1201
残業できるような仕事はもう残ってない。何か他に理由がないかしら。荷物の受け取りは昨日、買い物は一昨日、レベッカとの約束は先週使ってしまったし。えーとえーっと。「あ、ハヤテ号!あの子をお風呂に入れないといけない…」「言い訳はそれくらいで」もう言葉は出ないのに、物理的に唇が塞がれた。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:言い訳

1202
あっと小さな声の後、床に瓶の蓋が落ちた。カランカランと床で回る蓋と彼女の手から流れる細い金色の雫が目に入る。「すみません。すぐに片付けますから」「構わない」しゃがもうとする彼女の腰を捕らえ、恭しく腕を持ち上げる。「美味しそうだ」髪と同じ色の液体に誘われるままその手に舌を這わせた。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:蜂蜜

1203
「これ好きだろう?」差し出されたパティスリーの箱を受け取ると両手が塞がり追い返せない。好物を把握されてるのがいけないのだ。無駄遣いしないでくださいと言っても「必要経費だ」とか不可解ことを言いながら椅子に座ってしまう。これがレベッカの言っていた『胃袋を掴む』というやつなのだろうか。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:無駄遣い

1204
いつになくそわそわしている彼女がやっと口を開いた。「赤ちゃんができたんです」何だって?咥えていたシュガートーストが落ちる。「ほ、ほ、ほ、本当か!よくやった」涙が出そうだ。「そんなに喜んでくれるなんて。ハヤテ号はきっといいお父さんになりますよ」何だって?私の渾身の言葉を返してくれ。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:シュガートースト

1205
彼女が準備してくれた新しい軍服に袖を通す。「あと一つですね」その一つが難しいのだがな。この肩の星を四つ持つ者は国中でただ一人。現役はまだまだやる気だし、手強いライバルも残っている。「私にできると思うか」「貴方以外の何者にそれがかないましょう」私の有能な副官は言葉だけで焔をつける。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:星

1206
怪我の手当てに邪魔だし、退院後は激務が続くはずだからと髪を切った。いずれ荒れた土地に行くことになるからしばらく伸ばすこともないだろう。色々理由は重なったが、きっと自分は区切りをつけたかったのだ。他人に憧れたままではあの人と一緒に行けない。どこかで甘えていた自分はここでおしまいに。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:ピリオド

1207
「だめっ」仔犬と彼女が綱引きならぬ手袋引きをしている。「予備はまだたくさんあるだろう?構わない」大事な物なのにと申し訳なさそうな顔をして手を離す彼女も可愛い。「お前の大事なコレクションに加えてくれよ」将を射んとというわけではないが、付き合いが長くなりそうなチビの頭を撫でてやった。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:コレクション

1208
食堂でラッキーなことに中尉の後ろに並ぶことができた。メニューはほぼ決まったものしかないが、やっぱり気になるのでそわそわしてしまう。「ホークアイ中尉はいつものでいいかな?」「はい、大盛りで」大盛り!厨房スタッフににっこり答える笑顔が眩しい。ファンクラブ会員の皆さんに知らせなくては!
*ホークアイの日2020

1209
命令でなければ来なかったのに。私の思いなど気にもせず、お祖父様は可愛らしい呼び鈴を振った。先ほど案内してくれた女性がやって来る。「お相手、呼んできて」どんな人なのだろう。「なかなか見込みのある青年だよ」入ってきたのは予想外の人物。やられた…准将と私の顔にはそう書いてあったと思う。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:呼び鈴

1210
例の兄弟の弟の方から手紙が届いた。同封されていた写真をテーブルに広げると、その中の一枚が彼女の興味を引いたようだ。「湖?」「海だな。そこに写っている大きな船で各国と貿易しているらしい」大きな目がキラキラと輝きを増す。「海、いつか見てみたいですね」他ならぬ君の望みだ。必ず叶えよう。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:海

1211
どうしてこんなくだらないことでムキになってしまうのか。瞬きもしてやるものかと吐息がかかる距離まで耐えた。そして鼻先が触れる寸前、後もう少しのところでとうとうギブアップ。何て馬鹿げたチキンレース。目を閉じた瞬間に触れる唇で勝ち誇った彼の顔を想像できてしまうなんて。ほんと意地悪な人。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:意地悪

1212
酒だけではさすがに拙いと棚から缶詰を引っ張り出した。こんな夕飯では叱られるなと思い浮かべた顔は、意外にも怒っていなかった。化粧で隠していたが目の下に隈。眠れていないのだろう。食事をとっているのかすら怪しい。「電話してみるか?」受話器越しに缶詰を突きながらの食事もいいかもしれない。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:今日の夕飯

1213
静かになった部屋でぎしりと椅子が音を立てた。「人の苦労も知らんで、何が裸の王様だ」半分はおふざけだが、頭のいい子達だけに痛いところを突かれた部分もあるのだろう。「大丈夫ですよ。貴方が愚かな王になるようなことがあれば」「君が止めてくれるか」はい、それだけ知っていてくれれば充分です。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:王

1214
「また負けてしまったよ」この青二才のどこを気に入ってくれたのか、百戦錬磨の将軍の相手としては物足りないだろうに。「弟子になったつもりでお相手しては?いつか勝てますよ」仕事中にいいのかと驚いて斜め後ろを振り返る。「でも、書類は溜めないでくださいね」将軍のお孫さんはやはり厳しかった。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:青二才

1215
読んでいた本を置いてゆっくりと彼が腰を上げた。「ちょっと休憩するか」愛犬のブラッシングを続けていた私も挽き始めた豆の香りに誘われてキッチンに移動する。「そのミルも年季が入ってきましたね」「こいつとも付き合い長いからなあ。君といい勝負かもな」目尻に皺を寄せ微笑み合う昼下がりの午後。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:コーヒー

1216
情熱を煽るように赤いマントが翻る。
「刺されたいですか?それとも斬られる方がいいですか」
「君に振り回されるのは大好きだがどちらも遠慮したいね。
それよりパソドブレを一曲どうかな」
「ダンスよりその魅力的なお肉をいただきたいのですが」
「君の方が美味しそうだけどね」
リハーサルなしの一発勝負。では始めましょう。
*2021ロイアイカレンダー企画1,2月

1217
干し肉、魚の酢漬け、ジャム、ドライフルーツのケーキなどなど。今日中に準備しようと奮闘する彼女の代わりにハヤテ号の遊び相手を仰せつかった。「お前はとっくに冬支度を済ませてるなあ」もこもこの毛玉にふと名案が浮かぶ。彼女へのプレゼントに北の女王様御用達の店の帽子かマフラーはどうだろう。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:冬支度

1218
「コリコリして不思議な食感です」毒味を買って出ているのではなく興味津々なのだ。彼女は珍しいものでも躊躇なく食べる…カエル以外は。「なまこといいマス」「持って帰れるでしょうか」「このままは難しいですネ。調理すれバ大丈夫かト」そう言って皇女が見せてくれたものは想像を遥かに超えていた。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:珍味

1219
何も持っていないと思っていた私にも一つだけ才能があった。戦場でなければ役に立たない、碌でもない才能だけれど。鷹の眼と呼ばれ、狙った獲物は外さない。この色の少ない荒れた地で、同じ軍服を着た似たような人々の中にも貴方の姿を見つけてしまう。ああ、見たくなかった。ターゲット、ロックオン。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:才能

1220
資料の中に昔の新聞の切り抜きが紛れていた。何年前のものだろう、明らかに若い自分とその後ろに控える彼女。ここで一つの仮説が浮かぶ。我が補佐官はホムンクルスではないか。「どうかされました?」少しも変わらない可愛い顔がこちらを窺う。いやいや、可愛さが増している。仮説はすぐに否定された。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:ホムンクルス

1221
銃弾と焔の中、一瞬だけ視線を交わす。たったそれだけで読み取れる互いの思考と行動、そして同時に全身を貫く稲妻のような感覚。突然の快感に心臓が揺れる。愛し合っているような喧嘩しているような、二人だけに通じ合う永遠と同等の瞬間。他人の理解なんて必要ない、命尽きるまで何度も感じていたい。
*米津玄師「感電」から妄想

1222
広報部が今年の抱負とやらを聞いて回っていたので彼女にも尋ねてみた。「筋肉です」彼女との意思疎通には問題がないと認識していたのだが、筋肉?「もっと鍛えようと思いまして」すでに充分綺麗な筋肉がついているのに。「目指せアームストロング少佐です!」どうしたらこの暴走を止められるだろうか。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:今年の抱負

1223
「ダメじゃないか」あかぎれでぼろぼろになった手を見た貴方は急いで暖炉に火を入れた。恥ずかしくて隠そうとしていた私に気づかずどんどん薪をくべていたっけ。「こんなに冷たくなって」そう言って貴方は私の手を取り強引に自分のポケットに突っ込む。あの時よりも大人になった指が悴む指先を包んだ。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:悴む指先

1224
自分が揃えたものを身に付けていく姿を眺めるのは格別だ。ニヤつく私に向かってやっと仕上がったと近づいてきた彼女の腕を掴み唇を味わう。「何するんですか」うっすらと残ったオレンジベージュを親指で拭い、新しい口紅をポケットから取り出す。「こちらの方が似合う」濡れた唇に扇情的な紅を乗せた。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:口紅

1225
父の書斎で似つかわしくない本を見つけた。流れるように美しい詩が綴られていてかなり読み込んだ跡がある。もしかしたら母のものかもしれない。優しかったこと以外は覚えていない。変わり者の錬金術師について来たくらいだ、私と似ているところもあったのだろうか。想像しながら読んでみることにした。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:詩

1226
1月23日(金) 天気 曇りのち雪 今日は久しぶりにハヤテ号を預かった。さすが中尉、きちんと躾けてあってお利口だ。無駄吠えしないし、物を噛んだりもしない。誰がご主人か分かってるみたいだしこれなら司令部にいても大丈夫だと思う。だけど、2人と別れる時に大佐に噛み付いていたのはどうしてだろう?
*【ワンドロ・ワンライ】お題:日記

1227
ああ、今日もまた素直になれなかった。自業自得とはいえ、デートの話題を出しても少しも感情を見せてくれない。夕食くらい他の女性が相手ならいとも簡単に誘えるのに。ああ、今日もまた素直になれなかった。本当の気持ちを言葉にできず黒い愛犬を抱きしめる。いつか破裂する二人のフラストレーション。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:フラストレーション

1228
「あと5分です」「分かってる」「分かってないでしょう」「理解している」「言葉を変えても同じです。1分経ちました」「うん…」「いい加減にしてください」「あと5分」「無理です、時間がありません。5秒以内にこの手を離してください」枕の下から銃を取り出す気配がしたので泣く泣く身体を解放した。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:あと5分

1229
ブツブツ言いながら散らかったデスクをさらに荒らしているのを見かね声をかけた。「アレを探しいてるんだが」ああそれならと寝室に向かい、ナイトテーブルに置き忘れていた物を手に取った。「これですか」「それだ。さすがだね、ありがとう」老眼鏡を掛けた彼はしばらく書斎から出て来ないことだろう。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:眼鏡

1230
夜半過ぎ、特有の匂いと音に目が覚めた。「すみません。やっておかないと気が済まなくて」どんな時も、事後であっても欠かさない彼女のルーティンワーク。薄明かりの中で銃の手入れをする横顔をじっと眺める。些細な違和感も見逃すまいと眇められる琥珀色の瞳。私を生かしも殺しもする、美しい鷹の眼。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:鷹の眼

1231
「こっちかな?」「あっちだよ」地図を見ながら小さな探検家たちが宝物を探している。「あっ、わかった!」二人は玄関を飛び出した。「今回は難しいかもしれんな」さあ、どうかしら。あの子たちには優秀なアドバイザーが付いてるから。「ワン!」ここ掘れわんわんよろしくハヤテ号の鳴き声が聞こえた。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:地図

1232
前を歩く上官に微かな違和感を感じたので軽く脅すと、靴擦れだとようやっと白状した。「情けない。逆なら抱えていくところなのに」これはかなり痛いのに違いない。強がって、もう。「私にもできますよ。お姫様抱っこがいいですか、それとも山賊抱っこ?」痛む足で逃げ出そうとしたのを慌てて捕まえる。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:靴擦れ

1233
夢ならどんなによかったことか。街ごと全てを燃やしただけでなく、この手で化け物以上の罪を犯した。明かせば思い出の中の君の笑顔さえ燃えてしまうだろう。幸せになる権利などないのにそばにいて欲しくて、言えずにまだ隠したまま。私の中の雨は降り続きどこにも行けず、光の中にいる君に手を伸ばす。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:レモン、米津玄師「Lemon」から妄想

1234
勉強熱心なのは昔から変わらない。最近は外国語を習得するとかで異国の文字を追っている。交渉や駆け引きのためには相手国の言葉もある程度理解できた方が有利なのは分かるけれど。「あなたとは言葉がなくても通じるのに人間は面倒ね」「わん」睡眠不足が心配だからほどほどにして寝てくれないかしら。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:外国語

1235
一般的に女性のカバンの中身というのは色々入っているものだ。どんなに小さくても叩けば増えるビスケットのように次から次へと物が溢れてくる。その原理を解明したくて彼女に中身を見せてもらったことがあるが、そこに入っていたものはーー愛用の銃と私の替えの手袋だけだった。本当に規格外の女性だ。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:カバンの中身

1236
「うちには花瓶がありませんので結構です」受話器を下ろしため息をつく。毎回断るのも悪い気がするし、この言い訳も苦しくなってきた。どうしてあんなに花を贈りたがるのか、ただの部下だというのに。理由を一つずつ打ち消しているとブザーの音。扉を開けると大きな花束と花瓶を持った彼が立っていた。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:花瓶

1237
稲妻が光ってから1、2、3秒、バリバリという音が響いた。「約1km、近いな…帰るのは無理か」「無理ですね。傘もさせる状態ではありませんよ」怯える愛犬を宥めながら彼女は暗に泊まることを勧めてきた。これは期待してもいいのだろうか。「今夜はこの子と一緒に寝ますのでダメです」うん、そうだよね。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「嵐」

1238
周囲より少し赤みを帯びた皮膚をそっと撫でた。自分の力不足を目にする度に悔しさと哀しさが溢れ出しそうになる。「もう二度と…」言葉を遮るように、彼の分厚い手が首筋に伸びてきた。「君の方こそ、これ以上身体に傷をつけて欲しくないんだが」「それは無理ですよ」苦笑混じりのため息が耳を掠めた。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「傷」

1239
「あっ、ちょっと待って」「何度目ですか、待てませんよ」今日のマスタングくんは気合いが違うんだよね。全く隙がなくて弱っちゃう。もしかして大事なお願いに来た?それならすんなり勝たせる訳にはいかないなあ。何とか起死回生の手を探さなくちゃ。いざ大事な孫を任せるとなると足掻いちゃうからね。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「起死回生」

1240
「好きなタイプなんて特にない。女性は皆それぞれに美しいんだから選り好みなんてできるか」真顔でそう仰る我らが上官が、厳しくてでも優しくて有能な狙撃手で自分の仕事の補佐だけでなく世話も焼いてくれて犬が好きな金髪で茶色い目の女性をとても大切にしていることを俺たちはみんなよく知っている。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「好きなタイプ」

1241
「公主にお願いして取り寄せてもらったんだ」真珠についての講義が始まったが、珍しい色に見惚れて半分聞き流す。少し緑がかった黒で光にかざすと虹色にも見える。「白や金よりもこちらの方が映えると思ってね。ピアスなら付けてくれるか」「喜んで」焔を映した貴方の瞳の色に似ていますねと心の中で。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「真珠」

1242
車を止めてある場所までもう少しというところで雨が激しくなった。生憎と傘は持ち合わせておらず、目の端に入った店に駆け込み小さな軒先を借りる。「しばらく止みそうにないな」隣合う二人の軍服が濃い紺色に染まっていく。「無能になってしまいましたね」心にもないことを言う補佐官の冷たい唇を塞いだ。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「傘」

1243
人は変われるものだとこの身を持って知った。最前線を突っ走ろうとする二人を止める役割を担わされるとは。命のやりとりをした相手と激論を交わし杯を交わす。そんな人生も面白いと思うようになった礼として、奴らが信じていない神に祈ってやろう。地獄でくたばるまでずっと二人一緒にいられるように。
*ロイアイの日2021 米津玄師「感電」から妄想

1244
夕日に伸びた影を追いかけて娘が転んだ。慌てて抱え上げ大騒ぎする自分と、大丈夫だと宥める妻。こんなささやかな幸せをあいつにも味わって欲しいと思う。すぐ隣に宝物はあってとても簡単なことなのに、実行に移すにはえらく難しいらしい。空には一番星が輝き始めた。明日ちょっと遊びに行ってみるか。
*ロイアイの日2021 米津玄師「パプリカ」から妄想

1245
  酔いが回ったところで大事な子かと尋ねたら大事な部下だと言い直しやがった。隙を見せない姿勢は立派だけどね、お互いどんな目で相手を見ているか気が付いているのかい。詳しいことは知らないが離れては生きていけないんだろう。これが愛じゃなければ何というのか私には分からないね。馬鹿な子たちだ。
*ロイアイの日2021 米津玄師「馬と鹿」から妄想

1246
最初は少し怖かった。でも真剣な言葉と強い目に心が動いたの。あの人みたいになりたいと思った。会うたびにあの人みたいに強くなりたいと思った。あの人みたいに綺麗になりたいと思った。あの人みたいに優しくなりたいと思った。憧れてピアスを真似したあの人は今日、大切な人の隣で最高に美しかった。
*ロイアイの日2021 米津玄師「優しい人」から妄想

1247
『大総統の任期残り少なく。レガシー作りに奔走か!』新聞の一面を飾る文字に我が補佐官の眉間に皺が寄る。就任時から批判的な新聞社で、最後までそのスタンスは変わらなそうだ。「気にするほどのものでもないだろう」「もう少し写りの良い写真を使って欲しいものです」気になるのはそっちだったか。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「レガシー」

1248
「坊っちゃんどうしたの?一張羅着てたじゃない」店を飛び出して行った息子と入れ違いにやってきた従業員が目を丸くしている。「世話になってる家の娘さんをダンスパーティーにエスコートするんだとさ」「なるほど、やるじゃない」家から着て行かずに着替えとして持ってけばいいものを。まだまだだね。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「一張羅」

1249
上官への報告を終え、撤収作業のためそれぞれの持ち場に帰って行く彼らの背を見送る。今回も厳しく際どい作戦ではあったが彼への信頼は揺るがない。我らが上官は決して仲間たちを裏切るような作戦は立てない。そして彼の方も私達が裏切ることはないと信頼してくれている。これは自惚れではなく確信だ。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「自惚れ」

1250
西に沈む太陽が赤い血の色に変わっていく。全てを焼き尽くした私の代わりに世界を血で染めて行くようだ。今日はいったいどれだけの人を冥府に送ったのか。自分が死ぬときには冥府など飛び越えて直接地獄行きだろう。こんなことのために譲り受けた力ではないはずなのに。彼女は今何をしているだろうか。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「夕暮れ」

1251
変な誤解を受けるのは不本意だし、彼の立場も危険だから出来るだけ個人的な接触は絶ってきた。何度も誘ってくれるのを断り続けるのは心苦しいけれど、自分達のためだと堪えてきたのに。そんな私の気持ちを彼は飛び越えて来るのだ。「ハヤテ号と一緒に肉食べたくないか?」最強の口説き文句、狡いです。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「口説き文句」

1252
「各者一斉にスタートしました!全員が愛しいパートナーに向かってまっしぐらだ。おっと、ここで第五走者が抜け出した!まるで黒い疾風だ〜。一気に差を開いてご主人の胸へゴールイン!!」「ハヤテ号の活躍はよく分かった。で、君のそれは何なんだ?」「実感放送です」彼女が楽しいのならまあいいか。

1253
やられた、こっちはフェイクだったか。彼女にまで危ない橋を渡らせ、やっと手に入れた情報は巧妙に仕掛けられた罠だった。申し訳ありませんと俯く小さい金の頭をポンポンと叩く。「決断を下したのは私だ。計画を練り直そう」ゆっくりと顔を上げた彼女の目も、そこに映る私の顔にも悔しさが滲んでいた。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「偽物」

1254
「一度聞いたら忘れられない名前だな。君にそんな特技があったとは」「能ある鷹は爪を隠しているものです」隠してないし、それは能力なのか。いや、特殊応力か。《ブレ子》ブレダすまない、彼女がどうしても名付けをしてみたいと言うんだ。めったにないおねだりだったんだ。逆らえるわけがないだろう?
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「能ある鷹は爪を隠す」

1255
クセルクセスは専門家でなくとも興味を惹かれる遺跡だった。廃墟と化した建物に近づくと祭壇らしきものが残っていた。何かの祭祀場で、遥か昔に永遠を誓い合った者たちがいたのかもしれない。隣に立つ彼女も静かに見つめている。「これからも着いてきてくれるか」知っているのに返事を求めてしまった。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「廃墟」

1256
「しっかりしろ中尉!!目を開けろ!!」飛びそうになっていた意識が彼の声で呼び戻された。服は冷や汗でびっしょりだ。目も霞む。これはかなり出血しているらしい。力の入らない身体を抱きしめられ痛みが走るが、その腕は温かい。痛みも温度も生きている証拠だ。よかった、彼の命令はまだ守れている。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「冷や汗」

1257
お待たせしました!東部で大人気のパティスリーぬっこから新商品の発売です。たまごと牛乳をたっぷり使ったなめらかなクリームを黄金のハチミツ入りのふわっふわスポンジでくるみました。その名も『リザちゃんのほっぺ』。思わず突きたくなること間違いなし!すぐに売り切れちゃうのでお早めにどうぞ。
*リザの日2021

1258
目尻に溜まった透明な水分を親指で拭う。泣き顔を見たのはいつぶりだろうか。私を見た途端に泣き出してしまった彼女。なんで、見えて、目が、どうしてと文章にならない言葉とともに、素直な涙がぽろぽろと目から溢れてくる。できるだけ優しく宥めるように頭を撫でながら、私はことの経緯を話し始めた。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「素直な涙」

1259
何でこんな人になっちゃったんだろう。昔は真面目すぎて堅物だとすら思っていたのに。警戒されないようにとはいえ、仕事はサボるわ女の人をアクセサリーのように取っ替え引っ替えして。もしかして元々こんな人だったのかしら。ちょっと幻滅しちゃうけど優しい所は変わってないのよね、マスタングさん。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「アクセサリー」

1260
食事の準備中は私と全力で遊び、出来上がればテーブルの下で一緒に食べる。私が洗い物をしている間は彼女の膝の上でブラッシング。なんて羨ましいんだ。「眠ったか?」「はい、お待たせしました」所定の位置に寝かせ彼女が戻ってきた。仔犬を寝かしつけるまでのルーティーン。この後は二人だけの時間。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「ルーティーン」

1261
「見せてくれないか」いつもは命令を下す口から懇願の言葉が漏れた。私は何も答えず後ろを向きシャツのボタンを外し始める。呼吸すら止めたような沈黙の時間。近づく気配の邪魔をしないよう床にシャツを落とす。触れるか触れないかぎりぎりの距離で感じる指の熱が、この世で私と彼だけの秘密をなぞる。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「秘密」

1262
「ご近所へ引越しの挨拶は済ませたんですか?」まだ〜と気のない返事が返ってくる。これは本を読み始めて片付けが進まないパターンだ。お尻を叩かねばならないと段ボールを開ける手を止め、もう一度声をかけた。「一緒に行ってくれるの?新婚さんに間違われないかな〜」「間違われません!」全くもう。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「引越し」

1263
花束とプレゼントをカウンターに置くと、マダムは私たちにもシャンパンを振る舞ってくれた。「毎年よく覚えてるね、嬉しいけどさ」「女性のは忘れないよ」確かにそういう点はマメな人だ。でも私は知っている。デート相手には悩まないのに、マダムの誕生日祝いだけは決められずいつも私に相談するのだ。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「誕生日」

1264
君を守りたいとあの頃は純粋に思っていたんだ。我ながら青臭いやつだよな。今でも守りたいと思っている。命に代えても…と言いたいところだが、今の私はもう個人に捧げることはできない。その代わり、どこまでも君を連れて行くつもりだ。着いて来てくれるか?不器用に愛を告げる男の耳は真っ赤だった。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「命に代えても」

1265
明らかに触り心地が変化している。極上だった柔らかさが5%減といったところか。最近トレーニングに励んでいる彼女は言う。「アームストロング少佐のような筋肉が理想なんです」「そ、それは無いものねだりではないかな?」すごく納得いかないという顔をしているが、納得いかないのはこちらの方である。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「無いものねだり」

1266
街頭の光がゆらゆら揺れる。決めたはずの私の心も揺らぎそうになり、その場から逃げた。「勝手に決めるな!」遠くで叫ばれたと思った声が、強く抱きしめられた腕の中で聞こえる。「勝手に決めるな」この人はいつも難しい命令を下す。考え抜いた結果なのに…震える手を黒いコートに包まれた背に回した。

1267
何年前になるのか、みたいにわんわん泣いてしまった記憶がある。この、周囲の皮膚とは色も質感も異なる部分ーーひどい火傷の痕は一生消えないだろう。止血のためとはいえ自分で焼いてしまうなんて本当に馬鹿な人だ。「おい、くすぐったいぞ」「お揃いですね」愛すべき大馬鹿者の傷痕に唇を寄せた。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「お揃い」

1268
ホムンクルスはもういない。けれどさらに難しい戦いが始まる。命を狙われても反撃できないこともあるだろう。それでもついて来てくれるかと彼女に最後の懇願をする。答えは美しい敬礼と共に返ってきたーーお望みとあらば地獄まで。連れて行きたいのは地獄ではないが、もう手放すことはできないだろう。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「敬礼」

1269
挨拶を終えて戻ってくると我が補佐官は北の女王にナンパされていた。「誘惑されては困りますな」「ふん。お前のところより好待遇だぞ。いつでも歓迎する」そう言って女王様は格好良く去って行く。「行きませんよ」心を見透かされたような言葉に苦笑しつつシャンパングラスを掲げた。君の忠誠心に乾杯。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「乾杯」

1270
まだ新しい年は明けていないというのに街はお祭り騒ぎだ。そうなるとよろしくない輩も騒ぎ出すわけで、自分たちの仕事が増える。いつになったら二人だけで静かに年を越せるのやら。「大佐、命令を」「諸君、大掃除に行こうか」「イエッサー」まずはこいつらと一緒に今夜を乗り切るところから始めるか。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「大掃除」

1271
溜まっていた家事を片付けるだけで日が暮れてしまった。「夕飯どうしようか」ハヤテ号を相手に思案していると、可愛い耳がピンと立ち玄関に向かって走って行ってしまう。「早く終わらせて来たよ」「来るなら電話くらいしてください」へにゃと笑いながら入って来た上官は近所のデリの紙袋を抱えていた。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「電話」

1272
チェックメイトを告げられ、ため息が漏れた。押しているつもりだったのにいつの間に詰められていたのか。「この手はちょっと勇み足だったねえ。罠の存在を忘れてる」駒を動かしながら丁寧に教えてくれる、もう一人の師匠だ。「これじゃあ孫を持っていく日はいつになるのかな」いや違う、厄介な上官だ。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「勇み足」

1273
ちょうどいい時期だからと仕事終わりに郊外へ連れ出された。「あっ」一つ、二つと広い空を星が流れていく。「何か願い事した?」「いいえ」「ほらまた流れたよ」このシチュエーションとやり取りには覚えがある。あの時も私は願い事をしなかったっけ。昔からこの人は私なんかよりずっとロマンチストだ。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「ロマンチスト」

1274
「ほれ、取ってこーい」トテトテトテと黒い毛玉がボールを追いかける。咥えて運んで来るのを期待したが、その場で戯れ始めた。「まだ子どもだなあ」毛玉とボールを元の位置に戻しまた投げるを繰り返す。彼女の準備を待つのにはいい暇つぶしだ。もう少し大きくなったら散歩にも連れて行ってやるからな。
*ワンドロ・ワンライ】お題:「暇つぶし」

1275
「貴方のいる場所はすぐに分かりますね。うるさ…いえ、存在感があるといいますか。焔が上がれば一目瞭然ですし」ずっと見ているからとでも言ってくれれば嬉しいのに、いったい私のことをどう思っているんだか。私の方こそ君がどこにいても分かるよ。どんな暗闇でも光って見える、私だけの灯火だから。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「灯火」

1276
上着を預かろうと伸ばした手を引かれ抱き寄せられた。雨に濡れたシャツからはヘリオトロープの香りが漂ってくる。さっきまで腕の中にいたのはこの香りのように甘く可愛らしい女性なのだろう。「濡れたままでは無能ですよ」彼女のようにはなれない。私にはきっと似合わない。息を止め腕から抜け出した。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「ヘリオトロープ」

1277
「お帰りなさい、マスタングさん」テントの中に彼女がいた。懐かしい少しはにかんだような笑顔が自分に向けられる。ありえないと脳は判断しているが、心は見たいものを見るのだ。「少しお時間いいですか、マスタング少佐」そこに居たのは自分と同じ埃まみれの軍服を纏ったひと。白昼夢の少女は消えた。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「白昼夢」

1278
「少尉、帰るぞ」「ん…はい…むにゃ」返事をしながら首がかくんと落ちる。ラストオーダーにはまだ時間があるが、このまま寝てしまっては連れ帰るのが大変だ。「タクシー呼んだからもうちょっと待ちな」マダムが冷たい水を注いでくれた。「あんまりこき使うんじゃないよ」うん、分かってるんだけどね。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「ラストオーダー」

1279
うるさい奴らがやって来て部下たちと何やら騒いでいる。無人島?ほう、そんな所で修行をしたのか。「中尉は何を持って行きますか?」アルフォンスに聞かれ彼女も話に加わった。私なら君一択だな。「大佐とハヤテ号だとどっちがいいかしら?」子供に聞くんじゃない。そしてここいる私に気を遣ってくれ。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:「無人島」

1280
何でこんな人になっちゃったんだろう。昔は真面目すぎて堅物だとすら思っていたのに。警戒されないようにとはいえ、仕事はサボるわ女の人をアクセサリーのように取っ替え引っ替えして。もしかして元々こんな人だったのかしら。ちょっと幻滅しちゃうけど優しい所は変わってないのよね、マスタングさん。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:アクセサリー

1281
ひらひら飛ぶ蝶々と戯れる愛犬を眺め、せっかくの休みを自宅で過ごさなくてよかったとひとり頷く。家事は少し溜まっているけどいいとしよう。あの人も今頃は美しい蝶々とデートしていることだろう。そう、仕事だけど楽しく。なんだか少しモヤッとしたので、途中で買ってきたバゲットサンドを頬張った。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:蝶々

1282
ひと騒動終えて休憩室で居眠りしていると上司たちが入ってきた。俺の近くで交わされる会話内容はもちろん仕事に関してだが、二人の距離が異様に近い。それ大佐の耳元で囁いてるだろ。普通の距離感じゃありえねえよな。さて、進退極まった。このまま狸寝入りを続けるか勢いよく起きるか、それが問題だ。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:狸寝入り

1283
一つ、ファーストネームで呼ばない。一つ、階級に相応しい振る舞いを崩さない。一つ、プレゼントはしない。一つ、外で酔って気を許さない。一つ、勝手に部屋に入らない。一つ、泊まっていかない。まだまだある私たちのルール。「だから!キスマークはダメですってば!」どれ一つとして守られていない。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:ルール

1284
必ずどちらかが常にそばにいて彼女を守ること。彼女は自分が貴方を守るのだからと拒否するだろうがそうはいかない。彼女が「また明日」と笑って言えるように守るんだ。私一人では難しいこともあるからお前に頼む。私たちは家族で仲間だからな。家族を守るために何か危険があれば呼ぶんだぞ、ハヤテ号。
*ロイアイの日2022 V6「家族」から妄想

1285
上を向いた彼の目から流れていく雨。拭いたくても拭えない、傘も役に立たない。これからも当たり前のようにずっと一人で耐えるのだろう。いつか私の腕の中で泣いてくれたら、晴れるまで黒い髪に触れていてあげるのに。それでも止まない時は私も一緒に泣いてあげるのに。死ぬまでずっと一緒にいるのに。
*ロイアイの日2022 V6「雨」から妄想

1286
大人になれば何でもできると思っていた。妹みたいなあの子を笑わせることも簡単にできるんだと。けれど現実は厳しくて。夢と絶望を行き来しながら、大切な人も失いそうになって。それでも諦めきれずふらつきながら歩いていく。まだまだ完璧には遠いが、真っ直ぐ歩いて隣にいる彼女と笑い合えるように。
*ロイアイの日2022 V6「僕らはまだ」から妄想

1287
「すみません、今度新しいものを買ってきますので我慢してください」そう言って渡されたズボンには可愛いアップリケが付いていた。国軍大佐のパジャマとしては威厳のないこと甚だしいが、私にとってはどんな勲章より嬉しいものだ。例えそれが彼女の愛犬に噛まれて開いた臀部の穴を塞ぐものだとしても。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:パジャマ

1288
【注意事項】
・モーニングコールは出発時間の30分前と15分前
・朝食は駅前でサンドイッチを購入
・書類は出来るだけ午前中に回す
・インクは切らさないように
・午後は会議がないと逃げ出そうとするので……(この後30項目ほど続く)
「こんな面倒なことできねぇよ!中尉、今すぐ帰ってきてください!」
*【ワンドロ・ワンライ】お題:注意事項

1289
くるっ。今度は反対にくるっ。まだ母が生きていた頃、今の私と同じようにワンピースを着て鏡の前でくるくる回っていたのを思い出す。淡いピンクの口紅を塗って再びくるくるっ。広がる裾が面白いのか愛犬が飛び跳ねる。「駄目よ、ハヤテ号。これお気に入りなんだから」彼が選んでくれたものなんだから。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:ワンピース

1290
集まった観衆に手を振ると歓声が一層大きくなった。やっと天辺に辿り着いた。武者震いとともに、これからも困難な道が続くのだと僅かな怯えも存在する。弱気な自分を吹き飛ばすための方法はただ一つ。「ずっと隣にいてくれるか」「何を今更」歓声で聞こえないはずなのに彼女の声がはっきりと聞こえた。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:隣

1291
喉の渇きを覚え目が覚めた。水でも飲むかとベッドを出ようとして彼女の居場所を確認する。疲れているのだろう、ぐっすり眠っているようだ。いつもながら寝相はいい、しかし…。「なぜ私ではなく枕なんだ。抱きつくなら私だろう」枕をギュッと抱いて眠る彼女を前に、ベッドに座り直し理由を考え込んだ。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:寝相

1292
お弟子さんが来る日は気難しい父も少しだけ会話が増える。でも約束の時間が過ぎると部屋に閉じこもってしまうのだ。「すみません!遅れました!」扉が開くと同時に大きな声が飛び込んできた。「遅刻です、マスタングさん」ぜいぜいと肩で息をする彼に囁く。「お父さん怒ってますよ」あ、泣きそうな顔。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:遅刻

1293
「これ中尉ですよね」湖でボートに乗る親子と桟橋に立つ女性の後ろ姿。元大総統夫人の希望で引き受けた護衛だったが写り込んでしまったか。「水辺の女神だと話題になってます」「私ではないということにしておいてくれる?お礼はするから」ハヤテ号の散歩でいいですよと丸眼鏡の部下は了承してくれた。
*ホーク愛祭2022

1294
「貴女もこれからは公私ともに大変ね。私でよければ困った時は頼ってね」護衛のお礼にと招かれた食事の席でのことだった。「ふふふ、そうなんでしょう?」元ファーストレディは静かに笑う。まだ誰にも知られていないはずなのに、どこまで先が見えているのか。ご主人とは別の意味で怖い人かもしれない。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:ファーストレディ

1295
今日はいつもに増して口数が少ないと思っていたら、司令部の門を出たところで奇襲を受けた。「朝から熱がありましたね?」気力体力を使い果たしていたのでうまく反応できない。「図星ですか。本当に貴方ときたら…」私は一生のうちでこの台詞を何度言うことになるのだろうか。「全く君には敵わないよ」
*【ワンドロ・ワンライ】お題:図星

1296
売店に行列ができている。みんな氷菓子が目的で、我が東方司令部夏の風物詩だ。販売にはうちの上官が関わっているらしく、商品を入れろと交渉して冷凍庫にも錬金術で改良を加えたとか。何だその情熱は。などとぼーっと考えていたら嬉しそうに店から出てきた中尉とすれ違った。なるほどそういうことか。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:氷菓子

1297
掃除の最後に父の机の引き出しに触れてみた。もしかしたらと引っ張るがやはり開かない。かなり高度な錬金術で封をしているらしく、あの頃は彼も開けられなかったのだ。何が入っているのか、それとも何も入っていないのか。今なら中身を見ても許されるかもしれない。お願いしてみようと父の部屋を出た。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:引き出しの中身

1298
空気を入れ替えようと窓を開けると心地よい夜風が入ってきた。少し前に比べても確実に気温が上がってきている。あっという間に季節は巡り、また夏がやってくるのだ。暑さが彼の地の記憶を呼び戻し眠れなくなる季節が。自分はいいから、せめてあの人には安眠を。儚い願いを込めて銃の手入れを再開した。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:夜風

1299
「今回もよろしくね」出迎えてくれた師匠の娘さんにお土産を渡した。駅前の果物屋で見かけて何となく彼女の顔が思い浮かんで買ってしまったのだ。「とても甘くて美味しいらしいよ」「……ありがとうございます、マスタングさん」ぎりぎり聞き取れる声で礼を言うリザの頬はさくらんぼ色に染まっていた。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:さくらんぼ

1300
「無理だ。こんなに寒くては指が悴んで一文字も書けない。もう無理だ。仕事なんてできない」視線もうるさい。「あ〜本当に無理。誰か優しい人が温めてくれないかなぁ」こちらの仕事が進まないから、とっておきをお見舞いしよう。「どうぞ。この子の体温は高いですから」ハヤテ号を胸元に置いてあげた。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:体温

1301
「R地点通過」「I地点通…通過せず!手前の通路に入りました」「そのまま追跡して」スコープでターゲットを確認し部下に指示を出す。「あっ」「スクランブル、スクランブル!Z地点でAが転倒です。どうしますか!?」「大丈夫、閣下が向かってるわ」子供たちのおつかい大作戦は計画の練り直しが必要ね。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:おつかい

1302
時々小さな花束を買ってくれる老紳士が今日もやって来た。「店長さんいるかな」いつもと違い店長が奥から大きな籠を運んでくる。老紳士は手にしていたチョコレートの紙袋を飼い犬に運ばせ花束を抱えて帰って行った。「奥さんへのプレゼントを毎年頼まれるんだ」来年は私がアレンジさせてもらおうかな。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:チョコレート

1303
「その明るい未来とやらにはあんた達も入ってんだろうな」ドアを開ける音と馬鹿でかい声が同時だった。「まずは挨拶したらどうだ。君も人の親だろう」「うえるせえ、どうなんだよ」先ほどの演説のことだとは分かっている。次世代には明るい未来を…どう説明すべきか迷い、隣に立つ補佐官に目を向けた。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:明るい未来

1304
どこかで落としたのかもしれないと慌てて部屋に駆け込んだ。「戻ってきたのか。それ君のだろ、机の下に落ちてたぞ」上司が指差した先には目的の手帳が置いてあった。「ハヤテ号の写真可愛いな」「あ、はい。ありがとうございます」まさか見られてないわよね?愛犬の写真の下にある、隠し撮りの一枚を。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:隠し撮り

1305
「楽しかったわ、またね」「機会があればまた」相手が消えるまで見送り車を発進させる。次のデートでは何かプレゼントを用意するか、泊まりになりそうだ。こんな恋愛ゲームなら駆け引きも計算も難しくはないのに……脳裏に浮かぶのは難しすぎる相手の顔。この手に掴めるまであとどれくらいかかるのか。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:ゲーム

1306
ぽろぽろきらきらと落ちてくる大粒の宝石。彼女が何かを叫んでいるが耳がおかしいのか音が入ってこない。痛覚、触覚も鈍く残った感覚は視覚だけのようだ。ダメじゃないか、無防備にそんな顔を晒して。大きな目から綺麗な涙が止まらない。ずっと見ていたい景色も霞んでしまい、力尽きた私は目を閉じた。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:宝石

1307
「ありがとう、リザ」お弟子さんの頃から「中尉よくやった」上官となった今も、大きな手でぽんぽんと頭を撫でてくれる。そんな何気ない行動が私の自尊心をくすぐり、高めてくれるのだ。「ちょっとくすぐったいね」小さな黒い頭を同じようにぽんぽんと撫でてやると、愛犬は気持ちよさそうに目を瞑った。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:自尊心

1308
「それ昔からの癖ですね」書類を眺めながらペンをくるくる回す姿にかつての面影が重なる。長い付き合いだ。無くて七癖とも言うし、私にも気づかないものがあるかもしれないと尋ねてみた。「そうだな。私だけが知っているものとしたら…」これはヤバい。危険な雰囲気を感じ取り、慌てて彼の口を塞いだ。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:無くて七癖

1309
世間では我が補佐官殿の表情は読みづらいと思われている。下手をすれば犬のハヤテ号の方が表情豊かだと言う者もいるくらいだ。いったい、皆は何を見ているんだ?彼女ほど喜怒哀楽が分かりやすい女性はいないのに。誤解されてしまうのは残念だが、私だけが知っているということであればそれも悪くない。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:喜怒哀楽

1310
美味い珈琲を淹れてくれた彼女に礼を言うと、少しはにかんだ笑顔が返ってきた。変わらないなぁと束の間の幸せを噛み締める。今日みたいに寒い夜、ホットミルクを持ってきてくれた少女がいた。特に何を語るでもなく二人で並んで飲んだっけ。色々変わってしまったがこの笑顔だけは変わらずにいて欲しい。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:ホットミルク

1311
「行ってくる」「行ってらっしゃいませ」私服に着替えた彼を見送り、デスクを整理して自分も家に帰る。軽く夕飯を済ませ、愛犬のブラッシングを念入りに行う。「ただいま」「お帰りなさい」数時間後、何故か私の家にやってくる彼を出迎えた。知らない女性の香水の匂い。仄かによぎるこの感情の名前は…
*【ワンドロ・ワンライ】お題:嫉妬

1312
疲れるだけのデートを終え店を出た。いつの間にか冷たい雨が降り出して鈍い歩みがさらに遅くなる。こんな時は少しだけ甘えてもいいだろうかと方角を変えて歩き出す。彼女はまた無能だのなんだのとこっぴどく叱るに違いない。けれど本当は優しくて、情けない私に暖かい雨宿り場所を提供してくれるのだ。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:雨宿り

1313
小さな仮面を付けただけで相手が分からなくなるなんて実際にはありえない。ここに集う大人たちはそれを承知でお互いに知らないふりをするのだ。「強く美しい瞳のお嬢さん、ワインなど如何かな」差し出されたグラスを受け取り一気に飲み干す。この見知らぬ男の生み出す焔のような赤い液体が喉を焼いた。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:マスカレード

1314
わん!足元に飛んできた小さい毛玉を踏んではいけないと咄嗟に避けた。が、狭い玄関口ではうまくバランスが取れず蹴つまずいてしまった。運良く転倒しなかったのは中尉のお陰で、倒れ込んだ先はとても柔らかい胸だった。これは立派な、紛れもない、思ってもいなかったアクシデントだ。全く他意はない。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:アクシデント

1315
本を読んでいる私の隣で彼女はせっせと手を動かしている。現役時代にできなかったことを全部やるんだとガーデニングに始まり日曜大工、そして今度は編み物のようだ。「ちょっと派手すぎないか?」「年寄りにはこれくらいがいいんです」この冬は真っ赤なマフラーをして散歩に出かけることになりそうだ。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:マフラー

1316
執務室のデスクには似つかわしくない可愛らしい封筒を鷹の眼は見逃さない。「気になる?」「爆発物ではなさそうなので問題ありません」がっかりするくらい無表情で私の有能な補佐官は現実を突きつける。「私からの恋文です」手渡されたのは締切間際の書類の束。ああ、寒いなあ。寒さが身に沁みるなあ。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:恋文

1317
「キッチンお借りします」「ここでは自由にしていいよ。敬語も使わなくていい」簡単に言うけれど小さい頃からの習慣だから変えようもない。「まあ、君が甘えてくれるなら何でもいいけどね」やかんを火にかけ茶葉を探している隙を逃さず甘えて抱きついてくる男が重い。貴方が安らげるならいいですけど。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:敬語

1318
「で、ばっちゃんに伝えた時が最高で。エドったら真っ赤でしどろもなんですよ。あのエドが!私それ見てたらおかしくて笑いが止まらなくなっちゃったんです」その時を思い出したのか花嫁は話しながらまたころころと笑い始めた。「きっとマスタングさんならそんなことないんでしょうね、リザさん」えっ?
*【ワンドロ・ワンライ】お題:しどろもどろ

1319
毛布を引き上げると冷えた手足が絡みついてきた。これは寒い冬の朝だけに見られる現象。逃してはならないとすかさず身体に回した手が彼女の寝言に止められる。「いい子ねハヤテ号」髪をくしゃくしゃにされた後、力いっぱい抱きしめられる。うん、人違いでも(犬違いか)君の抱き枕になれるなら幸せだ。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:抱き枕

1320
自宅に招き入れ一緒に食事をしても、それ以上は踏み込まず遠回しの会話で探り合う私達。仕事中なら互いの目を見れば考えていることは手に取るように分かるのに、どれだけ言葉を交わしても迷路に入り込んだ気分になる。この状態がずっと続くのか。結論を出せば彼と離れてしまうのなら、願わくば永遠に。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:遠回し

1321
「ますます似てきたのう」新しい大総統は軽いステップを踏みながらニコニコと見つめてくる。その目には薄らと涙が光っていた。「ほら、行きなさい。本来のパートナーの所へ」大総統に一礼し、恭しく私の手を取った彼はホールの中央へ進む。ゆったりした音楽が情熱的なものへと変わり私達は踊り始めた。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:社交ダンス

1322
父が亡くなった日がそうだった。今まで何ともなかったエプロンの紐が切れて不安になった。そして今回も。ブーツの紐が切れて交換したのだ。嫌な予感はしたがこんな職業だ。危険は承知していたはずなのに。「すぐに上司のあとを追わせてあげるわよ」目の前のこの女は何と言った?一気に血の気が引いた。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:ジンクス

1323
いつものくだらない雑談中、眠そうな大佐にも話を振ってみた。「怪談なんて大抵は恐怖による見間違いや勘違いだ」とスパッと切るのかと思ったら何かを思い出したようだ。「錬金術の修行をしていた頃、夜中に廊下で出会う師匠は超絶怖かったよ」なぜか書類をチェックする中尉の手が鈍ったように見えた。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:怪談

1324
書類を提出し執務室に戻ると緊迫した空気が流れていた。黒い目が見据える先には互いの真剣な顔。飼い主のいない間に手懐けたい男と、肉の誘惑と主人の言いつけの間で揺れる仔犬の戦いを終わらせるべくホルスターに手をかける。同時にビクッとして気まずそうにこちらを見る姿が完全にシンクロしていた。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:見据える先

1325
今日も彼は男女関係なく胡散臭い笑顔で対応する。といっても相手は巧みな話術に誤魔化され、あれが愛想笑いだとは気付かない。いつの間にあんな技術を身につけたのか昔は真正直だったのに。「かなり疲れるんだがね」仲間内には愚痴をこぼして苦笑する。彼の本当の笑顔を知っているのは私と仲間達だけ。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:愛想笑い

1326
疲れた体に沁みる体温と絶妙な弾力。撫で回したい欲求を捩じ伏せ、じっと頭を乗せているだけの自分を褒め称えたい。「大佐、そろそろ起きる時間ですよ」寝たふりに気付いているのに責めることなく優しくそう言ってくれる君に感謝している。しかしあと1分、もう5分、いやずっとこのままでいさせてくれ。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:ずっとこのままでいさせて

1327
今日は必ず定時で上がらせていただきますと朝一で宣言された。彼女に限って男とデートなんてことはあるまいが気になって仕事が捗らない。「大佐」「はい」執務室の空気がじわじわ凍っていくのを感じる。「今日までなんです!ハヤテ号お気に入りのドッグフードが期間限定なんです!」よく分かりました。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:期間限定

1328
「先生が弟子を取ったって?」「男の子が出入りしてるそうだね」田舎は噂が広まるのが早くて、出かける先でよく聞かれるようになった。「この前見かけたよ。賢そうな子だな」「うちに買い物に来てくれてね、愛想良かったよ」父のお弟子さんの話題が出るとちょっと嬉しくなる。彼は優しくて素敵だから。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:噂

1329
まずい寝過ごした!目が覚めて最初に考えたのは職場までどのコースが一番早いかということ。パジャマを脱ぎ捨て洗顔はそこそこ、髪は適当に纏めハヤテ号のリードを掴む。「ごめんねハヤテ号。あなたのご飯も向こうに着いてからね」上官と自分の朝食をどこで買うか思考を巡らせながら玄関を飛び出した。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:朝食

1330
新しい部下に頼む気になれず自分で給湯室へ向かった。棚に残されたマグカップにはそれぞれのイニシャルが書かれている。その中に文字ではなく小さな犬の肉球マークのものが一つ。彼女が居なくなって何日経ったか。ずっと監視されている生活というのは想像以上にしんどいだろう。早く取り戻さなくては。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:マグカップ

1331
気が付くと真っ白な空間にいた。寸前まで大総統達と戦って捕えられたはず。「ようこそ」大きな扉の前にいるソレが、自分の声のような別人のような、師匠のにも彼女のものにも聞こえる声で話しかけてくる。「何と交換しようか?」答える間もなく黒い腕に引っ張られ、今度は真っ暗な空間へ放り出された。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:声

1332
些細な意見の食い違いに腹が立っていたが、ハヤテ号の足を拭いているうちにあることを思い出した。彼はいつ気付くだろうか。靴下を脱いだ時?シャワーを浴びている時?もしかしたら気付かないかもしれない。ムスッとした顔と、足の甲に落書きされた可愛い犬の肉球と。そのギャップに思わず吹き出した。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:落書き

1333
何をそんなに集中しているのかと後ろから覗き込んだ。手にしている雑誌のクロスワードパズルが半分くらい埋まっている。「そこは長距離列車だな。その横は山岳地帯で…」「もう!自分で考えますから黙っててください」ぷくっと頬を膨らませ、私を睨むがちっとも怖くない。負けず嫌いなのも可愛いなあ。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:負けず嫌い

1334
どう切り出そう。同じ家なのに断られたら居たたまれないし、受けてくれたらそのまま押し倒して口を聞いてくれなくなりそうだから、お気に入りのカフェにした訳だが。「何になさいますか?」「ああ、えーっと連れが来てから……」カランとベルが鳴り、愛犬の先導で彼女が店に入ってきた。運命やいかに。
*ロイアイの日2023

1335
「ワン!」彼の姿を見つけ走り出そうとする愛犬を宥めた。話があるなら自宅ですればいいのに、わざわざカフェで待ち合わせだなんてケーキでも食べたかったのかしら。それとも何かの作戦とか。彼の足元に置いてある大きな紙袋からは薔薇の花が覗いている。眉間に皺が寄るのを感じながら店の扉を開けた。
*ロイアイの日2023

1336
さっきまでドタバタ煩かった家の中が急に静かになった。寝室を覗くとベッドの上に一つ、二つ、三つ並んだ黒い頭。愛犬と息子と夫が全く同じポーズで昼寝をしている姿に思わず吹き出した。ふさふさの三角耳だけがピクっと動く。みんなを起こさないようそっとブランケットを掛けるミッションを開始した。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:昼寝

1337
中尉がいないと雑談は猥談になるのが常で、恋人のほくろの位置を知っているか私にも質問が飛ぶ。「全部覚えている…と言いたいがその場限りの場合もあるからな。いちいち覚えていない」これだからモテる男はとか最低ですねとか聞こえてくるが気にしない。特別な女性のことだけ把握していれば問題ない。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:ほくろ

1338
びっくりして指先から血が出るのを見ていると痛みが強くなってきた。反対の手でぎゅっと指を押さえるが痛みは引いてくれない。「どうかした?切ったのか!?」近くにあったタオルを掴んでお弟子さんがそっと手を拭ってくれる。「血は止まってるみたいだけど薬を塗っておこう」痛みが和らいだ気がした。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:痛み

1339
「私も犬を飼おうかな」彼女とハヤテ号が楽しそうに戯れ合っていたのでその気もないのに言ってみた。「ご自分のことも満足にできないのに?」美しい眉間に皺が寄る。「貴方とハヤテ号の世話で手いっぱいなのに、これ以上は面倒見きれませんよ」私の自慢の補佐官はこの先も私の面倒を見てくれるようだ。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:自慢

1340
額から顎、そしてコンクリートの床へと汗が落ちる。目に入らないよう最低限の範囲だけを拭うため、殆どが床に溜まっていく。あの人なら無能になってしまうわねとくだらない事を考えていたら、スコープの中で状況が一変した。またあのバカ大佐は!現場に出るなと説教する前に水分補給して喉を潤さねば。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:水分補給

1341
痩せた背中に写されて暫くは静かに眠っていた。前の主の弟子とやらに突然起こされてからは面白い世界を見せてもらっている。焼かれた時は私も消えてしまうかとヒヤリとしたが、奴はそんな馬鹿なことはしなかった。奴の手にある分身とともに力を解放できるこの状況はなかなかに居心地がいい。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:火蜥蜴

1342
夜が更けてもぬるい暑さが残る執務室。カリカリとペンの音だけが響いていたが、壁の時計が時刻を告げた。「明日は休みだな」「明日の夜はほうれん草のキッシュを作ろうかしら」1、2、、、10秒、たっぷり静寂が広がる。「独り言だ」「ええ、独り言です」ペンの音が少しだけリズミカルになった。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:独り言

1343
「お母さまは忙しいのお父さまとハヤテと遊んでてね」美しい妻の水着姿を見たいと子供たちを使って誘ってみたが案の定断られた。「おとーさまはだめー」「ムノーになるのー」ビニールプールで水を掛け合いながらはしゃぐ天使たち。本当は水を被っても平気なのだが、彼らの発言に無能になりそうだ。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:水着姿

1344
頭を使うと糖分が欲しくなるからと母がよく作っていたクッキー。小麦粉、お砂糖、牛乳、バター、蜂蜜、シナモン、ジンジャーのパウダーと材料は揃えたけれど、レシピの最後にある一行に困ってしまう。『オーブンの温度はお父さんにお任せよ』お父さん、このクッキー好きだけれど手伝ってくれるかしら。
*ホークアイの日2023

1345
今日は朝から錬金術書の代わりに料理本を片手に頭を抱えている。彼女の大好物の牛肉を使った煮込み料理ならできるかと、材料は買い込んだがさて何から始めよう。レシピを完全に頭に入れてから作るか、読みながら作った方がいいのか。錬金術は台所から始まったとも言われているがこれはなかなか難しい。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:大好物

1346
鉱物の色、硬さ、性質、果てはそれにまつわる物語まで無駄に知識だけはあるのに、彼女へのプレゼントは何がいいのかさっぱり分からない。ネックレス、ブローチ、イヤリング、ブレスレット……指輪は流石に気が早すぎる。やはりいつものようにピアスだろうか。花束と彼女が一番喜ぶ肉とワインを添えて。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:ピアス

1347
新しい階級章に不満顔の上官を中心にして部下たちが集まっている。「代わりに酒を浴びるほど飲ませてくださいよ」「いい肉も食べたいです」皆が揃って昇進できなかったことを彼が不満に思っているのを分かっているのだ。「よし、まとめて面倒見てやる」そういうところですよ、部下たちに慕われるのは。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:階級章

1348
ソファに座れば膝枕を要求し、ベッドでは引っ付いて離してくれない。君が癒しなんだと言うけれど、私はドキドキそわそわで落ち着いて休めないのに困った人。でも本気で怒れなくて許してしまうのは何故かしら。これが惚れた弱みと言うやつ?ねえハヤテ号、私にはあなたが癒しよ。ちょっともふらせてね。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:癒し

1349
白衣姿も眩しく彼女が廊下を真っ直ぐにやって来る。眼鏡越しにでも分かる大きな瞳がキラリと光った。「増田先生、ネクタイ曲がってます。学生の前ではちゃんとしてください」直そうとして近づく彼女からはとてもいい匂いがする。このシチュエーションを狙ってわざと緩めていたと知ったら怒るだろうか。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:ネクタイ

1350
年若い下士官が顔を紅潮させ近付いてきた。私に用かと思ったら危険なことを言い出した。「ホークアイ中尉は犬を飼ってらっしゃいますよね。私もこの度仔犬を飼うことになりまして。できましたら中尉に名前を付けていただきたいのですが」私が止められなかったせいで彼女のネーミングセンスが爆発した。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:ネーミングセンス

1351
士官学校時代は色んなことを話したけど恋愛関係だけはよく分からなかった。ずっと思い続けてる人がいることは何となく伝わった。そして数年後。有名な焔の錬金術師と新人でいきなり補佐官となった二人に出会って一気に理解したのだ。ああ!私は心の中でポンと手を打つ。あれがあの子の初恋の人なんだ。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:初恋の人

1352
「今日はこのくらいで…ダメかな?」叱られた子犬のように上目遣いで弱音を吐く上官にはっきりと申し上げる。「ダメです」「では30分の休憩は」締切まであと10分というのに何をほざくのだこの人は。「絶対ダメです」けれど追い込むのもよくないので、逃走を警戒しながら珈琲を淹れるために部屋を出た。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:上目遣い

1353
「掃き溜めに鶴…泥中の蓮…」「何ぶつぶつ言ってんだ」「ホークアイ中尉さ、チームの中で目立つだろ。なんかぴったりの言い方ないかなあと」「単純に紅一点でいいんじゃないか」「それだ!赤いイメージなんだよ。見た目は金色なのに不思議だな」「ボスの影響だろ。焔の錬金術師といつも一緒だからさ」
*【ワンドロ・ワンライ】お題:紅一点

1354
稲妻が光ってから1、2、3秒、バリバリという音が響いた。「約1km、近いな…帰るのは無理か」「無理ですね。傘もさせる状態ではありませんよ」怯える愛犬を宥めながら彼女は暗に泊まることを勧めてきた。これは期待してもいいのだろうか。「今夜はこの子と一緒に寝ますのでダメです」うん、そうだよね。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:嵐

1355
バレッタから髪が一筋溢れている。目の下にクマもできて相当疲れているようだ。私の部下でなければ、そもそも軍人にならなければ明るい人生を送れたのではないか。師匠が身罷られた時、あの子を一人にしなければ…。「どうかされましたか」「いや、早く仕事を終わらせよう」君に関しては後悔ばかりだ。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:後悔

1356
朝焼けが眩しすぎて思わず手をかざす。「今日も朝帰りですね」振り向いた彼も目をしょぼしょぼさせている。「どこかで食べて帰るか…まだどこも開いてないな」ため息をついて銀時計をしまう姿がしょぼくれていたので言ってしまったのだ。「うちで食べて行かれますか?」上官を労いたかっただけなのだ。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:朝帰り

1357
今日はお弟子さんがやってくる日だから、少しだけ早起きして客間を念入りに掃除した。夕飯はいつものスープでいいかな、パンは昼過ぎに焼きたてのを買って来よう。鏡の前で髪と服を整え、プレゼントに貰ったリップクリームを唇に薄く塗ってみる。これがクラスメイトが言っていた女心というものかしら。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:女心

1358
エプロンの紐を後ろ手に器用に結ぶ。彼女の懐かしい仕草で、私の胸には暖かさと少しの痛みが入り混じる。あの頃のまま君が人殺しなど知らずに成長していたら全く別の人生になっていたはず。そんなことを言うと怒るだろうが、得られなかった幸せを考えずにはいられない。まだまだ覚悟が足らないな私は。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:懐かしい仕草

1359
「ネズミ」「何かの燃えカス」私のメモ書きが部下たちの手を巡る。「生き物かな」「想像上の何かでしょうか。怪物のような」みんな酷いじゃないか。いくら手遊びに描いたからって本当は分かっているんだろう?どう見てもハヤテ号だ。「中尉に聞いてみましょう」彼女にも分からなかったらすぐ燃やそう。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:メモ書き

1360
「今日は冷えるね。お茶でも貰えるかな」台所にやって来たマスタングさんの息が白い。慌てて薬缶を火にかけようとした手を掴まれた。「うわっ、冷たっ!これはダメだ」大きな手で包まれてはーっと暖かい息が吹きかけられる。「鼻とほっぺも真っ赤だね。早く春にならないかなあ」私は今すごく熱いです。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:赤い頬、白い息

1361
部屋の片付けは部下たちが滞りなく進めてくれた。あとは簡単な書類の整理と認識票の返却だけ。「閣下」一緒に退役する部下に促され、首から鎖を外し彼女の掌に乗せる。「明日からは一般人だ。これからも付いてきてくれるか」「何を今さら、ですよ」誓いの言葉に代わるやり取りに目尻の皺が深くなった。
*【ワンドロ・ワンライ】お題:誓いの言葉