601
冷たいタイルに足裏が触れた瞬間、何かが弾けた。溢れる涙と嗚咽を隠すように頭からシャワーを浴びる。理由なんて分からない。悲しいわけでもない。けれど今だけは身体の奥底から込み上げる感情に蓋をせず泣くことを自分に許す。全てを洗い流し、バスルームを出た時にはいつもの自分でいられるように。

602
「たいさ…」肩にかかる重さが少しだけ増した。慌てて本を横に置き、彼女の手から落ちそうなグラス奪う。「眠いなら寝室へ行こう」「やだ」「もう飲めないだろう?」「やだ」くすくすと笑いながら体重を預けてくる。素直に甘えてくれるのは嬉しいが、そんな君に手を出せないこの状態をどうしてくれる。

603
理由なんてない、ただ触れたくなっただけだった。そっと手を伸ばし震える指が唇に触れようとした瞬間、まるで警告音のようにドアがノックされた。未遂に終わった行為に溜め息をつく。この青い拘束服すら歯止めにならなくなったことに驚き、自分の感情の激しさに恐怖する。もうこのままではいられない。
 *お題「触れたくなった」「このままじゃ、いられない」「理由なんて、ない」

604
ちゅちゅと指を吸う様子が可愛くてつい時間を過ごしてしまった。「何をしてらっしゃるんですか」振り向けば怒りに毛を逆立てた金の猫が一匹。「仔猫を見つけてしまってね。アルフォンスにでも預けるか」手渡された生き物に表情を緩めるこの美猫もいつか舐めてくれるだろうか…なんて馬鹿な男の白昼夢。
 *にゃんにゃんにゃんの日

605
「今度は僕の番だよ。そう言って太陽は…ん?」読み聞かせの途中でつんつんとパジャマが引っ張られた。息子の指差す方向に視線を移すとソファで妻と娘が寝入っている。「おひめさまたち、ねちゃったよ」「そうだな。今日はみんなで一緒に寝るか」「うん!」まずはお姫様達をそっと寝室に運ばなくては。
 *ろいっこ

606
「何だ?」「いや」あの日から精力的に働き続ける男の顔には深い皺が刻まれていた。この男に関する書物は多く書かれることだろう。敵であった者からは悪魔のように、救われた者からは英雄のように。「何か?」「いや」だが敵に感謝を述べたこの女は、男の部下として名前だけが記されるのかもしれない。

607
「まさかこうなるとはな」心を読まれたのかと思った。彼の額に落ちた前髪を整えながら恐る恐る尋ねてみる。「後悔していますか?契約破棄の申請なら」「くだらないことを言う口は塞ぐぞ」不機嫌な顔が近付いてくる。「…お願いします」新郎新婦を呼ぶ声を無視し、余計なことを言う口を塞いでもらった。

608
廊下を走る音と賑やかな声で目が覚めた。「がたんごとーん、がたんごとーん」早朝から最近お気に入りの列車ごっこをしているらしい。「おにたん、つぎどこ?」「つぎはパパママえきでーす」この部屋にやって来るつもりなのねと笑った顔が凍り付いた。「二人とも来ちゃだめー!」パジャマはどこなの!?
 *ろいっこ

609
招かれた家の台所は酷い有り様だった。「理論と手順は合っているのに、何故だ?」一人でぶつぶつ言いながら作業していて私には気付いてないらしい。「大佐、カラメルが焦げてますよ」「あーっ」鍊金術を使えば一瞬でできるはずなのにわざわざ手作りするなんて。でも、そんな不器用な貴方が大好きです。
 *ホワイトデー

610
久しぶりに帰った実家は埃まみれでカビ臭かった。軽く掃除をした後でポストに入っていた郵便物を確認し、同じ人物からの手紙の中から古そうなものを選んで封を開けた。「合格した」見慣れた文字で書かれたそれを元あったように折り畳んで封筒に戻す。あの頃なら素直に喜べたのに、今はもう涙も出ない。

611
気紛れに寄った部屋の明かりは落とされていた。けれど部屋の主は起きていたようで窓辺で影が振り向いた。「眠れなくて…」伏せた睫毛に月の光が反射する。こんなにも美しい女を自分は幸せにできない。「リザ」せめてこの想いの一片だけでも届けばいいと、冷たくなった耳に唇を押し当てその名を呼んだ。
 *お題「家の中で、目を伏せて耳に唇を押し当てるロイアイ」

612
帰宅したところで限界がきたのだろう、軍服のまま壁にもたれ眠り込んでいる彼女を発見した。「こんな所では冷えてしまうぞ」上着を羽織らせ抱き上げても目を覚まさない。「すまないな…苦労をかける」何もできない私でもクッション代わりにはなれるかと、膝の上に抱え直しきつそうなバレッタを外した。
 *てふてふ。さんの素敵イラストから妄想 *さりイケタング

613
ターゲットを狙う手元に影がかかった。「どんな様子だ」「変わりありません」「そうか」無言のまま時間が過ぎるが、この体勢では立っている彼の表情は分からない。「予定通り30分後に」それだけ告げて去って行く。「イエス、サー」狙撃銃を構え直す顔に太陽の光が直撃し、汗がじっとりと吹き出した。
 *さりイケタング

614
目が覚めて彼がいないことに落胆し、もう一度シーツに潜り込む。「おはよう」しばらくするとぽんぽんと身体を叩かれた。「あ…おはようございます」「ほら」「え?」「おいで」両手を広げる彼の首に遠慮がちに腕を回す。「風呂に湯を溜めておいたから」彼の存在を確認したくて腕にぎゅっと力を込めた。
 *さりイケタング *てふてふ。さんが素敵なイラストにしてくれました

615
階段を降りきった彼が振り向いて私を抱き上げた。「こういう時は横抱きが定番では?」「それだと顔がよく見えないだろう」ずっと一緒なのによく見飽きないものだと思いつつ、彼らしい答えに頬が緩む。「理解いただけたかな、奥さん?」「キスも簡単にできますね」心地よい噴水の音だけが夜の庭に響く。
 *月銀さんの素敵イラストから妄想

616
右手にワンピース、左手にスーツを持って姿見の前で半時間。場違いな格好で彼に恥をかかせてはいけないと思うから余計に時間がかかってしまう。「やっぱりこっち?」「君は何を着ても似合うけど、それは可愛いね」ドアから顔を覗かせてそれだけ言って去って行った。本当にタイミングだけはいいのよね。
 *渡辺謙さんの舞台「ホロヴィッツとの対話」より妄想

617
嘘に嘘を重ね、いつの間にか身動きが取れなくなっていた。周囲を欺き自分を誤魔化さなければ前に進めないと信じてきたのに、そこにあるのは皮肉にも袋小路に佇む己の姿。けれど、このまま膝をつき倒れ込むわけにはいかない。本当の一歩を踏み出すために、君にだけは嘘をつかないことにした。だから…。
 *エイプリルフール

618
起こさないよう慎重に、かつ指には感触が残るよう微妙な匙加減で無精髭の生えた顎をそっとなぞる。「こら…くすぐったい…」何度か繰り返すうち、気付いた彼に抱き寄せられた。逃れようとしても寝惚けたまま大きな手であちこちに優しく触れてくる。「くすぐったいです」もう少しだけこの暖かい時間を。

619
あふっと小さい欠伸の後に穏やかな寝息が聞こえ始めた。黒い毛を撫でてやると気持ちいいのか鼻がピクピク動く。「寝たのか」「もうこんな時間ですから」濡れた髪をタオルで拭ってくれていた手を止めて彼が覗き込んでくる。「君も眠い?」「少し」私たち、ご主人様に触れられると気持ちよくなるんです。

620
「好きです」お茶です、とでも言われたのかと机に置かれたカップから視線を上げた。突然のことに優秀な頭脳も働かない。「私でいいのか」「閣下以外に誰が?」「あ、ああ…私しかいないな」クスクス笑う彼女を抱き寄せ、漸く回り始めた頭が内ポケットでずっと出番を待っている小箱の存在を思い出した。

621
ぎこちない反応にとある可能性が浮かび、急いで唇を離した。「もしかして初めてなのか?」「当たり前じゃないですか。貴方以外に誰と…」恥ずかしそうに顔を上げた彼女は息を整えながら濡れた唇で告げた。「だから、ゆっくり教えてください」腕の中の存在が愛し過ぎて、何もかも溢れ出てしまいそうだ。
 *お題「ゆっくり、おしえて」「はじめてだから」「好きすぎて、溢れる」

622
俺は大事な護衛対象を連れて上官に近付いた。「パパー!」膝によじ登るVIPの頭を優しく撫でながらも上官は難しい顔をしている。「どうかしたんっすか?」「妻がどんどん可愛くなっていくんだ…」「かわいー!」「ああ、ママは可愛いよな」俺は思わず叫びそうになった言葉を飲み込んだ。知らんがな!
 *ろいっこ

623
開いた胸元に手を滑らせ首にかかったチェーンを軽く引っ張った。背中の秘伝と同様に、いつもは軍服の下にひっそりと隠された二人だけの秘密。そこに刻まれた文字をしばらく眺めた後、唇を交わしながら留め金を外した。サイドテーブルの上で重なる認識票とシルバーリング。シーツの隙間で重なる私たち。

624
彼を探して負傷兵の間を彷徨い歩いた。「無事か、少尉!」求めていた声と匂いを認識した途端、力強い腕から解放される。「い、今のは父親のような気持ちで、だな…」「中佐は私のお父さんですか?」「そんなわけあるかっ!」そう言い捨てて歩き去る中佐を追いかける。もう少しそのままでよかったのに。
 *映画「図書館戦争」より妄想

625
「やあ、中尉」街角で知り合いに挨拶でもするかのような暢気な声に顔を上げた。「ただいま」無遠慮に頬を抓り体温を確かめる私を優しく見つめる瞳は生命力に溢れている「もう、帰ってこないかと…思いました」「すまん」本当にこの人は…「馬鹿」それ以外の言葉が見つからず、子供のように抱きついた。
 *てふてふ。さんの素敵イラストから妄想

626
不意に右手を掴んだ男に、何か?と鏡越しに目で問いかけた。「香水代りに」うなじと耳の後ろをぬめっとした感触が這う。「なっ、ばっ…」「落としましたよ、お嬢さん」差し出されたヘアピンを奪い取り、思わずその場にしゃがみ込む。髪も伸びてそこそこ大人になったと思っても、この悪党には敵わない。
 *モバゲーのリザちゃん絵から妄想

627
デザートはいらないと言ったくせに、私が食べていると欲しがるなんて子供みたい。「あーん」ソファに寝そべる彼の上に乗せられ、開いた口に仕方なくスプーンを運ぶ。「もっと食べたいな」「もっとですか」「それじゃなくて、こっち」彼の左手が腰に巻き付く。「あっ、もう」下腹部に固いモノが触れた。
 *てふてふ。さんが素敵イラストを描いてくれました

628
いつもと違う気配を感じた時には遅かった。乱暴に両手首を掴まれ壁に縫いとめられる。「君は私を煽るのが上手いな」野生の動物からは目を逸らすなというが、逸らすことなどできず黒い瞳を睨みつけるだけだ。「いつまでその態度が続くかな」「やめ…てっ」冷や汗の流れる首筋を噛み付くように吸われた。

629
「服を着なさい!」「きゃー!がたんごとーん」朝からおむつ姿で走り回る息子を追いかける。「片方の靴下はどこ!?」「これじゃないか?」すっかり準備を整えた夫が暴れる息子と靴下を持ってきてくれた。「子供がいると毎日賑やかだな」「貴方より手のかかる存在があったなんて驚きです」「あー…」
 *ろいっこ

630
ボーン、ボーン、ボーン。時計の音を聞きながら、おやつに用意したアップルパイを切り分ける。「紅茶と珈琲、どちらがいいですか?」返事がないのを訝りリビングを覗くと、床の上で二頭の黒い犬が仲良く昼寝をしていた。「もう…」狡い、そこは私の特等席なのに。一人ソファに座り幸せなため息をつく。
 *お題「昼の床の上」「嫉妬する」「時計」

631
「帰れ」「嫌です」「帰れと言っている」「帰りません」この地で再会してから何度同じやり取りをしただろう。「君には向いていない!帰れ!」そう言い捨てて立ち去る背中を見つめ、声にならない謝罪を繰り返す。ごめんなさい…マスタングさん、ごめんなさい。貴方を地獄に突き落としたのは私なんです。
 *映画「図書館戦争」より妄想

632
校門で誰かを探している様子の彼に声を掛けるのを躊躇っていると眼が合った。「リザ!」嬉しそうに駆け寄って来る先が自分だと気付いた途端、かっと顔が熱くなる。「そろそろ終わる頃だと思って。ん?どうかした?」不思議そうに顔を覗き込む彼に対して私は首を横に振るのが精一杯。だめ、破裂しそう。

633
ターゲットを確認。敵は机に突っ伏して寝息を立てている。ターゲットに接近。息がかかるほどの距離でも起きる気配はない。アタック!「逃げられるとでも?」離脱に失敗。腕を掴まれ身体を拘束される。「寝込みを襲わなくてもできるだろう。ほら、こんな風に 」敵の顔が近付いてきて…額に唇が触れた。
 *キスの日

634
拝啓 不思議なことに地獄にも青空はあって、あの懐かしい場所にも繋がっているのだろうか。仕事の合間にふと浮かぶのは、優しい君の笑顔。愚かな鍊金術師の噂でその笑顔が曇らないよう、この戦場が別世界になればいいのに。もう二度と会うことはないけれど、親愛なる君がどうか幸せでありますように。
 *61の日 *V6「親愛なる君へ」より妄想

635
頬に冷たい手が添えられたのを感じた。急速に意識が浮上し、詰めていた息をゆっくりと吐き出す。「夢を見ていた…」内容は覚えていないが、心配そうな顔を見ればある程度の推測はできる。「寝癖、ついてますよ」何も聞かず優しく髪を撫でてくれる行為に熱いものが込み上げ、寄り添う身体を掻き抱いた。
 *お題「夢を見ていた」「冷たい手」「寝癖」

636
「ただいまっ!」風雨と一緒に彼が飛び込んできた。「びしょ濡れじゃないですか。早く拭いてください」「ありがとう。あれ?ただいまっておかしいよな、自分の家じゃないのに…」ブツブツ言い始めた彼にタオルを渡す。「ただいまでいいですよ」「え?」ここに通っている間はただいまと言ってください。
 *【ロイアイの日 おひとりさま企画 6-1-1】その1

637
一人になりたくて向かった場所には先客がいた。地面に座り込み銃を抱いたまま壁に凭れて眠る少女。その美しい髪が砂塗れになっているのに気付きフードに手を伸ばした瞬間、彼女が身動ぎをした。まるで触れられるのを拒絶するかのような動きに私はその場に立ち尽くす。帰る場所を壊したのは自分だった。
 *【ロイアイの日 おひとりさま企画 6-1-1】その2

638
「何だ?」「何でも…ありません」思わず声を上げた私に中佐は訝しげな視線を向けた。剥き出しになった背中に残る小さな傷。私の記憶にない、つまりは任務中に負ったものではない傷の存在が私を揺さぶる。「どうぞ、替えのシャツです」女の爪痕から視界を外し、私はもう一度厳重に心の箱に鍵を掛けた。
 *【ロイアイの日 おひとりさま企画 6-1-1】その3

639
暖かい陽射しの中で眠ってしまった仔犬を抱き上げ、その鼻先にキスをする。「私にはしてくれないのか」「ご冗談を」つれない返事に不貞腐れた彼が膝の上に頭を乗せてきた。「何をしてるんです?」「昼寝だ」「もう…勤務中ですよ」二つの温もりに私も眠気を誘われる。このまま寝ちゃってもいいかしら。
 *【ロイアイの日 おひとりさま企画 6-1-1】その4

640
熱をもった声が耳元で吐き出された。「私は優しい男じゃないからな」身体を揺さぶる腕に力が入る。「たとえ、君が泣いて喚いても、手放すつもりは、ない」これだけ泣かせて溺れさせて何を今さら。喘ぎ声しか出ない唇を噛みしめ、全身で彼に絡みつく。貴方が来るなと言っても何処までもついて行きます。
 *【ロイアイの日 おひとりさま企画 6-1-1】プラス1

641
「生きていてよかった」退院してきた彼女を抱き締め、薄らと傷痕の残る首筋をなぞる。「君を失うわけにはいかないんだ」「私も…」背中に回された手に力が込もった。「私も…貴方を失うわけにはいきません」ああ、伴侶とはこういうものなのかもしれない。かつて親友に口煩く言われた台詞を思い出した。
 *【ロイアイの日 おひとりさま企画 6-1-1】その5

642
視察のついでだと言いながら、忙しい合間を縫って祝いに来てくれたのだろう。たくさんのプレゼントに子供達が騒いでいる。「結婚しないのかなあ」うちの末っ子をあやす二人の姿に嫁も何かを感じたらしい。「色々あるんだろ」国民の幸せをとか言うけどな、まず隗より始めよって言葉もあるぞ、おっさん。
 *【ロイアイの日 おひとりさま企画 6-1-1】その6

643
「こら、チビ。それは私のだ」スカートを捲り太ももを触ろうとしていた息子を摘み上げた。「すみません…転寝を」「先に寝ててよかったのに。ただいま、リザ」「おかえりなさい」挨拶のキスから先に進もうとする私達の間で声が上がる。「ぼくもー!」目を見合わせ、二人同時に柔らかい頬にキスをした。
 *【ロイアイの日 おひとりさま企画 6-1-1】プラスプラス1

644
「もうすぐだな」かなり大きく突き出たお腹を撫でながら夫が聞いてきた。「どっちだろう?」「私、男の子のような気がするんです」「君の勘は当たるからなぁ」大きく暖かい手に自分のを重ねると優しいキスが降りてくる。『もうすぐあえるから、ぱぱもままもまっててね』何処からかそんな声が聞こえた。
 *615(ろいっこ)の日

645
「きゃっ」後ろから伸びてきた手に胸を持ち上げられた。「何するんですか!」「付けてない。私の家に来る時はいつも付けてるのに」ムッとした声で理不尽なことを言う男に呆れる。「外出時は当然です。もう…」それ以上は何も言わず、ふにふにと触りまくる男に好き勝手させている自分にも呆れてしまう。
 *ちちの日

646
何故このような状況に陥っているのか。彼を部屋の角に追い詰め、苦言を呈していたのは私の方なのに。「で、言うことはそれだけか?」「は…い」感情の読みとれない黒い瞳から視線を逸らすこともできず冷や汗が流れる。「ふうん」どこも拘束されてはいないのに見えない鎖が私をベッドの上に縛り付けた。
 *お題「大佐の部屋」「鎖」「角」

647
転寝でぼうっとする耳に足音が聞こえてきた。規則正しいのが一つときゅっきゅっと飛び跳ねるのが一つ。くすりと笑いベビーを抱き上げようとした時、首を軽く引っ張られた。「あら、だめよ」ネックレスから小さい指を解いていく。「退院する頃には嵌められるかしら?」指輪と少しむくんだ手を見比べた。
 *お題「病院」「指輪」「足音」 *ろいっこ

648
ふるっと震えた細い肩に自分のコートを羽織らせた。「ありがとうございます」伏せた目を縁取る金の睫毛、紅いキスマークが散乱する白い肌に頼りなく引っ掛けただけの黒いコート。扇情的なその姿に私の中の火蜥蜴がチロチロと舌を見せる。「仕方ない」何事かと私を見上げる女をもう一度床に押し倒した。
 *てふてふ。さんの素敵イラストから妄想

649
二人で寝過ごした朝、食事もそこそこに大慌てで出勤準備をする。いつものように髪を結い上げ、私の上着の釦を留めようと手を伸ばした彼女と目が合った。まるで幸せな恋人や夫婦のような一幕…自分には望む資格のないもの。「見るな…」私の全てを明らかにしてしまう鳶色の瞳を片手で覆い、唇を塞いだ。
 *てふてふ。さんの素敵イラストから妄想

650
ちび達が足に纏わり付いてきた。「おねがいがあるの」「何だ?」「ぼく、おとうとがほしい」「おねたんほしいの」「うーむ、弟か妹なら叶えられるが…どうする?」話を振ると彼女は真っ赤になって部屋を出て行ってしまった。「ママおこったの?」「違うよ、照れてるんだ」いつまでも初々しい妻である。
 *ろいっこ

651
口の中で遊ばせていた指を噛まれた。歯形が付くほどの痛みに顔を顰めてみせるが、腰には温い快感が蓄積されていく。そんな私を知ってか知らずか、彼女が自ら髪をかき上げ白い首筋を晒した。昼間残した紅い痕に吸い付く私の指がまた噛まれる。「泣いても知らんぞ」薄い皮膚に思い切り歯を立ててやった。

652
久しぶりに手に取った本の間に貴重な物を見つけた。色褪せた写真には緊張しながらも笑顔の二人が並んでいる。今の君にこれを見せたら何と言うだろうか。照れた顔を想像しながら、元の場所に写真を戻して本を閉じる。いつの日か、また一緒に撮影できた時に二人で見比べようと、本のタイトルを記憶した。
 *611Museumへの投稿文

653
少し早い帰り道、夕日に向かって長い影を踏むように歩く。「今夜あいてるか?」唐突に彼が振り向き、強引な腕に抱き寄せられた。「誰かに見られたら…」窘めながらも振り解こうとしない私の心を見透かしたように頬に手が添えられーーー。「ワン!」立ち止まったまま動かない私達に抗議の声が上がった。
 *611Museum企画内企画への投稿文 お題「抱きしめる」「夕暮れ」「ハヤテ号が見てるんだワン」

654
彼女の部屋を訪ねるとテーブルの上に豚の貯金箱が置いてあった。「覚えてます?」忘れるものか、私がプレゼントしたのだから。「君がありがとうと言って抱きついてきたのには驚いたよ」「へそくりを始めた頃だったので、すごく嬉しかったんです」ああ、そう言えばあの頃から君はしっかりものだった…。
 *611Museum企画内企画への投稿文 お題「思い出」「抱きつく」「へそくり始めました!」

655
「「あっ!」」マスタングさんに呼ばれて振り向いた時には私も洗濯物も宙を舞っていた。「ごめんなさい!」「ごめん!」受け止めてくれた腕から慌てて抜け出したから、真っ赤になった顔は誰にも気付かれていないと思うの…背中合わせで謝り合う二人を静かに見ていた母の形見のカエルの置き物以外には。
 *611Museum企画内企画への投稿文 お題「背中合わせ」「カエルの置物」「赤く染まった頬」

656
「では失礼しますね。奥様もご機嫌よう」コンパートメントの扉口で知人に再会した。「一等車だからと油断していたな」私服姿の副官が不安気に眉を寄せる。「まあ、大丈夫だろう。彼女は軍と繋がりがない」「でも誤解したままでは」「いずれ事実にするから誤解じゃない」繋いでいた手に力が込められた。
*611Museum企画内企画への投稿文 お題「手を繋ぐ」「再会」「1等コンパートメントで」

657
キキーッ!実に漢らしい運転で後部座席の荷物が散らばり、茶封筒から飛び出た雑誌を思わず二度見してしまった。『特集 痛みを与えず足払いする技術』優しいのか優しくないのか、取り敢えず向上心は尊敬するよ…と、彼女のために用意したその花言葉通りの白薔薇を眺め、渡す前に散らないことを祈った。
 *611Museum企画内企画への投稿文 お題「特集『痛みを与えず足払いする技術』」「中尉の運転は漢らしいです」「白いバラ」

658
目の前にある軽く乱れた黒髪を指先に絡める。焦がれて焦がれて追いかけて、けれど絶対に手に入らないもの…悔しくてツンとその先を引っ張った。「ん?」「貴方は意地悪ですね」ムッとして開いた唇を強引に塞ぐ。何も言わないで、何も気付かないで。どうかそのまま、貴方の前から私がいなくなる日まで。
 *611Museum企画内企画への投稿文 お題「手に入らないもの」「いじわる」「気付かないで」

659
月明かりが綺麗だからと照明を落としておいてよかった。テーブルに映った赤い波が揺れていて、自分がかなり緊張しているのが分かる。「それで、返事は?」促され顔を上げた先には、見たことがないくらい不安そうな顔があった。ああ彼も同じなのだと安心してグラスをあおる。さて、どう伝えようかしら。
 *611Museum企画内企画への投稿文 お題「お酒」「月夜」「返事」

660
「こ、これが最後だ。約束する!」「本当ですね?」こくこくと首を振る大佐の眉間から狙いを外し、セイフティをかけた。「しかし、よくここが分かったな…」埃を払いながら立ち上がる彼に手を差し伸べ、にっこりと最上級の笑顔で答えてやる。「鷹の眼は外さないんですよ」嘘つきな彼の顔が引きつった。
 *611Museum企画内企画への投稿文 お題「嘘つき」「これが最後」「はずさない」

661
お前には関係ない、去って行く時に私を一瞥した師匠の目はそう告げていた。「リザ…」そっと握った小さな手は恐怖と緊張のためか冷たくなっている。望んでも手に入らない父親という存在に憧れも感じていた私は、この子の兄代わりとなって、喧嘩することもできない父娘の仲をなんとかしようと決心した。
 *611Museum企画内企画への投稿文 お題「冷たい手」「手に入らないもの」「けんかする」

662
私の気配に耳を立てた犬を宥め部屋に入ると、待ちくたびれた彼女がテーブルに頭を乗せて眠っていた。遅くなると言ったのに、こちらの犬も律儀なことだ。ほつれた髪に触れても目覚めないのは、よほど疲れさせているのか私の気配に馴染んでいるのか。複雑な気分でバレッタを外し、彼女を抱え寝室へ運ぶ。
 *611Museum企画内企画への投稿文 お題「中尉の部屋」「ほつれ」「待ちくたびれる」

663
できる訳がない、無理だと言う声が方々から上がった。正直この距離はちょっとキツい。「少尉、こいつら軽くノシてやれ」自信満々な彼の声に、無様な姿は見せられないと銃を構え直した。ドンという衝撃の後、目標物が弾け飛び周囲は静まり返る。「どうだ、うちの鷹の眼は!」嬉しそうな彼と目が合った。
 *暁のヨナから妄想

664
彼のその言葉を聞いた時、やはり自分の中には悪魔がいたのだと気付き愕然とした。彼がどんな気持ちで言ったのか一番分かっているはずなのに、自分は人殺しだけでなく人ですらないのか。「私は結婚しないよ…一生ね」この先もずっと彼が誰かのものになることはないのだと密かに喜ぶ女を殺したくなった。
 *スキップビートから妄想

665
寝返りを打ち、足を抱えて丸くなる。これで少しは眠れるかと、目を瞑り呼吸を整える私を後ろから邪魔者が抱きかかえてきた。暑苦しくて嫌だというのに抱き枕が欲しいと譲らない男。諦めてイライラしながらもう一度目を閉じる。大きな手がそっと腹部を撫でてくれるお陰か、痛みは少しマシになっていた。

666
最終確認をと手渡された書類は三枚。大総統制度の廃止令と彼自身の退任書、そして最後の一枚は…「それには君の署名が必須なんだ」近付いてくる彼をただ見つめる。「大総統であるうちに提出したくてね。すまない、随分待たせた」促されるまま書類に署名し、私は数時間だけのファーストレディになった。

667
階級が上がっても髪に白いものが増えても彼の本質は変わらない。その黒い瞳は父に教えを請うていた頃のままだ。「貴方は全く変わりませんね」「そう言う君こそ変わらないな。羨ましいくらいに若くて、夜の相手も大変だ」やっぱり変わってしまったかもと考えを修正し、セクハラ大総統に銃を突きつけた。

668
この世に神などいないと知っているけれど、それでも願わずにいられない。この手で大切な人を罪に堕としたこと、誰かと紡ぐ彼の幸せを望んであげられないこと。それらの罪はこの魂で贖うから、胸の奥ではあの人を想うことをどうか許してください。「お望みとあらば地獄まで」私は二重の罪を犯している。
 *スキップビートから妄想

669
グラスに最後の一滴が注がれた。こんなこともできるのかと驚く私にマダムが答えをくれる。「この子には色々仕込んでるからね」「この子って…」得意気な顔から一転、情けない顔になった男に女二人で笑い合う。彼らはどんな親子関係を築いてきたのだろう。私の知らない彼の過去に少しだけ興味が湧いた。
 *バーテンダータング てふてふ。さんが素敵イラストを描いてくれました

670
「マスタングさん!」夢中になっていた本から顔を上げると、ほっぺをぷぅと膨らませたリザが立っていた。「ちゃんと食事はとってください!激おこぷんぷんまるですよっ」「えっ、激おこ?えっ」どうやらまた彼女を怒らせてしまったようだ。でもぷりぷり怒る顔も可愛くて、また見たいなと思ってしまう。
 *子リザbotのセリフから妄想

671
「来てたんですか」「ああ」脱ぎ捨てられた服からはアルコールの香りがした。文句を言わないのをいいことに、髪と身体を洗い浴槽に身を沈める。「リザ…?」こんな所で眠り込むなんて、油断しすぎだろう。「私がいなければ、どうするつもりだったんだ」力の抜け切った身体を抱き上げバスルームを出た。

672
何種類かのデザインが描かれた紙をテーブルに並べると、自然と眉間に皺が寄る。私の場合、背中を隠さなくてはいけないからドレス選びも簡単じゃない。「貴方が一番いいと思うのはどれですか?」質問した瞬間に自分の愚かさを悟る。「初めての夜の、私のシャツだけの姿かな」ああ、聞くんじゃなかった。
 *魔女の媚薬から妄想

673
濡れた前髪をかき上げる仕草に惑わされそうでタオルを頭から被せた。がしがしと乱暴に拭きながら下げた視線の先には汗で張り付いたシャツから透けて見える筋肉。「もう、ご自分で何とかしてください!」怒ったふりで背を向けても握り締めたタオルからは微かに彼の匂いがした。誘惑が多すぎる夏の午後。
 *てふてふ。さんのつぶやきから妄想

674
閉め切った部屋は蒸せるような温度になっていた。ブーツを脱ぎ上着を放り投げ、浴室へと向かいながらアンダーシャツを脱ごうとしていた腕を掴まれる。「やるか?」離してと睨む私を片手で難なく抑え込み、空いた手が張り付いた前髪をかき上げる。何を…なんて今更過ぎて、汗の流れる首筋に吸い付いた。
 *てふてふ。さんの素敵イラストから妄想

675
病室の扉が静かに開いた。慣れた気配に首の痛みを堪えて起き上がる。「大佐?あの、目は…」「煩い、今は何も言うな」抱き締めてくる彼の身体が震えている。「泣いてるんですか」「煩い、もっと泣くぞ」回された腕の力がさらに強くなる。「ずっと一緒に行こう」「はい」返事と共に背中をぽんと叩いた。
 *あまちゃんから妄想

676
プラットホームは西からの日差しで赤く染まっていた。「じゃあ、行くよ」俯いたままだったリザが顔を上げた。「マスタングさん…また来てくださいね」やっとそれだけ言った彼女の頭をくしゃっと撫でる。「うん、休みには顔を出すし手紙も書く。元気でな」出発の合図に急かされ、俺は汽車に乗り込んだ。
 *お題「プラットホームで」「頭を撫でる」「日差し」

677
目の前にあった手をふにふにと揉みほぐしてみた。「何だ?」「かなりお疲れですね。指まで凝ってますよ」「ん…この手でどれだけ守れるかな」もう一方の手を眺め、彼はぽそりと呟いた。「少なくとも一人は…いえ、貴方の部下達は守られています」握る手に力を込めると、彼は何とも判別し難い顔をした。

678
彼女の言葉に、情けないような照れ臭いようなよく分からない感情が込み上げてきた。それを誤魔化そうと柔らかい肌をふにふにと揉み込んでみる。「君の方こそ凝ってるんじゃないのか。ほら、この辺なんか重そうだ」「あんっ、もう」誤魔化されてくれる優しい彼女を喜ばせるために、手を下へと滑らせた。

679
「リザ、ピクニックに行こう!」驚く私の手を取って、マスタングさんは歩き出した。「お父さんは…今日は出かけていて…」「うん、だから勉強は休み。サンドイッチを作ってきたんだ」「マスタングさんが!?」すごく失礼な態度だったと今では反省している。彼のサンドイッチはそれは美味しかったから。
 *八重の桜から妄想

680
先を歩く背中に手を伸ばし必死で叫ぶ。お願い、置いて行かないで。振り向かず去って行く姿に涙が零れて…嗚咽する自分の声で目が覚めた。大丈夫かと心配する彼の頬を感情のままひっぱたいてしまったのに、何も言わず抱き締めて背中を撫でてくれる。ああ、お願いです。こんな女は捨てて行ってください。
 *お題「置いて行かれる」「嗚咽」「ひっぱたく」

681
「大佐、靴下が反対です!」「君の方こそバレッタ忘れてるぞ」二人きりの甘い時間を中断したのは一本の電話。「全く、自分達だけで何とかできんのか」「行きますよ、たい…」玄関の扉を開けようとしたところで唇が塞がれた。「続きは帰ってからだ」すでに仕事モードの顔で彼が言う。こんな時に…狡い。

682
「ん?」呼ばれた気がして、心地よく微睡んでいた意識を浮上させた。「マスタングさん…」眠ると幼く見える彼女から懐かしい呼び方をされ心臓が跳ねた。「マスタングさん」「な、何だ?」緊張しながら尋ねる。「マスタングさんの…バカ」よく分からないが謝らねばならない気がする。すみませんでした。

683
一人の世界に没頭していた背中に遠慮がちな重みが加わった。「ん?」本を閉じて振り向くが返事はない。「疲れたか?」「いいえ」疲れていないはずはないだろう。きつい任務に苛酷な命令…自分の所為でしなくてもいい苦労をさせている。「そうか」今はまだ報いる術がない私は可愛い嘘つきを抱き締める。

684
「こうしてるとマスタングさんの心臓の音が聞こえる」「えっ?」敵を2人片付けた彼女がリロードしながら振り向く気配。「昔そう言ったよな。どうだ、今も聞こえるか?」束の間の背中の温もりが消え再びの銃声。「無事に帰れたら!聞かせてもらいます!」そうだな、同じ背中合わせでも二人きりがいい。
 *映画「ATARU」から妄想

685
「またお前に振られたって子に泣きつかれたぞ」迷惑そうな口調のくせに眼鏡の奥は興味津々だ。「本命がいるのか」「そんなものいない」「故郷には?」「いない」そう言って悪友を追い払おうとした時、不意に一人の少女の顔が浮かんだ。「いるんだな」いや、彼女は違う。俺は心の中で必死に打ち消した。
 *小説「永遠の0」から妄想

686
「どうして傘を持ってないんですか!」「なぜ必要なんだ」「は?」私の目を盗んで抜け出した時から雨は降っていたはずだ。店の軒先で雨宿りする人間の台詞ではない。「帰るぞ」持っていた傘を奪われ肩を抱き寄せられた。「ほらな、傘は一本でいい」どこまで計算して行動しているのか。本当にズルイ男。

687
不意に手を取られ何をするのかと思えば甲に唇の感触。驚いて身を引こうとするも強い力で手首を掴まれていては逃げられず、唇の触れる場所がじわりじわりと肘を越え、肩まで昇る頃には吐息に熱いものが混じっていた。「どうする?」傲慢な疑問形で命じる男に応えるようにドレスの肩紐が肌を滑り落ちた。

688
身体に緊張が走ったのは一瞬で、扉の向こうの足音はそのまま去って行った。「行ったか」「ん…はぁ…こんな、所で…」「こんな所で濡れてる君が、何を今さら。欲しいのは指か、舌か、それとも私自身かね?」息ができない状態からやっと解放された私は、酸欠で震える唇を撫でる男の暗い瞳を睨みつけた。

689
そっと髪を撫でられる感覚で目が覚めた。普段なら何かの気配や物音には敏感なのに、これはかなり緩んでいる証拠。「まだ早い。もう少し寝ていろ」優しい声と手の温もりに私の中の女と理性が鬩ぎ合う。「ん…」とうとう女に軍配が上がった。次に目覚める時までの僅かな時間、慣れた腕の中でもう一眠り。

690
書類のチェックを終え顔を上げれば、いつの間にか窓の外は田園風景に変わっていた。どこか故郷に似た空気に古い記憶が蘇る。こんな晴れた日には家中のシーツを洗い、乾くまで庭でホットミルクを飲みながら本を読んでいたっけ。変わらない右肩の温もりに、このままずっと旅が続けばいいのにと夢想する。

691
岩と砂以外何もない大地を黒い影が横切った。移動する影を追って見上げれば、抜けるような青空を一羽の大鷹が滑空していた。彼らの目に地を這う我々はどう映っているのだろう。補食以外の目的で殺し合う我々をどう思っているのだろう。埒も無いことを考えながら地上の鷹を探すため宿営地に足を向けた。

692
「今日は外で食べよう」そう言って昼食を籠にまとめ始めたマスタングさんをぽかんと見つめた。「ほら早く」手にしていたティーポットを奪われそのまま手を引かれ付いて行くと、すでに庭には布が広げられていて彼が最初からそのつもりだった事を知る。「気もちいいですね」雲の流れる空が青く高かった。

693
「悪戯します」一応上司なので断りを入れ、山羊の仮装をした彼の頭に噛り付いた。「ん?甘い?」口の中で角がホロホロと崩れていく。「小麦粉、バター、砂糖、卵…その他諸々で錬成した。君専用のお菓子だ」これはtrickなのかtreatなのか。よく分からないけど美味しいのでそのまま頂きます。
*ハロウィン *てふてふ。さんの素敵絵から妄想

694
珈琲を手渡した隙をつかれた。「trick or treat」「もう、順序が逆です」「こんなのは悪戯のうちに入らないよ」ついさっき唇の触れた頬をつんつんと突かれる。「あと少しで終わるから、君は寝室で待ってるといい」本当の悪戯はこれからってこと?ベッドにお菓子でも撒いておこうかしら。
*ハロウィン *てふてふ。さんの素敵絵から妄想

695
「きゃっ」腕を引かれバランスを崩した彼女がベッドに座り込んだ。「髪がまだ濡れてるのに」「さっきの返事は?」苦情は無視し上気した身体をシーツの上に固定する。「treat…と言いたいところですが、trickで」悪戯な笑みに煽られ、バスタオルを剥ぎ取りマシュマロのような肌に吸い付いた。
*ハロウィン *てふてふ。さんの素敵絵から妄想

696
仮装などしなくても手袋を嵌めるだけで悪魔になる男がいることも知らず、夜の街は明るく賑やかだ。「何方へ行くつもりですか?」慣れた声に振り向くといつもの姿の彼女がいた。「お伴します。よかったらこれを」差し出された飴を口に放り込む。ガリッと噛み砕いたそれは薄荷味のくせにやけに甘かった。
 *ハロウィン

697
「とりっ!とりっ!」かぼちゃパンツを履いた娘が足元に纏わり付いて動けない。「とり?鳥?」「トリックオアトリート!」「うおっ」今度は狼男の被り物をした息子が激突してきた。「悪戯とお菓子、どっちがいいですか?」後ろから妻も抱きついてくる。いくらハロウィンだからってはしゃぎ過ぎだろう。
 *ハロウィン *ろいっこ

698
しっかりしてるようで実は少しだけ抜けている君。オフの日に左右のピアスが違ったり、寝惚けて自分の部屋の間取りと間違え壁にぶつかったり、ハヤテ号の餌を慌てて買いに行ったら戸棚に残っていたり。今だって珈琲にペン先を漬けようとしただろう。そんな可愛い君を知っているのは私だけならいいのに。

699
歩くスピードが緩んだ。足を止め、目の前の背中に手を伸ばす。人を撃つ時ですら躊躇わない指が小刻みに震えていた。あともう少しーー薄布1枚ほどの距離でその背中はスピードを上げた。伸ばした手と指先まで侵食された感情を握り込み、前を行く彼を小走りで追いかける。届かなくてよかったと安堵して。

700
両手に抱えていた荷物を取り上げた。これでは手ぶらになってしまうと恐縮する彼女の手を取り歩き出す。あかぎれだらけの小さな手は冷たくて、そのままポケットに突っ込んだ。「リザはこの歌知ってる?」「知ってます」自分に合わせて口ずさむ彼女の音が少し外れるのが可愛くてゆっくり歩くことにした。

701
「さむいの~」そう言って二人の間に潜り込んできた体は大人より体温が高くて、湯たんぽ代わりになると抱き締めて眠ったはずなのにーーー寒さを感じて起きたのは明け方。ベッドには蹴飛ばされた毛布と同じ格好で眠る二人。思わず口元が綻んだ。「仕方ないわね」毛布を掛け直し、もう一度三人で夢の中。
 *ろいっこ

702
リビングからヒヒーンと馬の鳴き声が聞こえてきた。最近の息子の興味はお馬さんらしく、近いうちに馬場に連れて行ってもらう約束をして大喜びだ。「もっとー!もっとはやくー!」「お、おう」荒馬を乗りこなすなんて、将来は名ジョッキーかしら。「私も乗っていいですか?」「えっ、ちょっ、リザ!?」
 *ろいっこ

703
白い頬を指でなぞる。さっきまで腕の中で上気していた肌が今は別物のように冷たく私を拒絶する。「望みは?」長い睫毛を揺らし瞼が開いた。全てを見透かす瞳が心なしか揺れている。「君の望みは?」微かに唇が動いた。「嘘でもいいですから…嫌いと」すまない、例えそれが遺言でもその言葉は言えない。

704
「Yes, sir」お手本のような敬礼をして彼女は執務室を出て行った。椅子に体を預け目を閉じる。たった今見送った後ろ姿から軍服を剥ぎハイネックのインナーを剥ぎ取れば、白い背中に浮かび上がるのは聖なる文様と己の罪。「嘘でもいいから嫌いと言ってくれないか…」椅子がぎしりと音を立てた。

705
背中の温もりが身じろぎしたのを合図にハヤテ号を床に降ろしキッチンへ向かう。ティーポットに沸騰した湯を注ぎ、似た色でも全く違う成分のものを混ぜ合わせる。上等な茶葉の香りに微かにアルコールの匂いが混じるそれを彼の元に無言で運んだ。「ありがとう」カップは離したのに、握られた手が熱い。
 *いい夫婦の日

706
書斎に入ってきた彼女を呼び寄せ、膝の上に座らせた。「私は君への負債を全て返せているだろうか」荒っぽいことをしていた頃より細くなった指を撫でる。「まだまだ足りません。ですから…もっと長生きしてくださいね」驚いて顔を上げた私を、彼女はいつものように真っ直ぐ見据えて目尻の皺を深くした。
 *いい夫妻(負債)の日

707
気にしないでください。これは私の傷、私が選んだ道ーーそう言っても気にしてしまう貴方だから、心配そうに首に触れてくる手に自分の手を重ねた。「君を手放すことはできない。私より先に逝くな」言葉と違って見つめる目と触れる手は優しいから、無茶を言う彼に私は答える。「Yes, sir 」と。
 *暁のヨナから妄想

708
まだ眠くないのか、熱の残る手で腕に触れてきた。お強請りなら今すぐにも希望を叶えるが、彼女の場合はありえない。これくらいの筋肉があればもっと重い銃器を扱えるとか格闘技でも有利になるとか、どうせそんなところだろうと思いつつも聞いてみる。「何だ?」「おねだりです」夢なら醒めないでくれ。
 *いい肉の日

709
書類の間に宛名も差出人もない封筒が挟まっていた。中身を確認すると書かれていたのは時候の挨拶とどうでもいい内容で署名も何もないけれどーーー見慣れた筆跡と微かに香るコロンはあの人のものだった。書類ごと胸に抱き締め目を閉じる。どうやって紛れ込ませたのかは、彼の元に戻れた時に確認しよう。
 *べるぜバブから妄想

710
「全く君ときたら」「すみません」仕事を休んでしまった罪悪感と忙しさにかまけて体調管理を怠った自己嫌悪で彼の顔が見られない。「どうして気付かないんだ」「最近少し太ったなとは思っていたんですが…」「とにかくしばらくはゆっくり休め」「はい」お腹の上に置かれた優しい手に自分の手を重ねた。
 *ろいっこ

711
「ん」「えっ」路地を抜けたところで互いに振り返った。私は大佐の家へ、彼は私のアパートへ行こうとしていたらしい。「久しぶりに君の所でと思ったのだが、私の家の方がいい?」「そ、そういうことではなく…護衛を…」「そうか」二人で食事をした帰り道、誤摩化す私の手を握り彼は自宅へと向かった。

712
背後に気配を感じた時には抱きすくめられていた。「君を、抱きたい」耳元で言葉が紡がれるが、思考も神経も筋肉も全てがうまく働かない。「リザ」その時、私を蕩けさせる単語が身体を動かした。いきなりではなかったのかもしれない。期待していたのかもしれない。振り向いた私は厚い胸板に顔を埋めた。

713
考えに考えた末の衝動だった。望んではいけないと知っていても、隣にある温もりを求めずにはいられなくなっていた。「リザ」私の声に彼女が振り向く。「いいか?」震えながらもこくりと頷く彼女を抱き締める。地獄でもどこへでも、堕ちるなら二人ともに…。浅く深く唇を交わしながら寝室の扉を開けた。

714
「ただいま」「まー」玄関に二人羽織の雪だるまが現れた。夫のコートから飛び出した息子を慌てて捕まえ、濡れた頭を拭いてやる。「何をしてたんです…」叱ってやろうとコートを脱ぐ彼を見上げ、思わず見惚れてしまった。「いい男だろう」髪をかき上げ笑う彼が憎らしい。「ママ、かおがあかいの」もう!
 *ろいっこ

715
「ずっと側にいて欲しい」とか「離さない」とか、ましてや「結婚してくれ」などとは言えるはずもなく、狡い私は白い手を取り問い掛ける。「付いて来るか?」少し不思議そうな顔をした後、ベッドから起き上がった彼女はいつものように返事をくれる。そんな彼女の掌に、精一杯の想いを込めてキスをした。

716
皺一つない礼服、整えられた髪に寸分の狂いもない角度で乗せられた軍帽、きちんと詰められた首元、時々ガチャリと鳴る腰のサーベル、白い手袋、磨かれた軍靴、無駄のない動きと強い視線…全てが禁欲的なのに、揺らめくこの感情は何なのか。強い風にはらりと落ちた一筋の前髪すら私の中の女を刺激する。

717
「あの」「ん?」目を合わせた二人は恐らく正反対の表情をしている。「大佐、後ろを向いていてくれませんか」「何を今更、君の裸は見慣れている。そうだ、私が拭いてやろう」「結構です!」諦めて濡れタオルで自分の身体を拭いていく。それをじっと見つめる視線に、恥ずかしさでまた熱が上がりそうだ。
 *暁のヨナから妄想

718
硬い筋肉にそっと触れた。着痩せするタイプだなとぼんやり考えながら肩甲骨の辺りにキスしてみる。「どうした」「貴方と同じことをすれば、気持ちが分かるかと思いまして」「どんな感じだ?」「そそられる…とでも言うのでしょうか」「それはよかった」振り向きざまの危険な声を熱い唇ごと受け入れた。

719
台所で宿題をしている時だった。じゅわっという音がして豆を煮込んでいた鍋が吹きこぼれてしまった。「あつっ」「大丈夫か!?」偶然通りかかった父のお弟子さんが、火傷した手を掴んで水に浸してくれた。「手、冷たくなっちゃうな」「マスタングさんも…」この人のお嫁さんになりたいなとふと思った。
 *まきみーさんのつぶやきをいただきました

720
ふと思い付き、斜め後ろを歩く彼女に向き合った。「もう一歩前に」何のためか分からないだろうに、身体に染み付いた習慣が彼女を従わせる。「目を閉じて」息がかかりそうな距離まで顔が近付いたところで視線を横に流した。計算通り。実際には触れ合えない私たちの代わりに黒い影がキスを交わしていた。

721
男の握力で掴まれた後頭部の痛みも酸欠に喘ぐ脳には快感でしかない。「今日は逃げないんだな」二人の唾液で濡れた唇が獲物を追い詰める悦びに醜く歪んだ。欲望、怒り、嫉妬…自分に向けられる黒い感情が私の理性を焼き尽くす。逃がさないのは此方の方だと腰に回された手に住む火蜥蜴の背に爪を立てた。

722
大雪の日、アパートの前でいきなり雪だるまを作り始めた時は驚いた。あまりにも真剣な表情で差し出された雪の塊を受け取った私は、部屋の中で途方に暮れたのだ。冷たくて暖かいこのプレゼントをどうすれば長持ちさせられるのか…考え抜いた結果、寒い窓の外から小さな雪だるまがこちらを見つめている。

723
あれから一日が過ぎ五日が過ぎてとうとう一週間、彼女の態度はちっとも変わらない。アレに気付いたのか気付かなかったのか、もしかしてそのまま捨てられたりは…時限装置のような展開に頭を抱える。雪だるまの中に仕込んだりせず、直接渡して彼女の指に嵌めればよかったと空になったケースを見つめた。

724
「見たくないのでは?」男の視線に耐え兼ねて思わず漏れた言葉。貴方に相応しい綺麗な背中の女は沢山いるでしょう。貴方を苦しみに引き摺り込んだ元凶など見たくはないでしょう。そう思うのに離れられない浅ましい自分を直視出来ずに目を閉じる。「私のものだ」ぎしりとベッドが軋み、背中に唇の感触。

725
分厚い軍服の上にコートを着ていても寒さに震えが止まらない。「温めてやろうか」「遠慮、します」濡れた前髪を掻き上げ気障なことを言う上官に返す言葉まで震えてくる。「冗談を言ってる場合ではないな」脱いだ上着と真剣な声が同時に頭上から被さってきた。「体温高いんですね」触れた部分が暖かい。
 *暁のヨナより妄想

726
「今回も疲れましたね。年々、銃が重くなって」少しも疲れた様子など見せずに妻は優雅にお茶を飲んでいる。「ご謙遜。相変わらずいい腕だったよ」「たまには嫌になるくらい穏やかな旅がしたいです」「そうだな。しかし、山あり谷ありの方が私達らしくないかね」昔から変わらない紅茶色の瞳が微笑んだ。

727
「大佐」うるさい。「大佐、仕事がまだ残っています」うるさい、黙れ。「大佐、ダメです」唇が離れる度にうるさいんだよ君は。そんな顔で見つめられて平気な男がいるならお目にかかりたいところだ。「たい、さ…何を…」「うるさい、分かっているくせに」胸をはだけベルトを外された状態で何を今さら。

728
彼の左手で鈍い光を放つものが目に入った。気付いた彼はグラスを置き、その手で私の顎を捕まえる。ただの副官ならよかったのに…それだけでは足りないと、酒の香りに酔ったふりで目を瞑り舌を絡める女。カランと崩れる氷の音に熱い吐息は隠せただろうか。断ち切れない想いに身体を委ねる自分が大嫌い。

729
壁を背に彼女の身体と熱を受け止め、そのままずるずると床に座り込んだ。交換しきれずに唇から溢れた唾液が首筋を伝う。上着はいつの間にか脱ぎ捨てられ、もどかしく動く指先が互いの肌を弄っていた。今この瞬間だけは本能に忠実に。「大佐…たい、さ…」激しく私を求める彼女の声が心臓を焼き尽くす。

730
背中の爪痕を指でなぞる。綺麗な色に染められた長い爪の持ち主であろうと容易に想像できる夜の痕跡。子供の頃、服を着替える彼の背中に見つけたこともあった。その時とは似て非なる感情が捩れた二人の軌跡を思い起こさせる。「気になるか?」「まさか」男の背中に残された別の女の所有印を強く吸った。

731
「苦労をかけるな」読み物をしていた彼女は老眼鏡を外し顔を上げた。「よく此処まで付いて来てくれた。男でもきついだろうに」「何を今更…貴方に引っ張られようよう付いて来れました。何故だか分かりますか?」柔らかい手が肩に触れる。「私が女だからですよ」明らかにされた真理に私は目を見開いた。

732
雪は嫌いじゃないけれど、積もってしまうと仕事が増えるのでとても困る。「リザ、俺も手伝うよっ、ってうわあっ!」「あ、マスタングさんそこはっ」注意する前にマスタングさんが埋れてしまった。今年は人手が増えたから少しは楽になると期待していたのに。余計な仕事が増えるなんて…彼って無能だわ。

733
シックなリボンを解き、小箱の中で綺麗に並んでいるチョコレートを一粒取り出した。「ごめんなさいね」次々と口に放り込んでは咀嚼する。こんな風に食べられるために作られた訳じゃないのに、ごめんなさいね。濃い目に淹れた珈琲で胃の中に流し込む。「にがい…」ビターチョコの苦みが全身に広がった。
 *バレンタイン

734
仔犬を挟んで対峙する大人が二人。「私に、じゃないのか」「違います」「あっ」同時に手を出したが、それは僅差で彼女の口の中へと消えた。「期待していたのに…」「ほひいれすか?」覗き込んでくる彼女の眉間の皺が緩み、口の中にビターチョコの味が広がる。いつも彼女はBitter & Sweet
 *バレンタイン

735
キッシュに野菜スープ、牛肉とじゃがいものパイ、鳥肉のロースト、デザートにはイチゴジャムを添えたスコーンと紅茶。もっといいものを食べているくせにリクエストは質素で。「他にはないんですか?」「そうだな…では君を」交わす視線と凍る時間。「冗談だ」髪の一筋も触れないくせに、悪い冗談です。

736
「パパはすきなひといるの?」「ママだよ」「えーっ、ぼくママとけっこんしようとおもってたのに…」「リザは私のものだからダメだ。他を探しなさい」「パパずるい!」「ずるくない!」無邪気な息子と大人気ない夫の声がリビングから聞こえてくる。とても幸せなのだけど、恥ずかしくて顔が出せないわ。
 *ろいっこ

737
きちんと飲み込んだのを確認し口元に卵サンドを近付ける。零さないよう気を付けながら手を引っ込める。さっきからこの繰り返し。片手で食べられる物をとリクエストしたくせに、両手が塞がっていては意味がないじゃない。「はい」「ん」研究に夢中で視線すら寄越さない男に呆れつつ私は動作を繰り返す。

738
「大丈夫か?」取り入れようとしたシーツに頭から襲われた私をマスタングさんが助け出してくれた。「花嫁さんみたいだな」唐突な彼の言葉を理解して顔が一気に熱くなる。「リザはきっといいお嫁さんになるよ」マスタングさんのばか!もう一度勢いよくシーツを被ってしまった私を彼はどう思っただろう。

739
「大佐、あのような発言はやめてください!」怒る私に何を今更と彼は涼しい顔。「みな知ってるだろう」「えっ」「雰囲気で分かるものだ。例えば…」次々と名前を挙げその関係を推測させられるが全て外れた。「君は鈍いからなぁ。私達のことはカタリナ少尉も知っているぞ」必死に隠してきた私の努力は…

740
僕見たんです。昨日、夜勤入りの前に食堂に寄った時でした。人もまばらな時間で、何気なく声が聞こえてきた方を見たんです。そうしたら並んで座っていて…大佐が中尉の右手を掴んで…。そのままフォークに刺さっていたジャガイモを食べたんです!お二人はどういうご関係なんでしょうか!?「お前な…」

741
二人を引き離したのは窓を叩く風の音だった。彼は突き放すように身体を離し、濡れた唇を拭っている。手袋が汚れてしまう…苦しい息の中、ぼんやりとそんなことを考えていた私に彼は言ったのだ。「すまない」それは後悔を含んだ言葉。ガタガタと窓を鳴らす風に追い立てられるように私は部屋を後にした。

742
公園で遊ぶ子供達を眺める優しい横顔に罪悪感を覚えた。すまないと零した言葉にこちらこそと言いかけて、彼女は真っ直ぐこちらを見つめた。「いいえ、貴方には沢山います」隠し子などいないと慌てる私に彼女は笑う。「この国の子供達はみんな貴方の子でしょう?」ああ、成る程。そうだな、私達の子だ。

743
「リザ、マフラーを…」十数年ぶりに彼の口から発せられた音に心臓が跳ねる。「あの…マスタングさん?」背を向けて、しまったとか気が抜けているとか呟いていた彼が頭を抱えながら踞ってしまった。「君まで…」「え?あっ」玄関で固まる二人に、早く行こうよとでも言うように愛犬がワンと一声吠えた。
 *珠美さんの可愛いエピソードをいただきました

744
春が来たといっても日の出前ではまだ吐く息は白い。何かを振り払うように彼女は金色の頭を振った。体を動かせばシンプルになれる。昨夜のことも綺麗に消せる。「行きましょう、ハヤテ号」ベッドから抜け出すのを見逃してくれた上官にスクランブルエッグを作らなければと、彼女は走るスピードを上げた。

745
「ちょっと寄っていいか?」無言で頷く副官を残して車を降りた。シックな作りの扉を開け店に入る。「これが欲しかったんだ。よく手に入ったな」指輪にしても、ネックレスにしても映えますよと薦める店員に首を振る。私達の間にそんな分かりやすい鎖はいらない。彼女の耳朶に似合うデザインを注文した。
 *お題「欲しかったあの商品が手に入ります」「指輪」「鎖」

746
上着を脱いでだらしなくソファに凭れている男を発見。疲れているのは把握しているし他に人がいる訳ではないのだけれど、問題はここが私の部屋だということ。「何か飲みますか?ご注文は?」「リザ・ホークアイを一つ。蜜たっぷりで」銃か愛犬の牙か。我が物顔で居座るこの男にはどちらが効果的だろう。

747
唐突に塞がれた唇がまた唐突に解放された。混乱の中、古い記憶が蘇る。「煙草…いつやめたんですか?」「ああ、士官学校を卒業した頃かな」ファーストキスは微かに苦い味がした。時が過ぎ大人になって、恋に落ちたのはまた同じ人。貴方と私と変わるものと変わらないもの。二度目のキスは血の味がした。
 *宇多田ヒカル「first love」から妄想

748
むくりと起き上がり何かを探すように背伸びをしたと思ったら、ふがっとかぶふっとか言ってまた眠ってしまった。夢の中で探し物かしら。寝ぼけた愛犬の行動に笑っていると、後ろから私を探す腕が絡みついてきた。「リザ…」ハヤテ号にもそろそろお嫁さんが必要かしら。首筋にかかる黒髪がくすぐったい。
 *お題「夢を見ていた」「ハヤテ号」「背伸び」

749
雑談と情報の入り混じった会話が一段落し沈黙が流れる。互いにグラスを空け3杯目を注文し終えたところで徐に友人が口を開いた。「結婚しないのか?」「しない」「断られたか」「違う」「じゃあ何でだ」「すれば上司とその補佐ではいられなくなる」「…そうか」「そうだ」目の前に置かれた酒を呷った。

750
視察の途中でお茶でも「ご冗談を」仕事を早めに終えて外で夕食は「終わりませんね」ハヤテ号の散歩を一緒に「ここしばらくは雨予報なので出歩かないでください」私の家で食事はどうだ、ハヤテ号も風呂に入れてやる「…」やっとこちらを見たな。真面目で頑なな彼女との妥協点を探すのは難しくも楽しい。

751
「灯りが煩いな」苛ついたような声に命じられ、室内を遠慮がちに照らしていた読書灯を消した。視覚の代わりに嗅覚が鋭くなったのか、酒と彼の匂いが増したような気がする。「まだ残っているのでは?」「暗くても酒の味くらい分かる。それに…月明かりで十分だろう」グラスで冷えた手が私の顎を掴んだ。
 *暁のヨナから妄想

752
遅れて出てきた彼が隣に立ち、そっと手が触れたと思ったら握り込まれていた。「どうして私達、手を繋いでるんですか」「えっ、嫌なのか?」もの凄く意外そうに、そんな昔のマスタングさんみたいな目をして聞くのは反則です。「ん…嫌じゃない、です…」ほら、本音を隠せなくなっちゃうじゃないですか。
 *狼陛下の花嫁から妄想

753
近付いた顔の前に白い手が挿し込まれた。色々我慢してきた挙げ句にこの仕打ちかと、ムッとして眉間に皺が寄る。「何でも思い通りになると思ったら大間違いなんですよ、大佐」引っ込めたと思った手がコートを掴み、柔らかい感触が唇に触れた。「ふふっ、私の勝ちですね」これで済むと思っているのかね?

754
無精髭の伸びたざらつく顎を人差し指でそっと撫でてみた。ん、とかむにゃ、とか言葉にならない声を漏らし寝返りを打った拍子に黒い髪が膝をくすぐるが、その後は頬を撫で続けても起きやしない。こんなに私を信用して、油断していいんですか。銃を抜くより速くこの手を首にかけることもできるんですよ?

755
「あの時の約束が君の枷になっているならそれを外そう、君はもう自由だ」「自由にしてよいのなら、これからもずっと貴方の側で」「もの好きだな。君が取るのはこのような男の、こんな血塗れの手ではなかったはずなのに」「何を今さら。血塗れなのは私も同じです」就任式前夜、二人だけの新たな誓いを。

756
「リザ…」彼の口から零れた情けない声に一寸だけならと振り向いた。「私が悪かった」下げる頭につられ、降りた視線が捉えたのは赤いパンプス。「ぶふっ」喧嘩していたことなど吹っ飛んでしまうほどのインパクト。「どうりで走りにくいと…」「新しいの買ってくださいね」早朝の公園に笑い声が響いた。
 *お題「けんかする」「こぼれた」「早朝の公園」

757
「私の背中を焼いて潰してください」彼には何と残酷な依頼をしてしまったことだろう。けれど必要だったのだ。怖かった父から、重かった秘伝から、断ち切れない初恋からやっと自由になれる。ありのままの自分でいられる。償えない命に向き合える。激しい痛みの中、微かに笑みを浮かべている自分がいた。

758
二組の大きな目がキラキラと私を見つめている。「私のことをずっと好きでいてくれるところが、他のどの女の人より素敵だったからだよ」「パパとママはいつからなかよしなの?」「うーん、それはな…」リザ、すまん。君によく似た真っ直ぐな目に私は弱いんだ。「それはママに聞いてごらん」後は任せた。
 *ろいっこ

759
「取ってこいもできるんですよ!ほら」愛用のボールを投げると軽やかな足音を立てて追って行く。「よく躾てるな」「でしょう?」戻って来た仔犬の頭をよしよしと撫でてやる。「うちの子賢いんです」「そうか、よしよし」大きな手にわしわしと頭を撫でられた。あの、私じゃなくてハヤテ号なんですけど?
 *お題「足音」「犬の躾」「大きな手」

760
紗のカーテンを開け目の前の景色に息を飲んだ。青い海と白い砂浜、反射する光。「君も…」声をかけようとしてやめた。数日前に妻となった彼女は幸せそうに眠っている。『だからさっさと嫁さん貰えって言ったんだ。お前のことならお見通しだぜ』先程まで夢の中で偉そうに語っていたヤツに白旗を挙げた。
 *お題「リゾートホテル」「夢を見る」「ロ~イ、天国から100%お見通しだぜ~」

761
籠から落ちた卵がころころと転がっていく。「あっ」「リザ!危ない!」追いかけて池に落ちそうになったところを彼に抱き止められた。「卵が…」「君も落ちてどうする!」ぺちんと頬を引っ叩かれ我に返る。「すみません」「叩いてごめん」揺れる水面では、目玉焼きのように美味しそうな月が揺れていた。
 *お題「池ポチャ」「ひっぱたく」「美味しそうな月」

762
ひと月前から私の頭を悩ませている問題がある。デート相手から得た最新のお勧め情報はしっくりこないし、せめてヒントが拾えないかと自分の副官をじっと観察しても答えは出ない。結局、今年も彼女への誕生日プレゼントは同じような物に落ち着くのだろうか。ロイ・マスタングともあろうものが情けない。
 *お題「おすすめ」「ヒント」「プレゼント」

763
空腹で階段から落ちそうになったり、タルトやパイの話には目を輝かせて食い付いてきたり、寄越した手紙には近況ーー特に、食べられる野草や貰った獣肉の話を綴っていた彼女は今や立派な大食漢になり、目の前で私の財布を空にする勢いで食事を頬張っていますよ、師匠。それもまた、可愛いんですけどね。
 *お題「大食漢」「手紙」「階段」

764
「リザ…」いきなりの抱擁。いきなりの呼びかけ。首の痛みと彼の行動の衝撃に思考がまとまらない。「生きててよかった」見えて…いる?意志の強い黒い瞳が揺らぎ、今にも涙が溢れそうだ。彼の目は見えている!はい、と心の中で返事を返すのが精一杯。青い軍服を掴むと、腕に力が込められ息が詰まった。
 *お題「マスタングは泣き出しそうな笑顔で愛しい人を抱きしめた」

765
「スイカ食べるかい?」「いや、今日はもう帰るよ」「じゃあエリザベスちゃんに食べさせておやり。平気な顔しててもこの暑さだ、バテてるだろ」店を出ると雨上がりのむっとした空気が纏わり付く。ここのマダムは千里眼でも持っているのか。土産を見た彼女の嬉しそうな顔を思い浮かべ大玉を抱え直した。
 *お題「馴染みのバー」「スイカ食べる?」「雨のち晴れ」

766
修得したばかりの鍊金術で屋根の修理を何とか終えた。少し偉くなったような気がして、いい気分だ。「リザ、大丈夫か?」一緒に屋根に登っていたリザが無事に降りられるか気になって上を確認する。「あ、ピンク」呟いたと同時に目の前に小さな靴が迫ってきた。そして俺は笑顔のまま梯子から転げ落ちた。
 *お題「ピンク」「笑顔」「梯子」

767
あの頃とは何もかも変わってしまったけれど、もう一度君と向き合うチャンスを貰えるだろうか。やめてと君は言うかもしれない。何を今さらと目を伏せるかもしれない。だがこの想いを消してしまうことはできない。罪を背負い地獄を行く人生に君を道連れにするのは心苦しいけれど、私には君が必要なんだ。
 *611の日単独企画 テーマ「again」

768
  「また連絡する」「お手紙、書きますね」鳴らない電話、出せない手紙。嘘をついたのはどちらなのか。別れの日、二人で見たあの夕陽を憶えていますか?貴方が忘れてしまったのなら私も忘れることにします。もう私達の道は交わることはないでしょう。「じゃあ、また」「また」茜色の空に笑顔でついた嘘。
 *611の日単独企画 テーマ「嘘」

769
降り続いていた雨も明け方には上がったようで、木々に残る雨粒が乱反射して眩しい。目を眇めて空を見上げれば、柔らかい太陽の光が彼女の金色の髪を思い出させた。少し前まで通っていたあの家でのことがもう淡い残像のようだ。やっとスタート地点に立てた俺は、試験会場へ向かうため視線を前に戻した。
 *611の日単独企画 テーマ「ホログラム」

770
迷った時や苦しい時は吐き出してください。私の前でそんなに強がって、無理して笑う必要はないんですよ。私はもうそんなに弱くありません。貴方がいてくれたお蔭で強くなったんです。涙も痛みも受け止める度量はあるつもりですから、これからの長い道のりを迷いながらも手を繋いで歩いて行きましょう。
 *611の日単独企画 テーマ「LET IT OUT」

771
この最悪の状況でも女神のように笑みを浮かべて私を鼓舞する女。しかも敵との距離をその鷹の眼で正確に測り瞬時に屠る手腕。ギリギリの緊張感に、普段は抑え込んでいる欲望が止まらなくなる。ここを二人で切り抜ける確率とその後に彼女をこの手に抱く確率はどちらも高くはないが、諦める気は毛頭ない。
 *611の日単独企画 テーマ「ゴールデンタイムラバー」

772
鍋を掴むのさえ苦労していた小さな手が、傷付きながら成長し私の血塗れの手に添えられる。「貴方となら何処までも行けます」と笑う君。一人では歩けない道も、君と二人なら大丈夫だと確信している。例え地獄の道行きでも、はぐれないよう幾度でも手を繋ぎ直して共に歩もう。それが私達に似合いの幸せ。
 *611の日単独企画 テーマ「つないだ手」

773
己の罪の深さに戦き、その場で立ち止まりそうだった。いつか動けなくなるのではと恐怖する私を叱咤し、立ち向かう勇気をくれたのは彼。私の運命はすぐそこにあったのに。「付いて来るか」「何を今さら」一人で迷い悩むのはこれでおしまい。これから生きて行く未来もずっと、繋いだ絆は決して解けない。
 *611の日単独企画 テーマ「Period」

774
「どうして士官学校に?」何度聞かれたことだろう。くだらないと笑われそうで本当のことは言えなかった。「約束は交わしていないけれど、会いたい人がいるの」と。「彼の恐ろしい噂を確かめたいの」と。戦場へ向かう朝、泣けるくらいの青空に手を伸ばした。この手は別れた時の温もりをまだ覚えている。
 *611の日単独企画 テーマ「瞬間センチメンタル」

775
自分のより大きいコートを手に取り、窓の外を眺めた。昨日から降り始めた雨は止みそうになく、気温は下がっていく一方だ。彼の心にも雨は降っているのだろう。しかし、傘を差し出し温もりを与えられるのは私ではない。いつか晴れることを切に願いながら、私の中の冷たい雨は今もずっと降り続いている。
 *611の日単独企画 テーマ「レイン」

776
少女の背中を焼いてから何年経ったのだろう。未だ私は道の途中で、色々なものに翻弄され迷いながら歩いている。「大佐、あれを」疲労を感じ俯いていた私は、隣に立つ副官に促されて空を見上げた。「虹か」夜明けの空にかかる美しい光。あの光の先まで歩み続けられるよう、今よりもっと強くなると誓う。
 *611の日単独企画 テーマ「RAY OF LIGHT」

777
待ち合わせ時間まであと5分。銀時計をポケットに仕舞うと、いつもより少し浮かれたハイヒールの音が近付いて来た。久しぶりの誘いに渋っていたのはただのポーズだったのか、この嘘つきめ。今夜は冗談でなく君の本音を追求することにしよう。この後の計画を練りながら車に凭れ愛しい人を待ち伏せる。
 *お題「嘘つき」「待ち伏せ」「冗談」

778
『今すぐ君の所へ行きたい』『私も会いたいわ、ロイさん』感情ダダ漏れじゃないか…聞こえてきた電話でのやり取りに苦笑する。自分のような参謀なんか必要ないほど優れた頭脳でも、今は解決策が見出せないのだから仕方が無い。手助けならいくらでもやりますから、早く出世して幸せになってくださいよ。
 *613の日

779
「ん?」クローゼットを開けるとふさふさしたものが足に触れた。着替えを取り出しながら下を確認する。「何してるんだ?」「しーっ、かくれんぼしてるの」揺れる尻尾の隣で丸い尻が返事をした。笑いをこらえ小さな息子を抱き上げる。「ここはだめだ。ほら、ママが呼んでるぞ」二人と一匹でキッチンへ。
 *ろいっこ てふてふ。さんの素敵絵から妄想 さらにまきみーさんが素敵絵を描いてくれました

780
「なあ、中尉」明かりの消えた部屋で大きな手が私を縫い止める。「君の意見を聞きたいのだが」迫ってくる獣への対処は一つ、目を逸らしてはいけない。「このまま続けても?」求める心を抑え、黒い瞳に映る女を見つめる。「さらに罪を犯すと?」「これ以上に堕ちようもない。何を今更」両の瞼を閉じた。
 *611の日企画 てふてふ。さんの素敵時計絵から妄想

781
お皿に取り分けた彼の好物を前にため息をひとつ。気分転換にラジオをつけてみてもうまく電波を拾えず雑音ばかり。どうして見ちゃったんだろう。私なんかよりずっと大人で綺麗な人だった。「夢ならよかったのに…マスタングさんのバカ」やっと美味しく作れるようになったキッシュをフォークで突ついた。
 *お題「雑音」「手作り」「夢ならよかった」

782
点滴の針が刺さった腕に恐る恐る手を伸ばした。普段は触れることのない手。思い出の中の手はあんなに温かかったのに、その指先の冷たさに私の心も凍っていくようだ。瀕死の状態で助けに来るなんて、どれだけ馬鹿なんですか。危険を顧みない貴方なんてキライです。そんな貴方を守れない自分は大キライ。
 *お題「冷たい手」「思い出」「大キライ」

783
「なあ、中尉」明かりの消えた部屋で大きな手が私を縫い止める。「君の意見を聞きたいのだが」迫ってくる獣への対処は一つ、目を逸らしてはいけない。「このまま続けても?」求める心を抑え、黒い瞳に映る女を見つめる。「さらに罪を犯すと?」「これ以上に堕ちようもない。何を今更」両の瞼を閉じた。
 *611MoA ロイアイ時計22:00のてふてふ。さんの素敵イラストから妄想

784
メモの片隅に書き殴った文字に彼女が気付いた。最近学び始めたシン語だ。「何と読むんですか?」小首をかしげる彼女に顔を近付け、耳元で一語一語ゆっくり発音する。「ウォー、アイ、ニー」「カクカクした文字なのに柔らかい音ですね。どういう意味なんです?」今は言えないんだ。卑怯な男ですまない。

785
薄い産毛の感触を楽しみながら熟れて軟らかい肌を撫でる。割れ目に親指を沿わせ、少し色の濃くなった部分に力を加えるとぷちゅりと汁が弾けた。「あっ、もう…」掌から手首へと垂れる汁を音を立てて舐めとる。「これから剥こうと思ってたのに、ダメです」かぶりつく寸前で白い手に桃を取り上げられた。

786
「星に願いを…か。願うだけで叶うはずがなかろう」祭りのせいで仕事が増えた上官は機嫌が悪い。休憩に彼の好きなお茶を入れながら少し雑談に興じてみる。「全ての願いが叶わないとも言い切れませんよ」「実例が?」「はい」一緒に星空を見上げたあの時の私の願いは、叶えられている途中なんですから。
 *七夕

787
汗で冷たくなった背中に体を寄せ、そっと手を繋いだ。しばらくそうしていると、苦しそうな呻き声は小さくなり呼吸も落ち着いてくる。明日を迎えるための深夜の儀式を終えた私は、また背中合わせの状態に戻って独り呟く。人の分まで背負ってしまう貴方の苦しみを、寝ている間だけでも半分私にください。
 *お題「手を繋ぐ」「半分こ」「明日」

788
書斎で青い光が弾けた。片付けられた床に座り込む彼に近寄ると、ふわりと頭から何かを被せられる。「いつか君に求婚する権利が、私にはあるだろうか」驚きのあまり無表情になるが、白いカーテンが取り外されてしまったこの部屋では紅潮した頬は隠せない。膝から床に流れるベールをぎゅっと握り締めた。
 *611MoA2014への投稿「その一、或は引っ越し前夜」

789
2時間程スケジュールを調整しろと言ったのはこのためだったのか。いきなりこんな辺境の町へ視察などおかしいと思ったのだ。ブツブツ文句を言う私を二人で撮った写真がないからと彼は笑顔で丸め込む。「花嫁さーん、こっち向いてくださーい」写真屋の声にドレスを整え、スズランのブーケを握り直した。
 *611MoA2014への投稿「その二、或は視察にて」

790
ノックの音がして扉が静かに開いた。「想像していた以上に綺麗だ」いつもの略式ではなく一級正装のためか、少し動きづらそうに彼が近付いて来る。「かなり薹の立った花嫁ですけど」「大丈夫だよ。花婿の方は見苦しいかもしれんがな」優しい笑みと共に、火蜥蜴の描かれた手袋を嵌めた手が差し出された。
 *611MoA2014への投稿「その三、或は大総統閣下の華燭の典」

791
気配を探りながらゆっくりと彼が近付いて来た。「辞令を奪い取ってきた。君は今日からまた私の補佐官だ」夢を見ていたようにぼんやりしていた脳が一気に働き始める。「視力も戻るのですね?」「君の素直な涙が見られるのはもう少し後だな」「馬鹿ですか…」白いシーツに落ちる涙が小さな地図を作った。
 *611MoA2014への投稿 お題「夢を見ていた」「地図」「病院」

792
ここ数日は状況が目まぐるしく変化して、夢を見ているようだった。「イーストシティに印を付けてくれないか」「はい」彼女の手がペンを持つ私の右手に重なり地図の上に円を描く。「視力を取り戻したらここに戻る。付いて来てくれるか?まあ、嫌だと言っても連れて行くがな」君はいつも私の道標だから。
 *611MoA2014への投稿 お題「夢を見ていた」「地図」「病院」

793
きょうはさんぽのついでにおかいものです。「卵は私が持とう」「すみません」ごしゅじんさまのにもつとぼくのリードがとりかえっこ。「優しい旦那さんだねぇ」「あの、えっと、その」「大切な妻なんですよ」あれ?ごしゅじんさまのごしゅじんさまは、じゅんしょうからだんなさんになまえがかわったの?
 *611MoA2014への投稿 お題「ハヤテ号が見てるんだワン」「旦那さん」「卵」

794
彼女との夕飯に遅れそうで慌てて菓子屋から飛び出した。「おっと」「すみません」目の前で大きな胸が揺れる。聞き慣れた声に顔を上げると、愛犬を連れた上官が立っていた。いつもより少し濃い目の口紅…きっと俺達の知らない二人の世界があるんだろう。「失礼しました」麗しの上官に敬礼し先を急いだ。
 *611MoA2014への投稿 お題「あなたの知らない私」「ハボック」「夕飯の時間」

795
「腹が減ったな」緊張感のないことを言い出す彼に思わず溜め息が零れた。「君の手料理が食べたい」暗い洞穴でも分かるくらい顔色が悪い。痛みも相当あるくせに強がる横顔に私の中の女が騒ぐ。「無事に帰還できればお好きなものを作りますよ」「君を食べたい」血で汚れたハンカチをぎゅっと結び直した。
   *611MoA2014への投稿 お題「洞穴の中で」「腹ぺこ」「汚れたハンカチ」

796
書類にサインを求め部屋に入ると、大総統は風船を抱え必死に何か描いていた。「よし、できた」子供のような顔で見せてくるのを確認すれば、なんとなく二人に似た人物と…署名?Roy & Riza Mustang?これを祭りで飛ばすの?もう、いい歳して恥ずかしいったらないわ。夢ならいいのに。
   *611MoA2014への投稿 お題「夢ならよかった」「風船」「のろけ」

797
持ってきたトレーを床に置き扉を閉めた。強い風の音も空き缶に落ちる雨音も彼には聞こえてないみたい。お父さんと一緒で鍊金術に夢中になると別の世界へ行っちゃうからなぁ。冷めないうちに気付いてくれるといいんだけど。扉に背を預け自分も廊下に座り込む。破れた靴下を繕ったら今日の仕事は終わり。
   *お題「空き缶」「破れた靴下」「背中合わせ」

798
「あっ」とか「やだ」とか、小さな物音と共に可愛い声がキッチンから聞こえてきた。床に転がったジャガイモ、テーブルに零れた珈琲豆、シンクに落ちた卵。「おはよう」後ろから抱き締めると同時に腰に当たったのは拾ったジャガイモなんかではなく…寝起きは不器用なくせに、銃だけは扱えるんだよなぁ。

799
髪を巻き、パウダーをはたき、口紅を塗る。鏡の中に出来上がった姿は、彼にしなだれかかり甘い言葉を囁く女達にどことなく似ていた。'to E  18:30  from R' 書類に紛れ手渡されたメモに書いてあったのはそれだけ。これは仕事。紅い口紅を拭き取り、いつもの淡い色を唇に乗せる。

800
「消毒しなくていいんですか?」「それで十分だ」瓶の蓋を開けて差し出すと切り傷に塗り始めた。「あっ」垂れそうになる蜂蜜に慌て、思わず指ごと咥えてしまう。「ッ…」「すみません」「蜂蜜より君に舐めてもらった方が効きそうだな」一気に顔に血が上り火が出そうだ。ああもう、自分の貧乏性が憎い。
   *ハチミツの日