに、ここも行きつけの店だったのね。またいらしてくださいと挨拶してくれるマスターには悪いけれど、プライベートでは二度と来ることはないと思うわ。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「行きつけの店」

1062
「あっ、大佐!」「あ?」「これに向かってもう一度!」執務室に入ってきた補佐官が変な壺を押し付け欠伸をしろと強要する。「何だこれは」「グラマン閣下に頂いたんです。これに向かって欠伸をすると不思議なことが起こるとか。さあ、さあさあ」またおかしなことを…いつもは欠伸をすると怒るくせに。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「あくび」

1063
新入りを警戒して、ハヤテ号がくんくんと匂いを嗅いでいる。「触っちゃダメよ。棘が危ないから」「サボテンか」同じように彼も顔を近付けて、珍しい植物を観察している。「これなら私でも育てられると思ったので。水分はそんなにいらないそうですよ」砂漠に生きる強い植物。少し貴方に似ていませんか?
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「花言葉」

1064
したたかに酔った私は危機に陥っていた。あっという間に壁際に追い詰められ、ホールドアップ状態になる。「いい加減にしないか!」焦った私は声を荒げ、自分より細い手首を掴んだ。「うふふ、逃げられませんよ大佐」にっこりと微笑んだ美女はスルリと拘束を解き、私の頬に描き込んだ。そう、猫ヒゲを。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「いい加減」

1065
今月に入って何度目か。憲兵で間に合うような小物に狙われて些かうんざりしてきたところだ。「狡兎死して走狗烹らるってね」「え?」「奴らにとって面倒な敵がいるうちは私を本気で殺しには来ない。問題はその後だ」にやりと獰猛な笑みを浮かべる私達のボスは、猛獣のくせに狗のふりをするのがうまい。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「狗」

1066
「ふう」日々強くなる日差しに、額にもじんわりと汗が浮かんでくる。今日は夏至だったかな。太陽が出ている時間が一番長いって。あのお祭りもそれに合わせてやるんだよって言ってた。「マスタングさん、へばってないかなあ」もう随分と前にこの家を出て行った、父とは違う血色の良い顔を思い浮かべた。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「日差し」

1067
乾いた部屋で横たわる細い身体。「これで君は自由だから…自分を追い詰めて苦しまないでくれ」本当にそうか?赤い紋様と火傷が彼女を支配する呪縛のようではないか。返事の代わりにシーツには涙の跡。今までもこれからも天使でいて欲しいのに、その翼を奪ったのは私。壁に映る自分の影が悪魔に見えた。
 *ロイアイの日2018、Kinki kids「やめないで、PURE」から妄想

1068
自分から望んだこととはいえ、こうなるとは考えてもいなかった。肌を晒し震える私を優しく抱きしめてくれたけれど、涙すら流れなくて。粉々になった私の心は自分からも離れて行ってしまった。「お願いです、マスタングさん」振り向いて唇に手をかざす。壊れた心にせめて焔をつけてください。その唇で。
 *ロイアイの日2018、Kinki kids「カナシミブルー」から妄想

1069
動揺を鎮めたくて点けたラジオから古い流行歌が流れてきた。切ないギターが雨の音と重なる。プライベートでは会わないようにしてたのに、すれ違ったのは女性連れの彼だった。過ぎた時間が戻せないのはこの世の真理。拒んだ私の頬に触れた手の温もりが忘れられないなんて…雨は強がりまで濡らしていく。
 *ロイアイの日2018、Kinki kids「雨のMelody」から妄想

1070
呆れるくらいキスをしても、悪い遊びを教えても苛立ちが消えない。君は確かにこの腕の中にいるのに、飴色の瞳からは何も感じ取れない。美しい背中を見るたびに、君をどうにかしてしまいたいという衝動に駆られ目を閉じる。いつか自分だけの花にして、蜜のように零れる感情に触れたい。君に許されたい。
 *ロイアイの日2018、Kinki kids「Bonnie Butterfly」から妄想

1071
ネクタイを引っ張り掠めるようなキスをする。「私が勝っても恨みっこなしよ」しなやかな腕で、熱い呼吸で、全身全霊をかけて彼を落としにかかる。この私ならいくらでもあげる。何でもしてあげるから、それで満足してちょうだい。お願いだから本当の私には堕ちないで。そのためにもう一人の私がいるの。
 *ロイアイの日2018、Kinki kids「恋涙」から妄想

1072
キスした後で突然つれないポーズをとる君。機嫌を取ろうと腰に手を回し、とっておきの声で甘い言葉を囁く私。他人には酒に酔った男女が遊んでいるようにしか見えないだろうが、本人達は少なくとも私は真剣なんだ。「君が欲しい」サスペンスのような駆け引きも楽しいけれど、不器用な本当の君が欲しい。
 *ロイアイの日2018、Kinki kids「KIssからはじまるミステリー」から妄想

1073
あの人の香りを感じた気がして振り向いた。こんな場所にいるはずがないのに。思い浮かべたのは仕事中の厳しい顔、子供みたいに甘えた顔、私を求める男の顔。それら全てを失うことを想像し身震いした。これではいけないと女々しい自分を叱咤して前を向く。きっと戻るのだ、最初で最後の大切な人の元へ。
 *ロイアイの日2018、Kinki kids「愛のかたまり」から妄想

1074
闇の中、手探りで君の手を掴む。ジリジリと心と体を焼く太陽が沈み、やっと訪れた休息の時。けれど、甘く退屈な夢さえ見ることが許されないのは分かっている。瓦礫に埋まる砂漠の街を作り出したのは私なのだから。ビロードのような闇の中で君の手を取り、希望を探す。光ある未来を二人で目指すために。
 *ロイアイの日2018、Kinki kids「ビロードの闇」から妄想

1075
厚い雲が切れて月明かりが静かな部屋を照らす。浮かび上がるのはさっきまで見ていた夢。優しさに包まれているのが心地よくて、知らずに微笑んでいた。今、この想いを貴方に伝えたい。言葉を月の光にして、眠る貴方に伝えられたらいいのに。変わって行く私を見下ろしているのは夜空に浮かぶ蒼い月だけ。
 *ロイアイの日2018、Kinki kids「月光」から妄想

1076
想いを声に出したらひび割れると怯えていたこともあった。ふと目が合った瞬間に、そんなものは杞憂だったことを知る。君とならどんな未来が来てもきっと乗り切れるはず。特別な白いドレスを身に纏った彼女を抱きしめると、皆が振り向いて明るい笑い声が上がった。これからも、ずっと、君と生きて行く。
 *ロイアイの日2018、Kinki kids「ボクの背中には羽がある」から妄想

1077
開いた扉から眩しい光が差し込み、人々の歓声と鳥たちが羽ばたく音が聞こえた。誓いの言葉などとうの昔に交わしたけれど、貴方の頬を流れた一筋の雨が私の中の新たな花を生かす。これからもいつもの場所で過ぎていく日々を想像する。青い空に舞う白い姿は新しい時代に幸せを運んでいくのかもしれない。
 *ロイアイの日2018、Kinki kids「青の時代」から妄想

1078
最近似てきたと周りに言われるようになった。夫婦は似るものと聞いたが、何十年と一緒にいる私達もそうなのだろうか。星の数ほどいる人の中で出会えた奇跡を思う。「愛してるよ」「はいはい、知ってますよ」お茶の用意をする彼女に軽くあしらわるのにも慣れた。こんな何気ない日が記念日になるといい。
 *ロイアイの日2018、Kinki kids「Anniversary」から妄想

1079
難しい書籍や資料に紛れて場違いな1冊を見つけた。『恋の訪れる季節』『モテる化粧』『愛される装い』文字ごとふわふわ浮きそうだ。「こういうのに興味があるんですか?」あまりに不似合いなのが気になって尋ねてみると意外にもまじめな声が返ってきた。「興味がないから勉強しているんだ」なるほど。
 *ロイアイの日2018、MOAテーマ『恋の訪れ』『化粧』『装い』

1080
「付いて来るか?」息を整えようと上下する背中越しに伝わってきた言葉に振り向きざま視線で答える。[こんな状況で何を今さら][そうだな]伝わる意思。「3、2、1、GO!」互いの動きを想定し別方向に飛び出して行く。死に行く先も、生き抜いた先も、二人に纏わりつく装いは焔と粉塵と硝煙の匂い。
*ロイアイの日2018、MOAテーマ『装い』

1081
「惚れ直した?」彼の目がデスクに置かれた新聞を示している。馬鹿ですか。「名前と顔が世間に知られるのは嬉しいが、標的となる確率も上がるので心配…というところか」昨夜からの勤務で疲れた頭ではうまく繕えず、全てを読まれてしまう。「今夜は食事に行く予定でね。一人では危険だから優秀な護衛が必要だと思わないか?」口の上手さに流されそうだ。「そうそう、賢い護衛犬も必要だな」終業を告げる17時のサイレンが鳴った。
 *ロイアイの日2018、MOAロイアイ時計17時

1082
鷹の眼の圧が気になって丸い頬をつんと押してみた。「お腹周りに肉が付いたのでは」ぐっ。やはり鋭い。「では減量に協力するということで、もう一試合どうかねっいたいいたたっ」腹肉を思い切り抓った彼女はシャワーを浴びにベッドを降りた。「わう?」不思議そうな顔のこいつとランニングでもするか。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「スポーツ」

1083
泣かせたいわけじゃなく、幸せにしたかった。
泣いたりしない、幸せになる資格などないのだから。
私など忘れてどこかで穏やかに暮らしてくれればそれでよかった。
忘れられずに追いかけた私が愚かなのでしょう。
本心を聞くのが怖い。
想いを知られるのが恐ろしい。
何処までも寄り添う平行線の二人。

1084
異国の酒を片手に彼は夜空を眺めていた。「織女星と牽牛星は見えますか?」公主から聞いた物語だ。「ああ。しかしあの2つの星は天帝である北極星から見るとそんなに離れていない。天帝は甘いんじゃないのか?君の父上ならもっと厳しいぞ」最後の方は聞き流し、彼の隣で美しい星空を楽しむことにした。
 *七夕

1085
昔々ある所にちょっと内気でちょっと頑固な女の子がいました。その子は小さい黒い犬ともっと小さいトカゲをお供に古いお屋敷を飛び出したのです。一人の魔法使いを探して、歩いて汽車に乗ってまた歩いて。森を越え砂漠を渡り、辿り着いたのは雨の街でした。そこから新しく始まる物語。今は昔のお伽話。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「お伽話」

1086
ーーどうぞ宜しくお願いします。早速ですがお二人の馴れ初めを。
閣下:かなり昔だな。
夫人:ええ。
閣下:卒業して何年目かに母校へ顔を出した時だ。恩師との待ち合わせに遅れそうでね。慌てて角を曲がったら、ぽふんと柔らかいものが。
ーーそれが夫人だったと!
夫人:嘘ですよ。
閣下:はははは。
   *【ワンドロ・ワンライ】お題:「馴れ初め」

1087
胸の間を伝う汗が気持ち悪い。「昔もこんな暑い日があったな。庭の野菜がやられた」彼は喉を鳴らして水を飲む。この喉の動きは好きだ。「ありましたね。明日はアイスティー淹れましょう」「それはありがたい」無言の時間が長くなる。「ではおやすみなさい」「おやすみ」きっと同時に受話器が置かれた。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「熱帯夜」

1088
「覚えておいでですか?」あの頃は絶対に連絡するものか、自分と彼への仕返しだと意地になっていた。「忘れるものか…しかし、なぜ」「今の私には必要ないですから。貴方以上に貴方の居場所は把握しています」「はっ…」笑ったのか苦痛に歪んだのか、擦り切れたメモを手にした彼の表情は読めなかった。  *【ワンドロ・ワンライ】お題:「仕返し」

1089
必要な書類は全て提出した。議会の承認も得た。「やっと肩の荷が下りたな」軍服の前を開け、彼はゴキゴキと痛そうに肩を回した。「これからどうされるので?」「さて、どうするかな。気分的には長いバカンスだ。君も付き合わないか」民間人となった今、自由な私は自分の意志で彼について行くのだろう。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「バカンス」

1090
リザ・ホークアイ。私の有能な補佐官であり、大切な昔馴染みだ。彼女は正直で、口では多くを語らないがその目は饒舌だ。「今、私の頭頂を見なかったかね?」「見てません」「頭髪…」「見てません」いや、見ていた。絶対に私の頭部を疑惑の目で見ていた。「見ていませんってば」嘘だあああああ!!(泣)
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「疑惑」

1091
「定義があやふやなまま話すのは、錬金術師らしくありませんね」かつて師匠に散々言われたことを思い出した。まずは【幸せ】を定義してからということか。少しナーバスになっていたのも見透かされていた。「幸せも不幸せも、貴方と一緒なら私にとっては同じものです」嗚呼、私ばかり幸せを貰っている。
 *ワンドロ・ワンライ】お題:「幸せの定義」

1092
「風が涼しくなってきたな」前を歩く影も日に日に長くなってきた。女性が脚を出さなくなるのが残念だとか昼寝がしやすくなるとか、なんだかんだとふざけたことを並べる彼に、私も心の中で付け加えてみる。汗混じりの貴方の香りに惑わされることがなくなるのは有難いですよ、と。やっと暑い夏が終わる。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「夏の終わり」

1093
申し訳ありませんと謝罪する部下の足元には金メダルをかけた犬が待てをしている。「目立ってはいけないのに、ミックス部門で優勝してしまって…」まあ似たような犬はいるし、身ばれすることはないだろう。「お祝いに食事でもして帰るか」私の有能な補佐官の飼い犬も有能だと認定されたのは気分がいい。
 *リザの日2018、テーマ『潜入捜査』

1094
ドレスはこれでいいのかしら。挨拶を間違ったらどうしよう。テーブルマナーもこちらとは違うんですよね。流石の彼女も緊張するようだ。「不安なら公主に教えてもらおう。主賓は堂々としていれば何とかなるさ」「私は単なる貴方の補佐です」いいや君もいつかは国の代表になるんだよ、未来の大総統夫人。  *【ワンドロ・ワンライ】お題:「テーブルマナー」

1095
「君の祖父殿に、孫を嫁に貰ってくれんかと言われた」いつから彼は知っていたのかしら。いえ、それより嫁ですって?「気が早いと答えておいたよ」待って待って待って。私達はそういう関係ではないはずでしょう?なのに、それは、いつか……ということ。なんて重いことをさらりと告白するのだこの人は。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「告白」

1096
「いい色だな。そんなの持ってた?」「母のなんです」秋冬ものを出そうとして偶然見つけのだ。質素にしていた母の持ち物の中でも珍しく高級そうで、父も無頓着に捨てられなかったのだろう。「師匠の思い入れがあったものかもな」そう言って彼が巻いてくれたストールは、少しカビ臭いけれど暖かかった。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「衣替え」

1097
「香水か?いや、違うな」はっと気がついて慌てて髪や肩を払うと、オレンジ色の小さな花が落ちた。ハヤテ号がクンクンと匂いを嗅いでいる。「そのままでよかったのに。遠くからでも君が分かる」「それは軍人としてどうでしょう。あ、逃げても捕まえますからね」逃げないよと笑う彼は少し寂しげだった。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「金木犀」

1098
「そんなに動いたら落ちるわよ」膝の上でもぞもぞと動く愛犬を窘めた時だった。「大丈夫だわん」ハヤテ号ったら喋れるようになったのね…ん?「あっ」違った。彼を膝枕しながらソファで転寝していたんだった。「もう少し寝てていいんだわん」黒い髪をそっと撫でながら、習慣って恐ろしいわと反省した。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「習慣」

1099
「機嫌がいいな、中尉」「どなた?」すっかりなりきっている彼女に苦笑する。「ではお近付きの記念にひと勝負いかがかな。どちらが大物を落とすか」「普段はそんな挑発に乗らないのだけれど…貴方素敵だからお相手するわ」おやおや負けず嫌いはそのままか。しかし主犯は私がいただくよ、麗しいマダム。
 *ロビさんの素敵イラスト『潜入捜査』より妄想

1100
調子に乗ってパジャマの中に侵入してくる手を全力で引き剥がす。「んっ、もう…何事も腹八分目がいいんですよ」「まだ六分目ぐらいなんだがなあ」子供のように笑いながら、濡れた唇を拭おうとしてくるのも腹が立つ。「遅刻するからさっさと準備してください!」私だって八分目で我慢してるんですから。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「腹八分目」

1101
昔よりややゆっくりになった足音が近づいて来る。「考え事ですか。餌付いてないんでしょう?」「ははっ、君は何でもお見通しだね。新しい構築式が浮かびそうなんだ」釣り糸を引き上げる私の隣でバスケットの蓋が開けられる。「では糖分が必要ですね」皺の寄った白い手でフルーツサンドが差し出された。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「釣り」

1102
「ベッド貸してねぇ〜」珍しくふにゃふにゃに酔っ払って寝転がった脚の先に赤い色を見つけた。「あら、綺麗に塗ってるわね。自分でやったの?お店?」「ん〜大佐〜」「えっ、あんたたち付き合ってんの!?」「つきあって〜ないわよぉ〜」上官が部下にペディキュアを?嘘でしょ?何なの、私分かんない!
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「驚愕の事実」

1103
「昔々、美しいお姫様がお城に閉じ込められていました。ある月のない夜、魔法使いが現れてなんやかんや仲良くなった二人はお城から抜け出したのです」友人の娘に語るお伽話に違和感があった。「魔女に閉じ込められた姫が王子に助けられる話じゃなかったか?」「母が聞かせてくれたのですが」それって。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「昔話」

1104
ーーデータとして1%も興味がなかったかと問われれば否定はできない。科学者というのは嫌なもんだな。まあ、人間てのは矛盾した生き物だからお前も自分の道をーー「あーっ、やめやめ!」持っていたペンを放り投げた。柄じゃねぇことはするもんじゃない。今度会った時に1杯奢ってやるくらいが丁度いい。
*鋼おっさん祭り2018

1105
鍵を挿そうと伸ばした手から水滴がポタリと落ちた。結構降られてしまったようで、足元にいるハヤテ号の毛もしっとり濡れている。「今すぐ拭いてあげるから待ってね」ガチャリ。「おいおい、いくら霧雨でも冷たいぞ。風邪を引いてしまうじゃないか」なぜか私の家にいる上官が頭からタオルを被せてきた。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:霧雨

1106
珍しく寄り道せずに視察を終えた。昼寝もしていない。将軍とのお遊びもなし。締切が3日先の書類まで目を通し終えている。今から土砂降り、いやブリザードでも吹くような気がしてきた。「これで2日休めるぞ!さあ、帰ろうか中尉」もちろん連れて行かれるのだ。ああ、この先のことを考えると目眩がする。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「目眩」

1107
神話のように魂でも入れる気ですか。魂の錬成では何を持っていかれるんでしょうね。手ですか足ですか髪の毛ですか。いっそ存在ごと消えてくれませんか。彼女の目が雄弁に訴えてくる。いや違うんだこれは。君が小さくなれば可愛いなとか色んなポーズを取らせたいなとか…うわあああ!私を見ないでくれ!
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「ねんどろいど」

1108
「冷えてきましたので上着を」何気なく触れた彼女の指が冷たくて、午後から雪が降り始めていたことを思い出した。「コーヒー淹れ直しますね。もう一息頑張ってください」私に付き合って大変なのは君の方なのにと謝れば、いつもの言葉が返ってくるのだろう。錬金術師としてはおかしいかもしれないが、いつか倍にして返すよ。
*2019年ロイアイカレンダー1月

1109
撮られるのは苦手なので写真は多くない。そして意外なことに、彼のプライベート写真も少なくてーー彼の場合は新聞に載ったものはたくさんあるけれどーー二人で写っているのは数枚だけ。色褪せた1枚をアルバムから取り出して写真立てに入れる。無表情な幼い私と緊張した彼が真っ直ぐこちらを見ていた。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「アルバム」

1110
あの時の書類不備がなければ、彼らと出会うことはなかっただろう。そしてこの地に彼らが戻って来なければ、彼女のあんな嬉しそうな顔を見ることもなかったかもしれない。「閣下もほら、見てください。赤ちゃん可愛いですよ」いつもはなかなか見せてくれない補佐官の笑顔に、こちらもつい目尻が下がる。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「リゼンブール」

1111
「どうしてあんなことを…手紙を貰っただけでしょう?」「悪役を演じてみたくてね。うまくいくかどうかは奴の器量次第だ」仕方ない人とでも思っているのか、顰めた顔も美しい。「振られても優しく慰めるなよ。君に惚れたら面倒くさいから」何が悪役か。怪物だ、本物の悪魔だと言われた男がお笑い種だ。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「悪役」

1112
ドアを開けてもハヤテ号の足音にも飛び起きなくなった。それだけで涙腺が少し緩みそうになる。ソファに眠る彼を眺めながら起こそうかどうしようか悩んでいると、腕の中で仔犬が暴れ出した。「遊び相手が欲しい?あなたが望むなら仕方ないわね」男性にしては丸いほっぺを、小さな前脚でちょんと叩いた。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「ソファ」

1113
疲れた体をソファへ投げ出した。この時期になると増える事件に忙殺されしばらく家にも帰れていないのだ。「どいつもこいつも暇なのか。年末バーゲンのつもりか」「今や恒例行事ですね」応じる彼女の顔にも疲れが見える。「片付けたら肉食いに行くぞ」「お伴します」少し元気の出た声に私も力を貰った。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「年の暮れ」

1114
「またここで年越しか」
「恒例行事になってきましたね」
「すまんな、休みをやれなくて」
「会いに行くような家族もいないので問題ありません」
「では私と家族になるか?」
「何を今更。ここのみんなが家族みたいなものですよ。新年おめでとうございます」
「ああ、おめでとう。今年もよろしく頼む」

1115
子犬が噛んでいる物に気付いて蒼白になった。慌てる私に構わないと彼は言う。替え時だし、普通の布とは噛み心地が違うのだろうと笑ってさえいる。それでも心配していると替えを何組か持ってきた。「無くしてしまうと困るから、予備は君が持っていてくれ」こうして彼の発火布の管理は私の管轄になった。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「発火布」

1116
部屋を探検し始めたハヤテ号に「申し訳ありません」と彼女は困ったような、それでいて可愛い顔をした。私も数ヶ月ぶりに自宅を訪ねてくれたことに年甲斐もなくそわそわしているようだ。彼女が隣に並ぶだけで体温が上がる。「あの…」耳にかかる息がくすぐったい。「あの…全開ですよ」アーーーーーーッ
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「耳打ち」

1117
おずおずと差し出されたのは大きな手には似合わない鏡だった。「約束しただろう?」いつか直すと言って彼が持ち去った。「あの頃の私だと新品にしか錬成できなくてな。記憶違いなところがあるかもしれないが」「いいえ…」このくすみもここの傷も元のまま。お母さん、魔法使いって本当にいるんですね。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「約束」

1118
似てるかも。そう思うと想像が止まらなくなった。黒い髪の上に三角の耳、鼻も黒くして、口元は少し前に伸びて、ズボンからはふさふさの尻尾がはみ出て…くすっ。自分の妄想がおかしい。うふ。「あはははっ」とうとう声を出してしまった。「?」寝起きの優しい黒い目が2組、私を不思議そうに見ている。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「妄想」

1119
「「わーーーっ」」居間で遊んでいた子供達が突然走り出した。最近は動きが速くて対応するのが難しい。ブルルンとエンジン音が駐車場で止まり、きゃあきゃあと飛びつく2人を抱えて彼が入ってきた。「ただいま。おっ、今日はキッシュだね?」おかえりなさい。子供達は耳が、貴方は鼻がいいようですね。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「エンジン音」

1120
幼い頃から女性はたくさん見てきた方だ。しかも士官学校に入ってからは美しさだけでなく家柄も教養も備えた相手を紹介された。勧められて無下に断ることはないが、深く踏み込むことはない。守りたいだけではない、互いに預けあえる伴侶とは…静かに隣に立つ彼女を見て確信する。良くも悪くも運命の女。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「運命」

1121
目の前に広がる髪が太陽を反射して煌めいている。寝起きにはその光が眩し過ぎて目を細めた。どういうつもりで私と一夜を過ごしたのか。雰囲気に流されたということはあるまい。上官命令と捉えたか、傷の舐め合い、それとも化け物への同情か。片思いは一人で見る夢。夢うつつで金糸を一房、指に絡めた。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「夢うつつ」

1122
「これは何ですか」「見たままの物だが」「なぜ私に」「本気で分からないと?」「私は罪人です。受け取る資格がありません」「私も償いきれない罪を背負っている。そこにもう一つ加わってもそう変わらんだろう。どうかね、一緒に背負ってみないか」左手の薬指にはめられた鎖。二人で新たな罪を背負う。

1123
僅かな昼休み、外で食うかとやって来た中庭に彼はいた。意識のみで感覚はないというが、器用に仔猫と遊んでいる。「ご一緒してもいいかしら」聞き慣れた声に思わず身を隠す。私の補佐官とその愛犬が彼らと戯れ始め…滅多に見られない笑顔の大バーゲン。なんだ?あの猫じゃらしは魔法の猫じゃらしか!?
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「猫じゃらし」

1124
ガラスの向こう側を眺めていた彼女の視線が正面に戻る。私に気付かれないように細心の注意を払って。「ちょっと待っててくれ」彼女にドレスを着せてやれない自分が不甲斐なく、せめてもと花屋に入る。「小さいブーケ風なのを作ってくれないか」「頑張りなよ、兄さん」曖昧に笑いながら花束を受け取った。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「ショッピング」

1125
いつか路傍でゴミのように死ぬかもしれない。君に語ったのを思い出すと恥ずかしさに頭を抱えたくなるが、本気でそれでいいと思っていた。もちろん今もそのつもりだ。しかし最近は少し欲が出てきてしまってね。月明かりに光る素直な涙をそっと拭う。いつか君の側で空を見上げて逝けたら最高だと思うよ。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「月」

1126
「こんな所で何をしているんですか」「さ、サボっているわけじゃないぞ!ちょっと休憩していただけだ!」「そうですか。ではその食べかけを頭の上に置いてください」「ゲームか?マジックか?どこかでそんなシチュエーションを聞いたことが…」「林檎を撃ち抜いて英雄になろうと思います」「いやー!」
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「林檎」

1127
黒っぽい不思議なものが皿に盛られている。ダークマターか?と恐る恐る味見してみた。「甘いっ」「ダメです。まだ途中なんですよ」「途中?」「シンの国のお菓子だそうです。パイ生地でこのジャムを包んだものを満月の日に食べるんだとか」ほほう。しかしこの量は…まさか私が頑張らねばならんのか!?
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「お菓子」

1128
無骨な指が背中の文様をなぞる。繰り返される行為に快感さえ感じるようになった。だから溢れてしまったのかもしれない。「父は異端者だったのでしょうか」心の奥底に燻っていた疑問。錬金術師として父はどんな存在だったのか。「錬金術師よ、大衆のためにあれ…師匠は真っ直ぐだったよ」視界が滲んだ。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「異端者」

1129
「大きくはないですよね」「かと言って小さくもない」「軍人だからヒョロくはないが」「ゴツくもないですね」話題の中心は前を行く我らが上官。「でもとても頼もしい、でしょう?」素直に頷く仲間たち。「さあ。遅れないように追いかけましょうか」敬愛する上官の背中を。私の全てを預けた彼の背中を。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「背中」

1130
今回もやはりダメかと、恒例のやり取りを想像していた脳が混乱した。「……です」射撃訓練のイヤーマフをしている時のように声がうまく聞こえない。「え?」「イエス、です」紅い唇はっきりと動くのが見えた。これは夢だろうか。いいや、彼女のチャームポイントである大きな目が潤んでいるではないか!
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「チャームポイント」

1131
『目の前に時限爆弾があります。表示されている時間は?A 00:03:00、B 00:30:00、C 01:00:00、D 12:00:00』まずは爆班に連絡…そういうことではないだろう。「君はどれだ?私はAかな」肩にのし掛かってくる男。「さあ、どれでしょう」「答えは……人生のギリギリ度だと?」貴方も私もギリギリですね。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「爆弾」

1132
司令部から約15分。どちらがどこまで送るのか揉めに揉めた結果、この三叉路で妥協した。左へ行くと私の家、右へ行くと彼女のアパート。その中間地点に当たる場所で数秒互いを見やった後に別れを告げる。「お休みなさい」「ああ、また」敬礼、答礼。短いデートコースにため息をつき、彼女に背を向けた。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「デートコース」

1133
「可愛らしいお相手だったわね」フンフンとハヤテ号も満更でもなさそうに鼻を鳴らす。これは春かしら。「ちょっと寄ってみようか」弾んだ足取りの1人と1匹が顔を見合わせて方向転換した。これは恋かしら。いいえ。会いたくなったのはこの子の恋心に影響されただけで、決して私の本心からではないはず。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「恋心」

1134
すっぽりと腕の中に収まる体勢が実はとても辛い。「自分でやる」「何言ってるんですか。少し動くのもきついでしょう」掴んだ手を振り払われ、彼女はまた包帯を巻き始めた。いつまで自分の中の獣を抑えておけるのか。顎の下で動く金色が目に入らないよう視線を上げるが甘い香りを遮断するのは不可能だ。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「獣」

1135
仕方ない、着替えるか。面倒だが着ていた黒のハイネックを脱いだ。半袖から覗く腕に赤黒い傷痕。誰に見られても何も感じないけれど、気にする人物がいるから。彼は文句を言うわけではなく、ただ黙ったまま眉間に皺が寄る。今さら傷の一つや二つ平気なのに、その顔を見たくなくて長袖シャツに着替える。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「半袖」

1136
「あちっ」迂闊にも声が出てしまった。慌てた彼女に引っ張られ、腕を水道水に晒される。「フライパンにやられるとはなあ」左手首に薄っすらと赤い筋が浮かんでいた。「大丈夫ですか。薬取ってきますね」「こんなの」なんてことないと言いかけてやめた。きっと彼女にはトラウマになっているだろうから。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「火傷跡」

1137
色鮮やかなドレスを纏う淑女をエスコートする紳士達。華やかな雰囲気でありながら、挨拶は薄っぺらく会話は欲まみれ。彼らに紛れ私もグラスに口を付ける振り。どれだけドレスアップして優雅にダンスをしようとも、私の存在意義は彼のもう一つの目であること。死角を狙う不届き者を鷹の眼はロックオン。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「レーゾンデートル」

1138
ハヤテ号が雨露の乗った小さい花の塊に鼻を突っ込んでいる。こいつには何もかもが珍しいのだろう。彼女も仔犬の気紛れな行動に苦笑しながら優しい目で見つめている。「綺麗な色ですね。私たちに似合いの」君は気付いているのだろうか、この花に隠された意味を。青い紫陽花の花言葉は--辛抱強い愛情。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:紫陽花

1139
言いたいことは山ほどあるのにうまく伝える自信がなくて、いつものように花を用意する。何だかんだと理由をつけて断ろうとするけれど、最後には必ず受け取ってくれていた。しかし今回ばかりはどうだろう。言葉にしきれない想いを込めて両手で抱えきれないほどの花束を君に贈ろうと思う。指輪を添えて。
*ロイアイの日2019 宇多田ヒカル「花束を君に」から妄想

1140
間に合わないと分かっていながら全力で走った。玄関で見送るまでは平気だったのに、しばらくして降り出した雨の音に弾かれたように家を飛び出した。頬が濡れているのはきっと雨のせい。胸の痛みも長い距離を走ったから。当時の私には理解できなかったけれど、貴方に出会わなければ生まれなかった感情。
*ロイアイの日2019 宇多田ヒカル「初恋」から妄想

1141
私を取り囲む黒い人影。彼らは何も言わず、じっと見ているだけだ。戦い続け息を切らし、感覚のなくなった指を擦ろうとして…目が覚めた。己の荒い呼吸と雨の音。真夏の気温のせいだけではない汗が首筋を流れる。今ここに君がいなくてよかった。今ここに君にいて欲しかった。喉の渇きも雨では癒えない。
*ロイアイの日2019 宇多田ヒカル「真夏の通り雨」から妄想

1142
今日もあなたを失わずにいられたことに安堵して、一日の終わりに胸を撫で下ろす。どうかあなたを守れますように。この身は業火に焼かれても構わないから、どんなことをしても守り切りたいのです。「君がいない世界には意味がないんだ」とこの手を握り返してくれたあなた。守りたいあなたに救われる私。
*ロイアイの日2019 宇多田ヒカル「あなた」から妄想

1143
ずっと自分に嘘をついていた。手放すことなんてできないくせに、過去を言い訳に逃げていた。あいつにもいい加減認めろと言われていたのにな。泥に塗れようが血で汚れようが、側にいて欲しいんだ。正式にはできないけれど、同じ色の指輪と誓いの言葉はここにある。君と肩を並べて共に生きることを誓う。
*ロイアイの日2019 宇多田ヒカル「誓い」から妄想

1144
あのとき選んだ道は間違いじゃなかった。出会った日は軽くお辞儀をして自己紹介だった?よく覚えていないけれど、ずっと一緒にいると思ったの。貴方を選んで、今とても幸せです。きっと何十年後でも貴方を見つめてそう言うの。そして死ぬときには、嫉妬されるくらい幸せだったと言えると知っているの。
*ロイアイの日2019 宇多田ヒカル「嫉妬されるべき人生」から妄想

1145
バレバレの尾行に気付いたのはこの子が先だったか私だったか。「不審者として通報しますよ」ため息をつきながら振り向いた私にニヤリとする彼。「ドッグカフェでランチでもいかがかな、お嬢さん」「勤務中ですよね。護衛は?」「もう休憩時間だ。護衛はあっちで可愛らしいお嬢さんと歓談中」そしてタイミングよく鳴る正午の鐘。「ハヤテ号がお腹を空かせてるので仕方ないですね」明日からは上官も部下もさらに厳しく躾けなくては。
*ロイアイの日2019 MoAロイアイ時計12時

1146
目の前に積んである段ボール箱の山に疲れが倍増した。ここに越してきて数週間、すぐ使う食器やハヤテ号に入り用な物は取り出したけど、忙し過ぎて整理できない。次の休みはいつだっけ?はぁ、面倒くさい。もうこのままでいいかしら。取り敢えずお腹を満たそうと、冷蔵庫からハムを取り出し齧り付いた。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:新居

1147
次はこいつを小匙一杯、と。「あっ!」脚に突撃してきた毛玉の勢いで鍋に大量の粉末が投入された。「ダメじゃない、ハヤテ号。リビングで遊んでいなさい」仔犬を叱る彼女を宥めながら、頭の中でスパイスの配合を再計算する。「大丈夫だ。何とかしてみせるから」「すみません」何とか…なるんだろうか?腹を満たそうと、冷蔵庫からハムを取り出し齧り付いた。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:スパイス

1148
なあ、そこにいるんだろう。号泣して美しい娘の姿が見えないか?それとも相手の男にナイフを投げようとしているのか?きっとエリシアは幸せになるさ。そんなこと分かってるから私のことを報告しろって?ああ、そろそろケジメをつけることにしたよ。引退したら彼女に告げることにする。今さらだけどな。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:友人

1149
目がショボショボしてきた。でもそんな弱音を吐こうものなら、老眼ですねなんてこちらも見ずに言い放つんだ。ああ、夜が明けてきたな。「中尉、締切は何時だ」「35時です」「は?何時なんだそれは。朝、いや昼ではないか。寝ずにやれというのか!あ、はい…分かりました」うう、チェックアウトしたい。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:明日の朝35時

1150
ふわふわで温かく、か弱い命が3つ。こんな私でも自然と笑みがこぼれてくる。「可愛いでしょう?」「名前を考えないとだな」「もう候補はあるんです」ふふんと自信ありげな彼女の方がずっと可愛いと思ったが、それは言わないことにする。代わりに彼女の口からトンチキな名前が飛び出してくるのを待った。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:名前

1151
「見せちゃおうかな〜」将軍が嬉しそうに取り出した写真には少女時代の私が写っていた。「昔ねマダムに貰ったの」一生のお願いだと頼み込む彼に負けて写真を撮ったことを思い出した。あれ以来、彼の「一生のお願い」は聞いたことがない。部下達のは聞いてやっているのに律儀な人だなと可笑しくなった。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:一生のお願い

1152
空に上がる花火、宙を舞う銀の紙吹雪、情熱的な異国風の踊り子。人混みに流され、賑わうパレードの向こうに彼を見つけた。派手な羽飾りの付いた帽子のせいで隣に並ぶ女の顔は分からない。彼女は今夜、彼の腕に抱かれるのだろう。それが自分なら…浮かれたカーニバルの熱がありえない妄想を掻き立てる。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:祭り

1153
私が移動するのに合わせたように、ばらばらと人垣が割れていく。息を飲む音、何かを囁く声。みな一様に恐れ慄き私から離れていく。人の形をした災厄が近付いてくるのだから逃げて当然だ。そんな中たった一人、私を射抜くような視線に出会った。ああ、君だけは夢の中でも焔の化け物から逃げないんだな。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:災厄

1154
「あの子はね…私の大事な二人の忘れ形見でもあるんだ」店の女性たちが帰った後、彼に似た目を少し伏せてマダムが語り始めた。「今じゃあんなだけど、根っこは真っ直ぐで馬鹿正直なんだ。一人じゃ危なっかしくてねえ。どうかよろしく頼むよ」「はい」ずっと一緒にいて守りますと彼の大事な人に誓った。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:忘れ形見

1155
肩を怒らせ去っていく将官に敬礼する彼女。敬礼を解き振り向いた顔は何かに耐えるようだった。私に関してまた侮蔑的な言葉でも吐かれたか。けれど声を掛けて近寄ればいつもの態度。弱音を吐いてもいいのにそうしないのは彼女の矜恃なのだろう。何も言えない私は少しでも早く頂に登ろうと決意するのみ。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:矜恃

1156
「あいつ妻子がいたのよ!」騙された、復讐してやると酒が進むにつれ荒れ出した。友人に付き合ってやれと早く上がらせてくれたのはこういうことか。一体どこから情報を得ているのやら。「あんたはいいわよね。大佐は遊び人を気取ってるけどリザだけなんでしょ」「え?」しまった、話を聞いてなかった。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:復讐

1157
しばらく側を離れて遊んでいたハヤテ号が足元に戻ってきた。「あら、ご主人に?男前なワンちゃんですね」赤い花を一輪咥えた犬を見てカフェの店員も笑顔になる。「これをどうぞ」花を生けるためにと、水の入ったコップをもう一つ置いてくれた。「ありがとうございます」今日はここに長居してしまいそうだ。
*リザの日2019

1158
「ダメよ、ハヤテ号!」タタタッと走ってきた仔犬が、脱いだまま床に放っていたシャツにダイブした。「構わないさ」「すみません。この子、大佐のシャツがお気に入りみたいで」そう言えば君も同じだな。「飼い主に似たんだろう」「はい?」眠ってる時はいつも私のシャツにしがみついているじゃないか。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:お気に入り

1159
視察に連れ回された街のショーウィンドウはすっかり秋服に変わっていた。そういえば去年はクローゼットから取り出す間もなく冬に突入してしまったんだった。いい季節なのにもったいない。今年こそお気に入りのショールとブーツも揃えて焼き栗を買いに行こう。気が向いたら彼のおやつにもしてあげよう。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:秋服

1160
お前はきっとここにはいないんだろう。細君と娘の側にいて、好きなだけ二人を抱きしめているはずだ。ああそうだよ、私はまだ決断できずにいる。この血に汚れた手を伸ばすのか握りしめたままなのか…「帰ろう、風が冷たくなってきた」「はい」この手で抱きしめられなくても彼女はいつも隣にいてくれる。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:墓前

1161
冷蔵庫からハムを取り出して放り投げる。続けて取り出したビールで喉を潤し、ナイフで半分にされたハムを受け取って齧り付いた。トンとブーツの上に乗せられた前足。「ごめんなさい。あなたもお腹空いてるわよね」愛用の皿にドッグフードを入れてやる。静かなキッチンに、飢えを満たす音だけが響いた。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:空腹

1162
窓から入ってくる風の温度が下がってきた。そろそろブランケットが必要だなと、彼女の身体を抱き寄せる。ふんわり柔らかい最高の感触。自然と白い胸元に視線が落ちた。「実りの秋か、よく育ったものだなあ」「ん…」おっと、いけない。聞かれたら私の頭が熟れた柘榴の実のように弾けてしまうところだ。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:○○の秋

1163
毎日会っているというのに、家に届いた手紙。『リザ・ホークアイ様』で始まる文章をもう一度読み返す。『私と一緒になる事不安だというのなら、私と共にいる幸せがそれを凌駕するよう手を尽くす。信じてついて来て欲しい』いったい何度好きになればいいのだろう。もうおかしくなるほど彼を想っている。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:手紙

1164
ばたばたと愚息が階段を降りてきた。「あらぁ、キメてるじゃない」「誰かとデート?」「うるさいな、妹だよ!」店の従業員が面白がってからかう。「ママ、娘さんいたの?」「いないよ」「行ってくる!」見えなかったが真っ赤な顔をしているに違いない。一人前になっていい娘を連れてくるのが楽しみだ。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:赤面

1165
みんなと一緒に撮った写真、中央の彼の頭の上にはまだ仔犬だった頃のハヤテ号。どれだけ注意しても頭に登っていたっけ。彼が文句を言いながらも本心では許していることをこの子は察知していたからなんだけど。ふふふっ、そういえば髪を引っ張られて「禿げる!」って叫んで。あの頃から気にしてたのね。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:思い出し笑い

1166
ピョンピョコン🐸なんだろうこれ。うごいてるのおもしろーい。えいっ!つかまえた〜。ごしゅじんにみせにいこうっと。「ハヤテ号やめなさーーーい!」ごしゅじんどうしたの?「ダメー!捨ててきなさい!」ごしゅじんがあかいかおしてくろいひとにくっついてる。くろいひとにこにこ。なかよしなんだな。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:蛙

1167
暑い。乾燥した地域特有の太陽が肌を刺す。己の生み出した焔が気温の上昇に拍車をかけ、息をするのも苦しいくらいだ。「熱い…」干上がった喉から声にならない声がこぼれた。同じ太陽でもここまで違うのか。心地よい太陽の香りがした金色の髪の記憶が蘇る。抱きしめたいあの少女は、今ここにはいない。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:香り

1168
わあっと書斎から娘が飛び出してきた。「何をしてるの?」「ゆきだうま〜」入ってはいけないといつも言ってるのに。どう叱ろうか考えながら後を追うと、庭に可愛い雪だるまが鎮座していた。なるほど、アレを持ち出したのか。「とーさまできた!」雪の塊に手袋を添えた息子と娘が誇らしげに振り向いた。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:雪

1169
カウンターの上に見慣れないものがあった。「カレンダーさ」視線に気づいたマダムが教えてくれる。「一日ずつ開けていくの」「お菓子が入ってたりね」流石に店の女の子たちは情報が早い。「プレゼントで貰うと嬉しいかも」「私も欲しい〜」確かにいいな。お菓子かアクセサリーを入れて作ってみようか。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:カレンダー

1170
幼い子供にもできるものといえば煮込みぐらいで、ほぼ毎日作っていたように思う。「素材の味が活きてるよ」今思い出しても顔から火が出そう。彼の好物がほうれん草のキッシュだと知ったのもずいぶん後になってからだった。これといった得意料理はないけれど、美味いと言ってくれる人がいるのは幸せだ。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:得意料理

1171
「悪いニュースともっと悪いニュース、どちらから聞きたいですか?」そこはいいと悪いの二択じゃないのかと思ったが、彼女の言葉は事実のみという経験値からマシな方を促した。「今日の終業は何時になるか分かりません」それはまあ…自分の責任だから仕方ない。「そして暖房が故障しました」なにぃ!?
*【ワンドロ・ワンライ】お題:ニュース

1172
式を終えた二人がみんなの前に姿を現した。この国では花嫁花婿ともに赤い衣装なのだそうだ。公主という立場もありとても艶やかで目を奪われる。「閣下にも意外と似合うかもしれませんね」「君に似合いそうだ。着せてみたいな」互いの言葉が重なって聞き取れなかったが、聞き直さない方がいい気がした。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:結婚式

1173
君も一緒にどうだと誘ったら、馬鹿ですかと一蹴された。シャンプーを洗い流し、一回り小さくなった毛玉をタオルで拭いてやる。「お前のご主人は照れ屋だなあ」「何か仰いました?」優しげな声と同時に恐ろしい金属音が扉の向こうで響く。「躾も厳しいな」「わふっ」濡れた肉球で額をぺちりと叩かれた。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:バスタイム

1174
「掃き溜めに鶴…泥中の蓮…」「何ぶつぶつ言ってんだ」「ホークアイ中尉さ、チームの中で目立つだろ。なんかぴったりの言い方ないかなあと」「単純に紅一点でいいんじゃないか」「それだ!赤いイメージなんだよ。見た目は金色なのに不思議だな」「ボスの影響だろ。焔の錬金術師といつも一緒だからさ」
*【ワンドロ・ワンライ】お題:紅一点

1175
彼女の仔犬と遊んでいたつもりが、いつの間にか私を置いてぐるぐると回り出した。どうやら自分の尻尾を追いかけているらしい。タタタタッ タタタタタタッ「よく目が回らないなあ」飽きずにその場を回り続ける姿に彼女が笑う。タタタッ くすくす タッタタタタッ くすくすくす 幸せな音楽になった。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:音楽

1176
出会った頃を覚えてるかね?君はまだこんなに小さくて…そこまで小さくないって?もう学校へ行ってたのか。おかしいな、記憶力はいい方なんだが。あれから何十年か、本当に色んなことがあったな。小説のように波乱万丈で。思いの外、長い付き合いになったって?頼むからもう少し私に付き合ってくれよ。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:小説

1177
評判の品が手に入ったので息抜きにと出してみた。「美味いな」口に合ったようだと安心していると、彼はもぐもぐと口を動かしながら書類の裏に書き付けた。『フタマルマルマル、いつもの店、お礼』わざわざ暗号でなんて。「時間までにこの書類の山が消えましたなら」「承知した」思いがけず小さなプレゼントが大きな報酬に。
*2020ロイアイカレンダー企画2月

1178
美味しかったですと礼を述べる彼女がいつもより半歩近い。この時間が惜しくて、歩くスピードが遅くなる。「まだ時間は大丈夫か?」覗き込んだ大きな目はイエスかノーか。「あー、その、お茶でも…」小さくなっていく声が我ながら情けない。「美味しく淹れてくださるのなら」君が出す条件は全て飲むよ。
*カレンダーの続き

1179
カーテンから漏れてくる日差しがいつもより高い。少し寝過ごしてしまったけれど、久しぶりの晴れ間に自然と顔が綻んでくる。洗濯してハヤテ号の散歩に行ってブランチして帰ったら掃除をして…。あの人はどうやって過ごすのかしら。昼まで眠ってその後は部屋に篭って読書?今日なら無能にならないのに。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:太陽

1180
渡せなかったな…。左手の中で1枚の紙切れがしわくちゃになっている。彼女が眠っているうちに買っておいた2人分の切符の片割れ。連れて行こうとしたのに。あの家に一人で置いておけないと思ったのに。せめて、彼女が守ってきたものを、師匠が生涯をかけた研究を生かすために国家錬金術師になってやる。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:切符

1181
犬型のクリップを拾ったので中尉の物だろうなと思って中庭に向かったんです。この時間はハヤテ号の躾をしているので。案の定、楽しそうな鳴き声が聞こえてきました。扉を開けて「中尉」って声をかけようとしたら、そこに居たのは大佐だったんです。いつの間に大佐とハヤテ号は仲良くなったんでしょう。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:落し物

1182
ホテルの裏口に男が3人近付いて来るのが見えた。「せっかくの休暇なのに」彼はぶつくさ言いながら手袋をはめ、枕の下から取り出した銃をベルトに挟みドアに向かう。「日頃の行いが悪いんじゃないですか」「運が悪いのは彼らだな。私達2人を敵に回そうというんだから」振り向いた顔は本気で怒っていた。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:銃

1183
「好きです…よ」さっきまで説教していた口で可愛いことを呟く。朝には忘れて二日酔いのくせに。自宅のせいか珍しく潰れてしまった彼女をベッドに寝かせた。顔を寄せると酒の匂いが纏わりつくが構わず唇を重ねる。「これくらい見逃してくれよ。もう退散するから」側にいる番犬に断りを入れ部屋を出た。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:二日酔い

1184
「ほうら、捕まえたぞ」走り回っていた仔犬を抱き上げて彼が笑う。「桜まみれになっちゃったわね」頭を撫でてやると、きゅーんと嬉しそうに鳴くのがとても可愛らしい。「こいつ、小さいくせにすばしこくてまるで疾風だな」そうだ!この子の名前、黒い疾風なんてどうかしら。とてもかっこいいじゃない?
*【ワンドロ・ワンライ】お題:桜(ロビさんの素敵イラストから妄想)

1185
スカートの長さが気になるようで、鏡の前でやたらと裾を気にしている。私としてはもう少し短いのが好みだが、他人にまで見せてやる気はないのでこれくらいが妥協点だ。「大丈夫でしょうか」「軍人だとバレなければ上出来だ」顔を隠すのももったいないが眼鏡をかけてやる。「初めまして、Miss Margot」
*【ワンドロ・ワンライ】お題:オレンジペコー

1186
やっぱり全然似合わないや…。唇お化けみたいな自分の顔にがっかりした。お母さんの部屋を掃除した時に見つけてこっそり持っていた口紅。似てるって言われるから、私も綺麗になれるかもと思ったのに。やっぱりお母さんみたいにはなれないのかな。「こんにちはー!」あっ、マスタングさんが来ちゃった。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:メイク

1187
いつも誰が相手でも軽妙な態度のくせに洞察力は鋭くて。彼女とのことを知っているのか知らないのか「早く嫁さん貰え」だなんだと勝手なこと言いやがって。確かにお前自身はもったいないくらい素晴らしい妻と可愛い娘がいて、こっちが嫌になるくらい自慢しまくってたな…ずっと憧れの家族の姿だったよ。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:憧れ

1188
「待て、伏せ、よし」うまくできた愛犬におやつを与え頭を撫でてやる。嬉しそうに目を細め甘えてくるのがまた可愛い。「おりこうね」ぽふぽふ。あれ?この感じは何かに似て…。「よくやったな」作戦終了後、褒め言葉とともに頭にぽんと置かれた手。あの時の自分もこんな風に嬉しそうにしていたのかも?
*【ワンドロ・ワンライ】お題:褒め言葉

1189
銃をブラシに持ち換えて鏡の前で奮闘中の彼女。時間がないのに、なんで戻らないのと心の声が聞こえてきそうだ。「気にならないぞ」「絶対変です!貴方が寝返りもさせてくれないか…ら…」自分の発言に真っ赤になるのが可愛い、なんてからかったりはしない。できる男としては濡れタオルを取ってこよう。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:寝癖

1190
「閣下」「あ、ああ」私にとっては完全に飾り物なので忘れていた。手渡されたサーベルを腰に佩き確認する。「これで大丈夫かな?」「完璧です、大総統閣下。格好良いですよ」誇らしげに答える補佐官に気付かれないようにため息をつく。君にはいつかこの礼服の隣に白いドレスで立ってもらいたいのだが。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:礼装

1191
彼の前髪から落ちる雫が私の鼻を伝い、雨なのか唾液なのか不明なものが唇の端から流れていく。交わす吐息はこの大雨では聞こえない。ましてや見ている物好きなどいない。どれくらいの間そうしていたのか。親指で唇を拭い彼が終わりを告げる。「走るぞ」「Yes, sir !」泥を跳ねて走る背中を追いかけた。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:濡れ鼠

1192
彼女が準備してくれた新しい軍服に袖を通す。「あと一つですね」その一つが難しいのだがな。この肩の星を四つ持つ者は国中でただ一人。現役はまだまだやる気だし、手強いライバルも残っている。「私にできると思うか」「貴方以外の何者にそれがかないましょう」私の有能な副官は言葉だけで焔をつける。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:星

1193
小箱の横にあるネジを巻くと緩やかに音楽が流れ始めた。「母上の形見だったね」「子供の頃、貴方が直してくれました」覚えてたのかと少しびっくりした様子の後、彼が手を差し伸べてきた。「踊っていただけますか、奥さん?」「ええ、喜んで」パジャマ姿の二人がオルゴールの人形と一緒にくるくる回る。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:オルゴール

1194
シャワーから戻ると話し声が聞こえた。電話だろうかと静かに部屋に入ったのだが予想が外れた。彼女は抱え上げた仔犬を相手に何やら呟き、仔犬の方も理解しているとでもいうように相槌を打っている。「もうねんねしないといけないの。分かるわね、ハウスなの」そういうことか。私も一緒に相槌を打った。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:相槌

1195
「「あ…」」互いにまずいという表情で壁の時計を確認し、戻った視線がまた合った。いるはずのない深夜3時。(こんな時間まで何をしているんだ)(貴方こそ家に帰らないのですか) 言葉を交わさなくても分かってしまう。「あ〜、私は仮眠室で寝るから。君もさっさと済ませたまえよ」酔っぱらったフリで部屋を出るが確実にバレているだろう。そして私も彼女の不安そうで嬉しそうな瞳の揺らぎを見てしまった。今夜はもう眠れそうにない。
*ロイアイの日2020 MoAロイアイ時計3時

1196
腕の中のハヤテ号が脱出しようとしている。「この雨だと散歩に行けないわよ」それでももぞもぞと暴れる仔犬を宥めている時だった。「代わりにいっぱい遊んでやるぞ」いつ来たのかどうやって入ってきたのかなんて、もう毎回聞くのも馬鹿らしく私も諦めて振り返る。「今日はお家カフェでもしましょうか」
*ロイアイの日2020 MoA投稿

1197
「君との約束を破る。恨んでくれてかまわない」不意に腕を引かれ抱きしめられた。彼の心音が速い。飲み過ぎですよという言葉が唇に飲み込まれる。私の心音も速い。バレッタが外れ首筋に髪が落ちた。本心を暴かれて罪を重ねるなんて、きっと許されない。お父さん、私は思った以上に幸せかもしれません。
*ロイアイの日2020 MoA投稿 お題診断メーカー「約束を破る」「幸せかもしれない」

1198
この地の冷気よりも鋭く貫かれるような冷たい視線。無視しようかと思ったが、振りかえれば予想通り氷の女王が階上から見下ろしていた。「相変わらず人の使い方が下手だな。さっさとヤツを私に譲れ」「仰るとおりで。私は口も下手なので、本人に聞いてください」私の副官が諾と返答しないことを祈った。 *ロイアイの日2020 MoA投稿 お題診断メーカー「冷たい視線」「振りかえれば」

1199
「隊長!いません!」顔を引き攣らせた部下達がばたばたと集まってきた。警護の人員が入れ替わった時、立て続いた行事の後ぽっかり予定が空いた時。今回は自分の休暇明けを狙ってきたか。「いったいどこへ…」「さっきまで部屋にいたぞ」「いつの間に」騒がしい中、必死で心当たりをリストアップした。
「ここ宜しいですか、マダム」カップの横に小さなブーケが置かれた。「どうぞ」通りがかった店員に彼の分を注文する横顔がいつになく楽しそうで、彼も笑みを浮かべる。「さて今回はどれくらいかな?」「40分というところでしょうか」それだけのやり取りの後、珈琲が運ばれゆったりとした時間が流れた。
駆け寄ってくる軍人を片手で制し、男は徐に懐中時計を取り出した。「今回は少し遅かったな。アレは使わなかったのか」「居間で昼寝してましたよ」飼い犬に言い聞かせたであろう夫人は、そ知らぬ顔でカップを口に運んでいる。だめだ、いつまでたってもこの夫婦には振り回される。ハボックは天を仰いだ。
今日の互いの脱走手段を推理し合う二人の間に黒い犬が挟まってきた。「くぅん」遊びたい盛りで、自分を置いていったことに不満らしい。「あなたはダメよ、ブラック・エンプレス号。可愛いから目立ってしまうわ」「もう少し遠出できればあるいは…」大総統夫妻のささやかな遊びは今後も続くようである。
*ロイアイの日2020

1200
大総統との会談が長引いていた。何かあったのかと不安に思い始めた頃、彼が戻ってきた。「ゲームが長引いてね」は?二人でずっとチェスをやっていたのか。数年前の偽りの姿を思い出し久しぶりに呆れた。「今回はどうしても勝ちたくてね」「それで何を得たんですか」「大総統の椅子と君」なんですって?
*【ワンドロ・ワンライ】お題:チェス