801
「そんな顔、他の男の前では絶対見せるな」唇は離れても腰と顎は武骨な手に捕らわれていて。「それはできません」男の黒い目がすっと細くなる。「私にとって男は貴方だけですから。私の女の顔は、貴方しか見ることができません」虚を衝かれ緩んだ男の手を逃れ、隙なく整えられている髪を崩してやった。
 *ぽちゃまにから妄想

802
徹夜続きの昼下がり。いつもなら起こしてくれる補佐官も、資料を抱えたまま隣でソファに沈んでいる。「…ん」大きな欠伸を噛み殺し、彼女を起こさないようそっと時計を取り出した。会議まであと30分。もう少し休んでも大丈夫か。普段は触れることのない心地よい体温に誘われて、もう一度目を閉じる。
 *てふてふ。さんの素敵イラストから妄想

803
「あの子が泣いてるところを見たことがないんだよ」カウンターの向こうで紫煙をくゆらせながら、その人は言った。怪我をした時も叱った時も、両親が亡くなった時ですら涙を見せなかったのだと。「でも、あんたなら見ることができるかもしれないね」半分ほど減ったグラスの影にワインの涙が映っていた。

804
前を歩く男に置いて行かれないようスピードを上げた。慣れない靴に踵が痛む。「すまない、ハイヒールだったな」大丈夫ですと答えた顔が引き攣っていたのかもしれない。申し訳なさそうに寄って来る姿に、ぐっと気合いを入れ直す。「本当に大丈夫ですから」しばらくの間この激痛と仲良くすることにした。

805
「降りてもいいんだぞ」この地獄への一本道から降り、軍を辞め一般人に戻り、優しい男と一緒になって幸せな家庭を持つ…そこまで思考を進め苦いものが込み上げた。そんな光景を見たら即座に世界を焼き尽くしてしまうくせに。「降りるのは、貴方を殺した時に」優しい君はそうやって卑怯な男を甘やかす。

806
テーブルとソファの間に座り込みソファで眠る彼を眺めた。両親が亡くなりお弟子さんもいなくなり、家族を持つことは二度とないのだと思っていた。起こさないよう黒い毛をそっとなでる。「家族になってくれてありがとう…」感謝を込めてその鼻先にキスをすると、眠りながらも彼は答えてくれた。わふっ。

807
月の光に金色の髪が柔らかく揺らめいた。「大きな月ですね。パンケーキみたい」彼女らしい言葉に苦笑する。それでも空を見上げる後ろ姿は神々しくて、このまま何処かへ消えてしまいそうだ。「行くな」「え?」「何でもない」ずっとこの手に捕まえておきたいと、地上を這いずり回る馬鹿な男は夢想する。
 *中秋の名月

808
ぴくりと白い身体が反応した。のたうつ蛇に触れ、古代の祈りの文字をなぞり、火蜥蜴に唇を落とす。儀式のように何度も繰り返される行為に、耐え切れなくなった彼女の呼吸が速くなる。「大佐、もう…」己のために用意された身体を抱き寄せた。私の本当の罪を知っているのはこの世でただ一人、君だけだ。

809
「どうかね?」差し出された封筒には異国から来たサーカスのチケットが一枚だけ入っていた。「時間は11:00、場所は公園横のカフェで」視線がチケットと彼の顔を行き来する。「待ち合わせから始めてみないか?」前髪をかきあげるのは照れ隠し。「Yes, sir…」赤くなった目尻に唇を寄せた。
 *てふてふ。さんにいただいた素敵イラストから妄想

810
「閣下!」光とともに彼女が飛び込んで来た。「ご無事ですか!?ああ、お腹は空いてません?サンドイッチ持ってきました。司令部はマイルズ少佐とブレダ中尉に任せて…」君、寝てないだろう。言ってることがバラバラだ。それにそんな顔をしなくてもいい。最後には例え死体になっても君の元に戻るから。
 *銀英伝から妄想

811
「ママがいない~」息子がぬいぐるみを引きずりながらやってきた。後ろには子守をしていたはずのハヤテ号が申し訳なさそうな顔で控えている。「おいで」膝に乗せ涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を拭いてやる。「ママはもうすぐ赤ちゃんを連れて帰ってくるから」「ほんと?」守りたいものが増えていく幸せ。
 *ろいっこ

812
汗をかいた肌が冷たくてシーツに包まった。シャワーを浴びてくださいと男の背中に声をかけようとした唇の動きが止まる。グラスを運ぶ動きに合わせ、腕、背中、首の筋肉が見事な協調運動をしていた。漏れた溜息に彼が振り向く。「さむいです」シャワーを浴びるのはもう一度熱くなってからでも構わない。
 *ロビさんの素敵イラストから妄想

813
「今日の夕飯は何がいいですか?」滅多にない休日に、妻が腕を振るってくれるらしい。「少し時間がかかりそうですね」私のリクエストに頷いた彼女の頭脳は優秀な錬金術師のようにフル回転しているはずだ。「では、私はその間に君の好きなアイスクリームを買ってくることにしよう」彼女の笑顔が弾けた。
 *てふてふ。さんの素敵イラストから妄想

814
敬礼を解き部屋を出ようとした時だった。ドアノブにかけた手に男の右手が重なった。「今日は逃がさんぞ」「ご冗談を」彼の熱さに触れた背中は歓喜に震えているくせに、発した声はいつもより低い。「命令だ、中尉」ここまで言わせてしまう私はきっと狡い女に違いない。ノブが緩やかに元の位置に戻った。
 *てふてふ。さんが素敵なイラストを描いてくれました

815
血に塗れた手で腰を抱き寄せ小さい顎を掴んだ。いつもは敵を射殺すような瞳が私を映して揺れている。幸せにできないと分かっていながら、彼女を求めることが許されるとでも?「煩い!」頭の片隅で正論を述べる自分を黙らせたつもりが、目の前の唇が震えていた。「すまない」浅ましい己が止められない。

816
「ご結婚、決まったそうですね」助手席の男が振り向いた。どうして君が知っているんだと鋭い視線が問う。馬鹿ですね、優秀な補佐官は何でも知っているんですよ。「おめでとうございます」手を伸ばし黒い頭を引き寄せる。私からのプレゼント、ちゃんと受け取ってくださいね。最初で最後の私からのキス。

817
「やっとその気になってくれたか」キスの余韻に浸る瞳に疑問の色が浮かんだ。君に気付かれないよう苦労して消した話なのに、何処から仕入れてきたのやら。「私のお守りができるのは君しかいないだろう?」バレッタを外し金の髪に口付ける。例え実現しなくても、例え夢だとしても。私の相手は君だけだ。

818
柔らかい黒髪を繰り返し撫でる手に自分の手を重ねた。「一生、家族は持てないと思っていました」貴方の側で、けれど、ずっと一人で生きて行かねばならないのだと思っていました。「私達は家族だ。一生変わらない」閉じた瞼から涙が溢れてくる。「ありがとう…ございます」慣れた匂いが私を包み込んだ。
 *ろいっこ

819
「マスタングさん!起きて!」ガタガタという音と共に自分の体が揺れている。「遅刻しちゃう!」「うわっ」思わぬ方向への傾きで一気に目が覚めた。「朝一番の馬車に遅れますよ!」「う、うん…ありがとう」まだうまく働かない頭で考える。あの不思議な揺れは…もしかしてリザがベッドを持ち上げた!?
 *朝ドラ「マッサン」から妄想

820
腕の中から飛び出した仔犬が玄関で尻尾を振っている。そっとドアを開け外を確認すると黒い影が壁際に踞っていた。「大佐!」もしや怪我でもと慌てて近寄れば、酷いアルコール臭が鼻を突く。私生活には踏み込まないようにしているのに困らせないでください。「大佐…」答えない黒髪をつんと引っ張った。

821
「大佐、そろそろ時間です」本気で寝ていたのではないのだろう。すぐに目を開けると膝の上の本をデスクに置いた。「君の声を聞くと元気が出るよ」へにゃっと力の抜けた笑顔に、なぜか胸の奥が痛む。「小言でもですか?」「ああ。では行こうか」いつもの顔に戻り部屋を出ていく彼のためにドアを開けた。

822
内ポケットから白い布を取り出し、そこに描かれた文様を見つめた。独特な手触りのそれは、彼が戦場へ赴くのに欠かせないもの。一度は任務を放棄した私に、彼の背中と共にもう一度預けてくれた大切なもの。「私の軍服を持って来てくれ」その命令を完璧に遂行する為、整えた軍服の一番上に手袋を置いた。

823
「これにはサインできません」「そうだろうな」手袋を嵌めた指が擦り合わされ、突き返した書類が燃え落ちた。私達の間にこれ以上の関係は必要ない。地獄でも来世でもついていくと言ってもまだ諦めてくれないのか。「私の諦めの悪さは君が一番知っているだろう」発火布のざらりとした感触が頬を撫でた。

824
「新しい彼女は金髪らしい」自分のそんな噂を聞き、迂闊さを呪う。無意識に同じような女ばかり相手にしていたのか。彼女の耳に届いていなければいいが。いや、いっそ軽蔑される方がいいかもしれない。「どうかした?」「髪が…美しいなと思ってね」永遠に手に入らぬ女の面影を求め、今夜の代役を抱く。

825
噂通りの光景を目にした。あれはどこのお嬢さんだったかと頭の中のファイルを探る。スパイや暗殺者でなければ、相手は別に誰でも構わない。「ちょっと似てるかしらね」同じ色をした愛犬の目が心配そうに見上げてくる。厚めの毛布を身体に巻き付け、今夜だけは彼に抱かれる夢を見ることを自分に許そう。

826
君には何も与えてやれない。温もりも私の心も与えることはできない。だが、全ての片が付いた時にはこの体をやろう。好きにするといい。馬鹿なことを。貴方は私に全てを下さいました。生きる目的や歩いていく力…全て貴方に貰ったのです。だから何も必要ありません。ただ、始まりも終わりも貴方と共に。
 *ロビさんの素敵イラストから妄想

827
視界の端に入り込んできた白いつま先に、読んでいた本から顔を上げた。「そんな格好では風邪を引くぞ」半乾きの髪にバスタオル姿。内心動揺しながらも務めて平静な声を出す私を、大きな目がじっと不思議そうに見つめてくる。「しないんですか?」ああもう、君相手に我慢なんて出来るわけがないだろう!
 *116(アイロイ)の日

828
「ここには来るなと言っているんだが」テーブルの上の手鏡が裏返された。妻の座にいる女性の持ち物が残された部屋で彼に抱かれる。「いえ、私は性欲処理をしていただいてるだけですから」彼の顔が歪む。私の心が軋む。私は彼の部屋にも身体にも自分の跡を残さない。お互いの心に大きな傷痕を残すだけ。

829
「私からお願いしたのよ、結婚してくださいって」少女のように微笑んで母は言った。「酔った彼女にサインさせたんだ。こう、ペンを持たせてね」仕事の時とは違う、悪戯を閃いた子供のような顔で少し照れながら父は言う。二人とも嘘をつくような人ではないのだけれど…いつか真相を究明できるだろうか。
 *ろいっこ

830
私の中で新しい自分が生まれた瞬間だったかもしれない。唐突なように見えて自然な流れだった。酔っていたせいもあるが、いつもと同じように口説いてくる彼の声を聞き目を合わせた瞬間、いつもと同じではない感情が生まれた。「私と結婚してください」驚いた彼の顔。その後のことはあまり覚えていない。

831
無言で彼女の左手に指輪を嵌め、右手に愛用の万年筆を握らせた。少し震えながら署名し終えた文字を見て、やっと言葉が出る。「ありがとう」自分の独占欲の強さに苦笑する。こんな物などなくても二人の関係はずっと変わらないはずなのに。長い抱擁から解放された彼女の頬には、涙の跡が一筋残っていた。

832
この季節特有の冷たい風が窓をかたりと鳴らした。気が付けば後数分で今日も終わってしまう。「さて、暖かい我が家に帰るとするか」「部屋は暖まってませんよ」着せ掛けたコートに袖を通しながら彼が振り向いた。「君がいるから」何のてらいもなくこんなことが言えてしまうのだから、本当に性質が悪い。
 *1122(いい夫婦)の日

833
どれだけ一緒に過ごしても、この人の突拍子もない言動に慣れることはできなかった。補佐官としての務めも今日で終わるというのに、静かに去らせてはくれない。「君の最後の仕事だ。この書類にサインを」呆れる私にしてやったりと最高に悪い顔。「仕方ないですね…」一生付き合うことにいたしましょう。

834
むにむに、むにむにむに。「大佐、遊んでないでちゃんとしてください」これは気持ちよくて癖になる。ふにふにふに、ぷにぷにぷにぷに。「ハヤテ号を洗い終わったら、バスタブも掃除してくださいね!」「お前のご主人は相変わらず厳しいな」くぅんと鳴く相棒の肉球で遊ぶのをやめシャワーで泡を流した。
 *いい風呂の日

835
復帰の挨拶に来た俺を、美しい上官が笑顔で迎えてくれた。相変わらず綺麗でしかもちょっと艶っぽさが…と浮かれた考えを遮るように部屋の主が言い放った。「これからこき使うから覚悟しておけ」くそう、こっちも益々いい男になってやがる。ああ、そういうことか。賢い俺は復帰初日に気付いてしまった。

836
「愛してる」額に触れた唇に目が覚めた。ソファから身を起こし、隣に座った犯人の肩に凭れる。「何を今さら。知ってますよ」「付き合い長いからな」髪や頬に落ちてくるキスがくすぐったい。「私も、貴方とこの子を愛してます」少し驚いたような黒い瞳に微笑み返し、目立ち始めたお腹の上で手を重ねた。
 *妻の日、いい妊婦さんの日

837
ふらつく彼女を支えて店を出る。「ご機嫌だね、奥さん」「旦那さんにちゃんと連れて帰ってもらいなよ」彼女の名誉のために妻ではないと訂正したいが、この酔っ払いの相手をするだけで精一杯だ。「もう一軒いきましょ〜よ〜、マスタングさ〜ん」頼むからそんな目でそんな声でその呼び方をしないでくれ。
 *妻の日、朝ドラ「マッサン」から妄想

838
私を映す黒い瞳は頬に触れた手以上に凍りついていた。「同情でもいい、軽蔑してくれても構わない。今夜だけ私のものになってくれ」彼の中では冷たい雨がまだ降り続いていたのだ。そのことにやっと気付いた私にできることはただ一つ。「側にいます…ずっと」氷のように冷えきった体を精一杯抱きしめた。
*中島みゆき「空と君のあいだに」から妄想

839
偶然触れた指の冷たさに驚いた。記憶の中の手は温かいのに、あれは子供だったせいなのか思い出のせいなのか。少しでもましになるよう息を吹きかけ両手で包み込むと、彼女がびくりと身じろいだ。ああ、いけない。「手袋くらいしたまえよ」それ以上を望む自分を抑え離れようとした瞬間、絡んだ指と視線。

840
吐いた息さえ凍りそうな空気の中、黒い地平線に光が現れた。砂の大地は刻々と表情を変え、太陽が半分ほど昇る頃には辺り一帯が光でいっぱいになった。この国で一番最初に日の昇る場所で、今年最初の夜明けを見る。「熱い珈琲が飲みたいな」「はい」振り返らずとも今は隣に立つ君と新年のキスを交わす。
 *新年

841
たわいない会話も途切れがちになり、静かな時間が流れていく。心地よい空気に目を閉じれば、左肩にかかっていた重みが僅かに向きを変えた。「酔ってます?」目尻をほんのり赤く染めた彼女が遠慮がちに見上げてくる。「そうかもな」グラスの残りを口に含み、薄く開いた赤い唇にシャンパンを流し込んだ。
 *逸机さんの素敵コス写真から妄想

842
私に出来ることなら何でもしてやると言ったのに。「これだけ…貸してください」そう言って熱を持った手が小指をぎゅっと握ってきた。なあ、君。こんな時くらいもっと我儘になりたまえよ。「全部やる」「えっ」君の風邪なら喜んで貰ってやろう。驚く彼女の隣に潜り込み、緊張に固まった体を撫でてやる。
 *暁のヨナから妄想

843
壁際に立つ中尉に何か囁いている様子の男に声をかけようとした時だった。放たれた殺気に、反射的に体が身構える。「何だ、お前か」俺達を確認した二人はいつもの調子に戻っていた。射殺されるようなあの殺気は本当にこの二人のものだったのか?「まずいとこ見ちゃったかな」弟が後ろでボソリと呟いた。

844
寝室に入るやいなや彼女がベッドに倒れ込んだ。私の補佐に加え、パートナー業もこなしているのだ。慣れない生活に疲労困憊しているのだろう。「ドレスが皺になるんじゃないのか」「ん…」報いてやりたいが休暇はまだまだ取れそうにない。「すまないな、リザ」せめて今だけは…と結い上げた髪を解いた。
 *愛妻の日

845
ちゅっと音を立て唇が頬を掠めた。「あの時のお返しだ」そう言われて思い出したのは昔の記憶。落ち込むマスタングさんを元気づけてあげたくて、頬にキスしたのは幼かった私。「そんな大昔のことを持ち出されても困ります」二重の意味で恥ずかしく、真っ赤に染まってしまった顔は書類では隠しきれない。

846
どうしても寝付けない夜は人肌を求め彼の元を訪れる。誰何もせず静かにドアが開き、コートを脱いだ私の唇が塞がれた。こんな時はいつもそう。疲れていても寝ていても、私の要求は受け入れられる。明日の仕事に響かないように、補佐官のメンテナンスは彼の仕事だから。彼にとってこれは義務なのだから。

847
ぽたりぽたりと髪から垂れる水滴が、シャワーで温まった筋肉の上を滑り落ちていく。他所で女を誘うスマートな仕草や笑顔などは比較にならない、無意識に振りまかれる男の素の色香に呼吸すら忘れそうだ。「風邪を引きますよ」「ん」視線を逸らしタオルを手渡す私の愚かな劣情など、きっと彼は知らない。
 *てふてふ。さんの素敵イラストから妄想

848
街に甘い香りが漂い彼女の愛犬の首輪がチョコレート色のものに変わる頃、気紛れで流行りに乗ってみた。いつも通り遅くなった帰り道で、同じような甘い菓子が互いに差し出される。「等価交換ですか?」「私の方が愛が深いと思うぞ」「その言葉、そのままお返しします」くすっと力の抜けた笑みは値千金。
 *バレンタイン

849
部屋を出て行こうとした背中にコツンと額が触れた。「5分だけ頼む」背後で繰り返されるゆっくりした呼吸に自分もシンクロさせる。1分、2分…4分…。いつまでもこの行為を続けていたい女の私を彼の部下は許さない。「5分経ちましたよ」目を開けて振り向くと、いつもと変わらない上官の顔があった。
 *ロビさんの素敵イラストから妄想

850
『君を私のものに』この願いは一生叶わないと知っている。それと等価交換できるものを、私は何一つ持っていないのだから。「難しい案件なのですか?」眉間の皺がシンクロした。「いや、自分の強欲さに呆れていたんだ」大切な人が、私好みの香りの紅茶を私好みの温度で出してくれる。それだけで充分だ。

851
コートと上着は床に落とし重い足を引き摺って向かうは台所の一角。プシュッという音の後、ハムを貪りひたすらビールで流し込む。腹がくちくなり人心地ついたところで気が付けば、彼女がテーブルに突っ伏していた。どうやら食べながら眠ってしまったらしい。「お疲れ」崩れた金の髪にぽんと手を置いた。

852
ソファと段ボール、あとは床に直接置かれた酒瓶が数本。それほど広くない部屋なのにあまりに物が少な過ぎて、外よりも寒い気がする。「もっと家具を増やして、生活できるようにしてください」返事はなく、代わりに背後から腕が回された。「お願いですから」頷いたのか拒否なのか、腕に力が込められた。
 *ドラマ「ウロボロス」から妄想

853
すました顔をしていても、落ち着きのなさが跳ねる文字に現れている。好みはともかく、そんな姿を見るのが楽しくて数ヶ月に一度は映画に誘う。彼女の好みはさっぱり理解できないが、素顔を堪能できる権利と等価交換ならば、ホラーでもスプラッタでもアクションでも恋愛ものでも、何でも期待に応えよう。

854
ぱりっしゃりと心地よい音を立てて、紅い果実が二人の間を行き来する。痩せ細っていく果肉と反比例するように、内側から満たされていく感情。林檎を食べ終え、残った芯を床に置く。甘酸っぱい果汁が伝う指を舐め合い視線が絡めば、同じ香りのする唇に吸い寄せられるのは自然の流れ。共犯者が生まれた。
 *ドラマ「デート」から妄想

855
月のない夜、星を見るには最適だと外に連れ出された。屋根の上に寝転んだ途端、不思議な感覚に襲われる。凄い数の星達が落ちてきそうで体ごと吸い込まれそうな不安定な空間。ここには自分しかいないのではと不安に震えた時、右手がぎゅっと握られた。「空を飛んでるみたいだ」彼の温かさにほっとした。

856
「母さんの’昔の男'ってどんな人?」「はぁ?」思いがけない息子の質問に変な声が出た。私がこの子くらいの頃はそんな言葉知らなかったわよ。父と静かな二人暮らしで、黒い目のお弟子さんがやってきて…。「ねえ、どんな人?」「そういうことはお父さんに聞きなさい」もう、本人に聞いてちょうだい。
 *ろいっこ

857
ひらりはらり。何処からともなく美しい花びらが降ってきた。白から薄いピンク、赤、深紅と徐々に色を変えて舞うそれは、あっという間に私の周りに降り積もる。花びらに埋もれ身動きも出来ず息が止まりそうになった瞬間、それらは焔に姿を変え私を焼き尽くしたーーこれは夢なのか、私の望む未来なのか。

858
「君とは結婚できない」何を今さらなことを。彼の意図が読めず黙ったまま顔を見つめた。「今は、だ」整えた前髪をくしゃと崩す仕草で照れているのが分かる。「10年、いや5年以内に必ずプロポーズする。だから返事を考えておいてくれ」これは世に言う求愛ではないのかしら?さて、どう答えましょう。

859
ゆっくりと唇を指でなぞり、驚いて開いた口に自分のものを重ねた。口腔に入り込み誘うための熱が自分自身の理性を溶かしてゆく。意志も理想も罪も溶け、触れ合う相手だけを感じる快感…。けれど、永遠と思われた時間は破られた。時刻を告げる鐘の音に我に返る。「お疲れ様でした」「ああ」夢の終わり。

860
いつものように残業で、いつものように日付が変わって。慣れた日常にすっかり油断していた自分を呪ってももう遅い。傍にある男の気配が危険なものへと変わった。獲物をゆっくりと追い詰める真っ直ぐな黒い目が私の動きを封じる。「お預けはもう御免だ」耳に触れた唇の振動に、身体がぞくりと騒めいた。
 *ロビさんの素敵イラストから妄想

861
祝いの言葉に眉間にしわを寄せてしばらく考え込む貴方。難しい専門用語や他人の情報なんかはその優秀な頭脳で覚えているくせに、自分のことには無頓着で困った人。仕方ないですね、ご本人の代わりに私が記憶しておきます。私は貴方の有能な補佐官ですもの。さあ、今夜は早く帰って祝杯を上げましょう。
 *61の日

862
広間からは軽快な音楽と招待客の賑やかな声が漏れ聞こえてくる。宴は最高潮、乗り込むならこのタイミング。ドクンドクンと自分の心音が耳に響き、一気に緊張感が高まっていくのが分かる。「準備はいいか?行くぞ」目を瞑り息を吐く私の腰に彼の手が回された。「Yes, sir」さあ、行きましょう。
 *株式会社ロイアイ総会

863
単調な雨の音に支配された部屋に電話のベルが響いた。一回、二回、三回。切れてまた一回、二回、三回…今度は四回目で受話器を取る。「今から行く。待っていろ」こちらの都合などお構いなしで、Noとは言えないのを知っている狡い男。「Yes, sir」犬のように訓練されて、声だけで熱くなる私。
 *611の日 宇多田ヒカル「Automatic/First Love」から妄想

864
そろそろ食事が終わった頃だろうか、彼女の部屋へ向かった頃だろうか。静かすぎる夜は時計の針が進むのも遅くて余計なことまで考えてしまう。愛して欲しいなど分不相応な夢はとっくに捨てたはずなのに、どこでどう間違ってしまったのか。暴れ出す感情に戸惑いながら、仔犬と一緒に切なさを抱きしめる。
 *611の日 宇多田ヒカル「Movin’on without you/First Love」から妄想

865
闇に沈んでいく体から何とか右腕だけを伸ばすことができた。けれど掴もうとした指の間を金の光はすり抜けていく。「くそっ」自分の声に瞼を開けばそこは自室で、疲れた体は鉛のようだ。薬を飲み忘れたのを思い出し腹の傷が痛むが、何より彼女が側にいないのが痛い。夢も現実でも彼女がいないのが痛い。
 *611の日 宇多田ヒカル「in My Room/First Love」から妄想

866
微かに眉を顰めた私に彼は優しく言った。「ごめん、次に会う時には止めておくよ」秘伝を託してしまったのに、次に会うことなんてあるのかしら。明日の今頃には汽車に乗って私のことんなんて忘れているはずだ。「あの…」自分から顔を寄せ最後のキスを交わす。やっぱり慣れない、苦くて切ない煙草の味。
 *611の日 宇多田ヒカル「First Love/First Love」から妄想

867
不意にネクタイを引かれ体勢が崩れた。「この後はどうされます?」紅い唇が耳に触れる。これは罠だ。答える代わりに抱いた肢体は柔らかく危険な香りを纏っている。「大佐、どうされます?」完全に無防備になった私にまた甘い罠が仕掛けられる。「ああ…降参だ」本心を白状し彼女をソファに押し倒した。
 *611の日 宇多田ヒカル「甘いワナ〜Paint it,Black/First Love」から妄想

868
以前私は「手の届く範囲のものを守れば鼠算式に守れるものが増えていく」と言った。そのことで君に顔向けできない手段で近道をする気はない。しかし最近思うのだ。「守る」を「幸せにする」と言い換えてもいいのではと。私の場合はまず君から幸せにしなければと。観念して私と一緒になってくれないか?
 *611の日 宇多田ヒカル「time will tell/First Love」から妄想

869
「泊まっていかないのか」「明日も早いですから」ベッドの脇に散らかった衣服を一枚一枚身につけていくように、本心にも嘘を重ねていく。「帰りたくないんだろう?」「まさか。そういう戯れは恋人とどうぞ」不機嫌になった彼を残して部屋を出た。激しく降り始めた雨がこの想いを洗い流してくれるはず。
 *611の日 宇多田ヒカル「Never Let GO/First Love」から妄想

870
父と二人だけの冷え切った家庭に火を灯してくれたのはあの人でした。偶然なのか運命なのか、その後も私の人生の岐路にはあの人がいて…これからも行けるところまで付いていきたいと思っています。え?一目惚れじゃないのかって?そんなことありえないと思っていましたけど、そうなのかもしれませんね。
 *611の日 宇多田ヒカル「B&C/First Love」から妄想

871
白い頬を伝った涙が彼女を抱く私の腕に落ちた。感情の産物なのか生理的なものなのかは分からない。彼女の心を知ることはできないが、ずっと一緒にいて欲しいと願ってしまう。涙が拭える距離にいて欲しい。夢から覚めた時に側にいて欲しい。伝わることはないと知りながら柔らかい身体を強く抱き締めた。
 *611の日 宇多田ヒカル「Another Chance/First Love」から妄想

872
理由を求めて彷徨う視線を強引に捕らえ捩じ伏せた。そんなに理由が欲しいなら私に縋ればいい、もっと自分に素直になればいいと頑なな身体に刻み込む。 その広い背中に守られるだけではなく守りたい。やっと見つけた答えを胸に一人だけの誓いを立てたはずなのに。孤独に怯え、今はその背に爪を立てる。
 *611の日 宇多田ヒカル「Give Me A Reason/First Love」から妄想

873
今日のおすすめの方がよかったかしら。少し後悔しながら食べる私の前にフォークに突き刺された肉が現れた。「一口どうかね?」躊躇いながら口にする。じゅわっ、ほろほろ。何て美味しいの!「ほぅ…」満足のため息をつき目を開けると彼がテーブルに突っ伏していた。もう、そんなに笑わないでください。
 *611MoA2015への投稿

874
微かに触れ合う金属音に身体を起こした。「何をしているんですか?」裸の肩越しに彼の手元を覗き込む。「これを…」また悪戯でも思いついたのかと想像していたのに、振り返った彼の目は真剣な色を帯びていて。「持っていてくれると嬉しい」首に掛けられた認識票の鎖には銀色に光る指輪が通されていた。
 *611MoA2015への投稿

875
シーツを跳ね除け慌てて起き出す気配。鳴らない目覚ましに珍しく悪態をつく可愛い声。どうやら寝過ごしてしまったらしいと寝ぼけた頭で考えながら、逃げる彼女を捕まえて朝の挨拶を交わす。「やめてください!遅刻するじゃないですか」いつもの彼女、いつもの小言、いつもの…否、新しい日常が始まる。
 *611MoA2015への投稿

876
全ての準備を終え、することがなくなった私はクローゼットの奥から古びた箱を持ち出した。いくつかの形見の中から、燻んだ銀色の指輪をそっと手に取り夕日にかざしてみる。遥か昔、父と母はどういう思いでこれを交わしたのだろう。そして明日、彼が準備したものを指に嵌める時、私は何を思うのだろう。
 *611MoA2015への投稿 お題「夕暮れ」「遥か昔」「指輪」

877
顎を砕かれ蹴り飛ばされた男が足元に転がってきた。「私のパートナーは過激だろう?銃の腕も足技も凄くてね」「閣下!何を呑気なことを!」破れたドレスから美しい脚を覗かせて彼女が近付いてくる。「気に入らん」「は?」実に気に入らない。左手で彼女を抱き寄せ、物陰の敵に向かい指を擦り合わせた。
 *611MoA2015への投稿 お題「過激な」「守って、守られて」「破れたドレス」

878
はしゃぐ仔犬達の鳴き声と草を踏む足音が近付いてきた。木陰の心地よさにいつの間にか転寝をしていたようだ。「閣下、そろそろお昼にしませんか」覗き込んでくる彼女も本当に楽しそうでずっと見ていたくなる。「どうされました?」「ん…ああ、そうだな」そろそろ例の返事も聞かせてもらいたいものだ。
 *611MoA2015への投稿 お題「足音」「ピクニック」「返事」

879
「リザ」「はい」「リザ…」「はい」「リザ…リザ……」私が彼の名を呼べない分、彼が私の名を呼ぶ。「リザ」甘い言葉はいらないから、もっと私を呼んで。太い首に腕を回し、力強い腰に脚を絡める。「リザ…」ああ、その声だけで私は天国へも地獄へも赴けるのです。もっと、もっと私を呼んでください。

880
「「あっ」」落ちる寸前に受け止めたはずの鉛筆が、ぶつかった衝撃で床に転がった。「リザ、ありがと…」椅子に座り直し拾ってくれたお礼を言おうとした私を置いて、頬をピンク色に染めた彼女は鉛筆を持ったまま部屋を飛び出して行った。呆然とする私の唇に残されたこの感触は、額でも唇でもなく…鼻?
 *お題「鼻先にキス」「転がる鉛筆」「ピンク」

881
抱きたいだけの女はその辺に数多転がっている。しかし私が望むのはそんな女どもではない。同じ目線で物事を見て同じレベルで語れる女。閨ですら政治軍事を語れる女。歴史上の偉大な英雄でもそのような伴侶を得た者はごく僅かと聞く。身の程知らずな野望を抱く私が隣に置きたい女は、彼女ただ一人だけ。

882
二人と一匹だけの夜の散歩道、いつもより少しだけ歩調を緩めてみた。先に行ってしまうかと思った影が横に並ぶ。普段はその地位に相応しく堂々と軍靴を鳴らして前を歩き、走り出したら全速力で追いかけないと付いて行けないくらい速いのに、プライベートでは歩調を合わせてくれる。そんな貴方が私は…。

883
片田舎の駅で少女が一人汽車に乗り込んだ。古めかしいトランクを荷台に預け、被っていた帽子を脱いだ彼女は窓の外に視線を投げた。ここに戻ってくることはもうないかもしれない。入ってきた汽車に景色を遮られ、意志の強そうな目が閉じられる。その汽車からホームに降り立った青年に気づくこともなく…

884
寝過ごした朝は戦場だ。バスルームの譲り合いに始まり犬の餌やりに至るまで、一進一退の攻防を制して最後に勝利するのはもちろん戦巧者の私である。眉間に皺を寄せた補佐官を従え無精髭のまま出勤するのは実に誇らしいが、口にすると命を狙われるのは必至なので、ここだけの話にしておいてくれたまえ。

885
早く上がれた帰り道、書類に紛れ込ませたメモ、酔っ払って掛けてくる深夜の電話。冗談に紛れ隙を突かれると、思わず「Yes」と答えそうになるのでやめてください。本当の私はとても激しくて、自分で自分を抑えきれなくなるのです。だからどうかお願いです。私は貴方の、ただの道具でありたいのです。

886
「待たせたな」見慣れぬ姿に対応が遅れた。そういえばこの薬品工場に出入りする者はみな白衣を着ることになっていた。彼もただの研究者なら別の未来があったのかも…。「行くぞ」白衣を脱ぎ、黒いコートを羽織った背中を追いかける。いいえ、違う。彼にとって錬金術は理想を実現するための手段なのだ。
 *白衣タング

887
「お疲れですね」「んー」「早めに休まれてはどうですか」「ああ」肩に乗せられた顎が僅かに動くだけでちゃんとした返事は戻ってこない。彼の立場の難しさは分かっているから無下にはできないが、膝の上にずっと拘束されていては私も家事ができないのだ。「寝室に行きますか?」「ん」唇に返事が来た。

888
書類を差し出す白いその手に触れたい。私のために傷付く身体を抱き締め、口付けたい。しかしそれは禁忌であり罪。消して叶うことのない、己の所業で潰した未来。それでも欲しくて欲しくて。この手に掴むことはできない代わりに、ずっと側に縛り付けようと私は彼女に呪いをかける。「付いて来るか」と。

889
「好きでもない男に抱かれる気分はどうだ?」背中のホックを止めるのを手伝いながら気紛れに問うてみた。振り返った鳶色の瞳が不機嫌そうな顔を映す。「好きでもない、いえ、憎んでいる女を抱く気分はどうですか?」身に付けた下着を再び脱ぎながら彼女が問いを返す。いいだろう、もう一度確認しよう。

890
もう何が悲しくて泣いているのか本人も分からないのだろう。しゃくり上げる小さな体が苦しそうだ。「ほら、落ち着け」「うっ、うえっ」ポンポンと背中を叩いてやるとぎゅっとしがみ付いてきた。「ここはリザ専用なんだがなぁ」体温の高い体が愛しくてたまらない。仕方ない、私と彼女の分身なのだから。
 *ろいっこ(佐藤さんの素敵イラストから妄想)

891
「オムオムレツレツオムライス♪オムオムレツレツオムライス♪」リビングに賑やかな集団がやってきた。「おは…よう…」新聞から顔を上げるとパジャマ姿のまま歌って踊る子供達の後ろでリザも一緒に踊っている。「君達の主張は分かった。今日は私が作ろう」ところでオムライスとオムレツどちらなんだ。
 *ろいっこ

892
ハイネックの黒い布を引き下げ、昨夜の跡を舌が追う。ピクリとも動けない身体に絡みつくように上着の隙間から入り込んだ手が鳩尾の辺りを撫でる。「…っ、失礼します」無言で離れていく体温に意識を引き摺られながら逃げるように執務室を出た。いけないと分かっているのに今夜も彼の元へ赴くのだろう

893
「退官式もできず…残念です」「私は皆に見送られるような立派な人間じゃない」あれ程の功績を残した人が静かに去ろうとしている。「どうぞ、閣下」彼の元補佐官が車のドアを開けた。「もう閣下ではないよ」「そうでした」笑みを交わし車に乗り込む二人を最敬礼で見送る。彼らの未来に幸あらんことを。
 *図書館戦争 THE LAST MISSIONから妄想

894
お願いですから先頭には飛び出さないでくださいと鋭い鷹の眼が訴えてくる。無茶は承知で決行する作戦、だが勝算はある。理解していても君の心配は消えないのだろう。いつも苦労をかけるなと苦笑しながら手袋を嵌め視線を合わせた。「さあ、行くぞ」それでも戦場まで付いて来てくれる女は君しかいない。
 *いい夫婦の日

895
膝の上にある髪をそっと撫でつけた。「初めて貴方に会ってから、何十年経ったのでしょうね」昔と違い、この程度では聞こえないのは有難いけれど少し寂しい。彼の髪にも白いものが混じり、私達も歳を取ったのだと実感する。「愛していますよ」「ん、知ってる」もう…そんなところは変わらないのだから。
 *いい夫婦の日

896
控えめに開けられたドアから彼の声がする。「入浴中にすまない。珈琲豆はどこかな」そういえば置き場所を変えたんだっけ。心地よいお湯と漂うオイルの香りに心も体も蕩けていたのかもしれない。「それより…大佐も一緒にどうですか?」ドアの向こうで慌てる彼。たまにはこういうのもいいかもしれない。
 *いいお風呂の日

897
そういや昔からくるくるとよく働く子だったな。疲れて眠り込んだ彼女に幼い頃の姿が重なる。幸せになって欲しいと願ったはずなのに現実は正反対で、私が彼女に掛けてやれるのは優しい色のブランケットではなく無粋な青い軍服だ。すまないと謝ることもできず、起こさないように金色の髪をそっと撫でた。

898
前を歩く彼の足が止まった。「今夜は満月か」凍てついた空気に吐き出された言葉が白い。「冬の満月は位置が高いんだ」父のお弟子さんを思い出させる口調に絆され、隣で空を見上げると手が触れた。冷え切った指が絡まり温かいものが昇ってくる。自宅までの数分間、その温もりに浸れる幸せを噛み締めた。
 *満月のクリスマス

899
「ね?可愛いでしょう?」ぐいと差し出された仔犬のくりくりした目がこちらを見ている。「ブラックハヤテ号と名付けました」自慢気に宣言してくれるがその名前はどうだろう。本人、いや本犬は満足そうだからいいのか。「家族ができたみたいで嬉しいんです」そうか、私の代わりに彼女をよろしく頼むよ。

900
年越しの喧騒もひと段落したのか、夜明けの街は静まり返っている。「新年と言っても我々には同じ1日が始まるだけだがな」徹夜仕事をぼやく私の隣では、相変わらず美しい補佐官が眩しそうに朝日を眺めている。「いや、同じ日は1日とないか…今日もよろしく頼むよ」差し出した手に白い手が添えられた。
 *2016元旦

901
紅い宝石、血の色、焔の色…目の前のお酒ですら彼を思い起こさせる。焔の色は燃える物や温度によって違う、温度が上がるにつれて白、青となるんだ、だっけ。どこかの錬金術馬鹿が力説していた。「酔ったのか」「髪くらい拭いてください。風邪を引きますよ」私の心に燻る焔の色は…。回された腕が熱い。

902
「オムオムレツレツオムライス♪オムオムレツレツオムライス♪」リビングに賑やかな集団がやってきた。「おは…よう…」新聞から顔を上げるとパジャマ姿のまま歌って踊る子供達の後ろでリザも一緒に踊っている。「君達の主張は分かった。今日は私が作ろう」ところでオムライスとオムレツどちらなんだ。
 *ろいっこ

903
ごしゅじんがふわふわしたちいさいものをつれてかえってきましたよ。ふんふん。ごしゅじんとにてるけどもっとあまいにおいがしますね。「ハヤテ号、今日から家族が増えるのよ」「お前の方が親として先輩だからな。よろしく頼むよ」いえす、さー!まかせてください。いっぱいそだてたべてらんですから!
 *ろいっこ

904
「傘に入らないかね、お嬢さん」店先で声を掛けられた。「有能な補佐官のお陰で仕事が早く終わってな」彼は一人喋り続ける。「私の恋人は子犬を飼っていてね。そいつの餌が切れそうだと言っていたのを思い出したんだ」手にしていた紙袋を奪われた。「帰るぞ」行き先が同じなので付いていくことにした。

905
彼の口から聞ける言葉ではなかったはずなのに。戸惑いと嬉しさで表情が定まらない。黒い瞳を見つめたままでいるとそっと抱き締められた。何も言っていないのに私の本心がどうして分かるの。「長い付き合いだろう?ずっと君の事を見てきたから分かるさ」恥ずかしいからそんなに丸裸にしないでください。

906
後部座席に滑り込むとハンカチが手渡された。「いや、それほど濡れていない」返そうと見上げた顔は冷たさに青くなり、金の髪からはぽたぽたと雫が垂れていた。こみ上げる衝動のままに手首を掴み抱き寄せる。「すまない、今すぐ君が欲しくなった」彼女の手から落ちた傘がドアの向こうで雨を弾いていた。
 *お題「すまない、今すぐ君が欲しくなった」

907
左の視界に入った敵の足を撃ち抜き、バックステップで安全な位置を確保する。偶然ぶつかる背中。安心感と安定感のある背中に、連射する衝撃が吸収されていく。「なあ」「何ですか?」「先に謝っておく。すまない、今すぐ君が欲しくなった」ドンという音と同時に右後方にいた敵の銃が飛び、靴が燃えた。
 *お題「すまない、今すぐ君が欲しくなった」

908
「マスタングさん、休憩しませんか」そう言って差し出されたのはいつもの珈琲ではなく、甘い香りのココアだった。「珈琲ばかりですと胃がやられてしまいますから」「ありがとう、リザ」勇気を出して数年ぶりに君の名を呼ぶ。あの頃には戻れないが、これから先は…。照れて目を伏せる彼女の手を取った。
 *バレンタイン

909
「様式は」「招待客は」「ブーケは」別世界のことのようでイメージすら湧かないのに、担当者は次々と質問を浴びせてくる。ああ面倒だ、もうやめようか。「素敵なプロポーズだったのでしょうね」「は?」慌てて記憶を遡るが思い出せない。「すまない、リザ。私と…」閣下、担当者の視線が痛いのですが。

910
複雑な文様の背中が寝返りを打った。私の手を取り指先に口付けると、そのまま再び眠り込んでしまう。気紛れにそんなことをされたこっちの身にもなってみろ。世間では私の狗と呼ばれているようだが、本性は猫ではないのか。気儘な猫が知らぬ間に出て行かないよう、柔らかい身体をしっかりと抱き込んだ。
 *にゃんにゃんにゃんの日の翌日

911
「それは私の物では」「すみません。落ちていたので」彼愛用の万年筆を弄んでいるところを見られ、咄嗟に嘘をついてしまった。受け取った彼は手帳に何かを書き記す。『このペンの所有者が亡くなった場合は私の補佐官に譲るものとする』馬鹿なことを!泣きそうになるのを堪え、目の前の男を睨みつけた。

912
昔から彼の行動には驚かされてばかりだ。臨時講師にエルリック兄弟を呼ぶこともだが、学校設立のために全財産をつぎ込んでしまった。「二人で生活する分くらいは残っているさ」呆れる私に黒い瞳が悪戯っぽく笑う。「昔から君は節約上手だしね」はいはい、一緒に苦労する覚悟はとっくにできていますよ。

913
「機嫌がいいな」低い声が耳をくすぐる。「目当ての男でも来てるのか」「後ろの人なんて好みかも」「妬けるなぁ。君が狙うと百発百中だろう」合図に備え銃に手を伸ばす。「あら、一番は貴方なのよ」「本当だと嬉しいね。この後どうだ?」どさくさに紛れ悪戯してきた手を抓る。「無事に終わったら…ね」
 *ロビさんの素敵イラストから妄想

914
不安定にぐらりと揺れた頭が私の右肩に収まった。お互いここまで気を許していながら故意に触れることがないとは、そんな馬鹿げた関係を一体誰が信じるのか。「さて、どうしたものかな」「たい…さ…」夢の中の私は君をどう扱っているのだろう。彼女の手からグラスを奪い、残ったワインを一気に煽った。

915
「やあ、6時間ぶり」猫のように伸びをして彼女がシーツの間から顔を出した。「コーヒー淹れてくれます?」「この私に命令できるのは君だけだな」ベッドから降りる背中に命令なんかじゃないですと不服そうな声が当たる。とんでもない、君の目が「淹れてくれなきゃ引っ搔きます」と言ってたじゃないか。

916
寝起きの霞む目で彼女の身支度を眺める。パウダーをはたき、普段は付けない色が唇に乗る。ああ、昨夜贈った花と同じ色だ。いつも忙しくて世話ができないと文句を言うが、受け取った時の瞳の色がその言葉を裏切っている。だから私は彼女に花を贈る。この想いをうまく言葉にできない代わりに花束を贈る。
 *宇多田ヒカル「花束を君に」から妄想

917
「プレゼントですか?」落ち着いた雰囲気の紳士が声をかけてきた。戸惑う私から必要最小限のことだけを聞き、そのベテラン店員は一緒に選んでくれた。「有難うございました」綺麗に包装された小瓶を手に店を出る。明日は久しぶりの休日。彼がいつも纏っている香りを少しだけつけて過ごすことにしよう。
 *ドラマ「真夜中の百貨店」から妄想

918
雨音に夢を中断された。記憶の向こうの無邪気な私と大人になった今の私の境界が不鮮明で、もう一度瞼を閉じる。優しいはずの想い出が、止まない雨に濡れ幻となって消えていく。汗ばんだ肌から体温が奪われていく。「すぐに止む」私を奈落に突き落とし引き上げた男の腕が冷えた身体をそっと抱き寄せた。
 *宇多田ヒカル「真夏の通り雨」から妄想

919
「一つ目」長いキスの後は二つめ三つめと首筋から鎖骨、胸へと唇が降りてくる。腰、臍の次は持ち上げた爪先に触れ、内腿にはしばらく消えないであろう跡が残された。「あっ」唐突に最も敏感な部分を吸われる。「同じ場所はカウントされないか?」繰り返される強い刺激に数えることなどできなくなった。
 *お題「十カ所にキスしないとでられない部屋」

920
「いつになったら返すんだ君は」「条件クリアしてないだろうが」「そこまで待ってたらとんでもない利子になるぞ」「利子取るのかよ!ちっせえ男だな」「なんだと!?」片や国軍大将、片方や人の親になっても変わらない光景。こんなやり取りの中でも彼の命を少しでも伸ばそうとする青年は中々の策士だ。
 *61の日 1

921
「じゃあ、利子ついでにもう一つ約束してよ」今まで一言も発することなく優雅にお茶を飲んでいた青年が口を開いた。「大将が大総統になって民主化を進めるところまではOK?」言い争っていた二人が同時に頷く。「じゃあ、それに加えて」もう一口お茶を飲んで彼は続けた。「リザさんが幸せになること」
 *61の日 2

922
「それいいな。おっさんとの約束より、そっちのが優先だ。おっさん頑張れよ!」「おっさんおっさん煩い!それにその件は最初から織り込み済みだ」爆弾を落とした後も何食わぬ顔で静観していた青年がこちらを見て微笑んだ。「だそうですよ、リザさん」すっかり忘れていたわ。弟の方が策士だったことを。
 *61の日3

923
かなり悩んだのだ。ハヤテだけでもいいけど頭に何か付けたくて、最終的にはこの子の毛色にした。好きな色でもあったし。「ブラックハヤテ号です!」「そ、そうか…いい名前だな」彼も同意してくれた。サラブレッドみたいでかっこいいでしょう?いつか大きくなったら、私を乗せて疾走してくれるかしら。
 *611moa2016へ投稿

924
見られている気配がして顔を上げた。「何だ?」「何も」犬のブラッシングをしながら彼女は首を傾げた。気のせいかと再び本に目を落とすが、やはり頭部に視線を感じる。「言いたいことでもあるのかね」「ちょっといいですか」白い手が伸びてきて髪をくしゃと触られた。「うふふ、一緒ですね」何がだ!?
 *611moa2016へ投稿

925
ぼくにはひとつぎもんがあります。ごしゅじんは「私は大佐の狗なのよ」といつもいっています。なのに、いえではボスがごしゅじんにめいれいされたり、しかられたりしています。しかられるとぼくはかなしくなるのに、ボスはうれしそうなのです。おかしいですよね?ぼくもおとなになったらわかるのかな。
 *611moa2016へ投稿

926
足が、腰が、胸が、両手が、頭が、順に赤く染まっていく。これは夢だと分かっているのに、逃げることも覚めることもできず体が硬直する。夢のきっかけはいつも同じ。彼に移った甘い女の香り。それに引き換え私が纏うのは、血と硝煙の匂いだ。自分自身も知らないと思っていた感情を夢は突き付けてくる。
 *611の日、万葉集「夏の野の茂みに咲ける姫百合の知らえぬ恋は苦しきものぞ」から妄想

927
「では後ほど」彼女からの珍しい言葉に、年甲斐もなく浮かれた男が花束を抱えて店を出る。白く凛とした姿が似ている気がして、そこにあった百合を全部買い込んだ。ドアを開けた瞬間の困った顔が目に浮かぶ。きっと小言も言われるだろう。でも大丈夫。白い花束を抱えた君を丸ごと、私が責任を取るから。
 *611の日、万葉集「道の辺の草深百合の後もと言ふ妹が命を我れ知らめやも」から妄想

928
投げつけられた石が頬を掠めた。瞬時に反応する護衛を制し正面を見据える。その視界を濃い影が横切った。鷲か。あっという間に飛び去ってしまった。手の甲で血を拭い、ざりざりと耳障りな音を立てながら歩を進める。一歩ずつ、一歩ずつ進んで行くしかない。あの鳥のように飛べるわけではないのだから。
 *611の日、万葉集「世間を憂しとやさしと思へども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば」から妄想

929
ぴちぴち。ちゅぴちゅぴちゅぴ。賑やかにさえずりながら雲雀が飛び立った。ぴいぴいぴいと会話でもしているみたい。あれは親子?兄弟?それとも番?あんなにお喋りしてて羽を動かすのを忘れないのかしら?暖かくなってきた日差しの中、一人分の洗濯物を干しながら小さな子供のようなことを考えていた。
 *611の日、万葉集「うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しも独し思へば」から妄想

930
スコープを覗くと焔と煙を探すようになった。昨日はいなかった、今日はどこに。会いたい、でも会いたくない。初めて彼を見つけた時、あの優しかった黒い瞳は死んでいた。私が彼を変えてしまったのだ。会いたくない、会いたい。いつかあの人の前に立てるだろうか。砂混じりの風がフード越しに頬を叩く。
 *611の日、万葉集「我が背子をいつぞ今かと待つなへに面やは見えむ秋の風吹く」から妄想

931
雨だけでなく風も吹き荒れ、コートなど役に立たなくなってきた。さっさと家に帰るべきだとは思うが足は別方向へ進む。「馬鹿ですか!」ドアが開くと同時に叱る彼女を抱き締めた。こんな面倒な男など、いつ愛想を尽かしてもおかしくないのに…受け入れてくれる理由が分からないままその優しさに甘える。
 *611の日、万葉集「風をいたみいたぶる波の間なく我が思ふ妹は相思ふらんか」から妄想

932
飲みかけのワイン、手に馴染んだ銃と手袋。テーブルの上に無造作に置いたそれらが月光に照らされ、まるで祭壇に飾られた供物のようだ。祈る神も祈る資格もない私が何か一つ願うとしたら…。隣で眠る男の黒髪を指先でそっと梳く。この穏やかな夜が、彼が眠れる夜が、どうかもう少しだけ続きますように。
 *611の日、万葉集「天(あめ)にます月読壮士(をとこ)賂(まひ)はせむ今夜の長さ五百夜(いほよ)継ぎこそ」から妄想

933
「もう少し月明かりがあればな」こちらの意図が分かったのか、私の下で美しい身体をくねらせていた女が顔を背けた。きっとその目元は赤く染まっているに違いない。まあ、こういうのも悪くないか。腰に手を回し抱き起こす。脳裏に焼きついている文様をゆっくり指でなぞると、甘いため息が耳にかかった。
 *611の日、万葉集「ぬばたまの夜渡る月のさやけくはよく見てましを君が姿を」から妄想

934
1時間程なら仮眠できるか。銀時計を閉じ、伸びをしてから違和感に気付いた。いつもならすぐに声をかけてくる私の有能な補佐官が、ペンを握ったまま静かに寝息を立てているではないか。眠る彼女と本日分の書類を交互に眺め決意する。「よし」今日こそ早く帰してやる。気合いを入れ紙の束を手に取った。
 *611moa2016時計企画(5000)

935
「あっ、おとうしゃん、いっしょ!」「そうね、一緒ね」寝起き姿のままリビングに入ると、自分によく似た息子と美しい妻が私を見てくすくすと笑い出した。「ぴょんぴょん」「跳ねてるわね」何が一緒なんだ?自分だけ気付いていないというのは実に面白くない。白状させようと二人を勢いよく抱き込んだ。
 *ろいっこの日、お題「寝癖、気付いていないのは自分だけ」

936
窓の外の景色を眺めていた彼が振り向いた。「今日までご苦労だった」軍帽を脱ぐと白髪混じりの前髪が落ちる。「ところで、その、明日からも私と…」言い淀む彼にそうじゃないでしょう?と目で訴える。苦笑した後、威儀を正して彼は告げた。「付いて来るか」「何を今更」貴方の部下として最後の敬礼を。
 *611moa2016へ投稿、お題「敬礼する、窓の外の景色」

937
きらきら光る小瓶を手に取った。子供の頃、母が使っていたのをどきどきして見ていた記憶が微かに残っている。そんな魔法の小瓶の蓋をきゅっと開けると花の香りが広がった。甘く華やかでいて、どこか妖しい香りにうっとりする。「気に入ったか?」ええ、とても。今日だけ貴方の花になろうと思うほどに。
 *611moa2016へ投稿、お題「今日だけ、花の香り」

938
執務室に入ってきた補佐官が、デスクで待つ私の耳に顔を寄せた。欲しかった情報に満足し労いの言葉をかけると、少しだけ空気が緩む。「部屋にふたりぼっちなのに、内緒話みたいでおかしいですね」彼女がくすりと笑う。「まあ、いいさ」こんな時ぐらいしか近付けないのだから、やめたりしないでくれよ?
 *611moa2016へ投稿、お題「内緒話、ふたりぼっち」

939
『私も士官学校へ入学することになりました。またいつか、どこかでお会いすることがあるかもしれませんね』何度か投函しようとして結局出せなかった一通の手紙。「いいのか?」「はい、持っていても仕方ないので」読まれることのなかった言葉が彼の焔で消えていった。でも私はここにいる。貴方の側に。
 *611moa2016へ投稿、お題「ここにいる、一通の手紙」

940
ベールで隠れるとはいえ、二人の因縁を晒すことに躊躇いはなかったのか。「何を今さら。昔から私は貴方のものです」ドレスを試着した彼女はくるりと背を向け表情を隠した。「私は複雑だ」目の前にある背中に指を伸ばし唇を近付ける。己だけが知るものではなくなる寂寥と自分のものだと公表する優越感。
 *りくさんの素敵イラストから妄想

941
「あっ、そんなことしちゃいけません」小さい手が涎のオプション付きで楽しそうに絨毯を毟っている。妻の目には薄っすらと涙が滲む。子育てがここまで大変だとは想像もしなかった。もしかすると国を運営するより大仕事かもしれない。「ああ、私が直しておくよ」今にも銃を抜きそうな妻を急いで宥めた。
 *ろいっこ

942
「髪、切ったんだな」きつく抱きしめられ傷口が痛んだがそんなことはどうでもよかった。「見えるんですね」背中に回した手で軍服を掴む。「付いて来てくれるか?」彼の声が震えている。何を今さらと答える私の声は嗚咽に飲み込まれ彼に届いたかどうか分からない。深夜の病室で私達は初めて唇を重ねた。

943
部屋に入ったところで背後から拘束された。「公私混同はしないんじゃないんですか?」いつもよく回る口が一言も発さず、ただ抱き締める腕に力がこもる。「私は大丈夫ですから」「大丈夫じゃないのは私の方だ」どうやらかなり心配をかけてしまったようだ。「すみません」回された腕にそっと手を添えた。

944
星空に吸い込まれる。屋根の上は怖くなかったけれど降るような星々に圧倒されて、幼い私は無言で夜空を見上げていた。「私の方は君を夜中に連れ出したことが師匠にバレないかと、冷や汗ものだったんだが」「今はもう心配ありませんね」大人になった私達は、あの時と同じように並んで流星群を見ている。

945
背中に視線が注がれる。昔は緊張と重圧に苦しいこともあったが、今ではいい緊張感と安心感が半々といったところか。しかし心の奥では、後ろではなく隣に立ち、同じものを見て欲しいと口に出せずに悶々と悩んでいる。こんな不甲斐ない男の姿は君の目にはどう見えているんだ。なあ、私のHawkeye?
 *ホークアイの日

946
何かが、おかしい。帰宅してハヤテ号の食事を用意し、脱いだ軍服をハンガーに掛け、シャワーを…浴びた?今身に付けている下着は出勤時と同じものではない。シャワーは浴びたようだ。ラジオからは日時を告げるアナウンサーの爽やかな声。「大変です、大佐。丸1日消えました」隣で眠る男の頬を抓った。
 *ホークアイの日(リザの休日)

947
首の後ろで空気が揺れた。幻聴かと思ったが、私の耳はその音声を捕えていた。「…リザ」一気に体温が上がる。さっきまでもっと恥ずかしい行為をしていたのに、そんなことも吹き飛んでしまうくらいの恥ずかしさ。「もう…油断できない人」シーツに潜り、あの時以来呼ばれなくなった自分の名を反芻した。

948
目を閉じて背もたれに体を預けている上官にそっと近づいた。もう少し眠らせてあげたいけれど時間が迫っている。声をかけようとしたその時、不意に唇が動いた。「ん…リザ…」二度と彼に呼ばれることはないと思っていた私の名前。「迂闊すぎますよ、マスタングさん」1分だけ、上官を起こすのを待った。

949
愛してるなんて 言わない 後ろから 遠慮なく お尻を蹴飛ばされ 格好悪く 君には敵わないなあと 苦笑する貴方が 結構好きで このままでいたいけれど さらなる 死地へ 進む貴方の 背中を預かり 側にいるために 戦い抜く 力を欲する 終の日まで 手袋を預かる立場で 共に生きたいと望む

950
愛してると 言う代わりに 腕に抱き 永遠に 終わりなき旅へ連れて行く 覚悟をした 君は 苦しい 決断を迫られても この私から 去ることなく 静かに 全てを受け入れ 背中を晒す 双頭の蛇が絡み合うように 断ち切れぬ想いと 血に塗れた手で 捕まえた君と 天国ではなく地獄へ 共に行こう

951
「あ、えっと、娘さんかな。君の名前は?」彼女は何と答えたのだったか。十年以上前の記憶を手繰り寄せる。「貴方こそ、名前は?」ああ、そう返されたんだった。あの頃は短かったなと、シーツに広がる金糸を手で隠してみる。「リザ」これくらいの長さにすることがあれば、また君の名を呼べるだろうか。
 *映画「君の名は。」から妄想

952
「駄目です」「そうか。なかったことにしてくれて構わない」意外とあっさり引き下がったことに安心する。「だが、毎年この日、この時間に申し込むからな」小箱を懐に戻しながら、とんでもない事をさらりと宣言する男。「答えは変わりませんよ」「粘り強さには自信があるんだ」油断した私が馬鹿だった。

953
シンプルな返事すら理解できていない彼にもう一つ告げなければと腹に手を当てる。「一人で育てるのは不安もあり、ま…す」突然の抱擁で言葉が遮られた。頬が濡れる感触。涙を見るのはこれが二度目だわ、と場違いなことを考えている間に彼の体がずるずると沈む。「ありがとう」腹を抱く声が震えていた。

954
軍服の裾に泥が付いているからと無防備に足下に跪く女。「取れましたよ」見上げる顎を捕らえ、ぐいっと顔を近付ける。ああ、どうしてやろうか。何も言わずこちらを見つめる双眸。挑むような、そのくせ少しの疑いも持っていないような目が忌々しい。「ふんっ」触れる寸前で己の感情と女の唇を手放した。
 *小崎さんの素敵イラストから妄想

955
視界の端に入ってくる似たような色に苛つく。「大佐ぁ、煙草吸ってもいいっすか?」「馬鹿か、貴様」信頼する部下の前髪を燃やしてやろうかと思ったが、生憎と普通の白手袋だった。彼女が側にいないだけでこの体たらく。自分のものでもないくせに、馬鹿か貴様。情けない自分に向けて心の中で言い放つ。
 *JG結城中佐のセリフより

956
隣に座ってしまった。4人用のコンパートメントで、普段なら向かいに座るのに。汽車の揺れに合わせて肩と足が触れる。奇妙な緊張感がどれだけ続いただろう、不意に彼が動いた。狭いから座席を移動するのかしら…移動するのかしら…かしら。唇が触れた瞬間、私の頭の中で壊れたレコーダーが回っていた。

957
可愛い爪を紅く塗っていく。「これでは夕飯の支度ができません」店を予約したから大丈夫。ストッキングを脱がせ次は足。「着替えられないじゃないですか」私がドレスを着せてやる。「髪も…」ああ煩い。髪もセットするし、口紅も塗り直してやるから。唇の紅を剥ぎ取ると我が妻はやっと大人しくなった。
*いい夫婦の日

958
ベッドから起き上がろうとして、胸元の微かな痛みに溜息が出た。「もう…ダメだって言ったのに」いくつかの紅い印に混じり、肌にくっきりと残った歯形。「等価交換だろう」忌々しい黒髪の錬金術師がそう言って背を向ける。「これもかなり痛いぞ」見せつけられたそれは、私が無意識に付けた爪痕だった

959
「明日からどうしたらいいか悩みます」彼はきっと研究に没頭するのだろうけど。「では私の面倒をみてくれないか?」近づいて来た気配に後ろから抱き締められた。「遅すぎますよ」「すまん」恐る恐る唇が触れる。「もう20年早ければ…若くて」「うるさい。黙っていなさい」彼の執務室が静かになった。
 *真田丸の信繁ときりちゃんのシーンより妄想

960
ただ側にいるだけで暖かく楽しかったあの頃。父から課せられた恐ろしいものを彼に託そうと決めたあの神聖な夜。裏切られたと感じ、絶望と自分への怒りでしがみ付いたあの瞬間。互いの傷を抉り、また舐め合おうと足掻いたあの時。そして今、私達はそれぞれの理想と望みのために手を取り合って隣に立つ。

961
少女のように膝を抱えて座る女の肩を抱き寄せた。ぴくりと腕の緊張が伝わるがそれもすぐに弛緩して、胸に預けられた体が暖かい。彼女だけが与えてくれる体温に張り詰めた心が少しずつ解れていく。「寒くないか」「はい、大丈夫です」もう少しだけこうしていよう。月明かりに満たされるモノクロの時間。
 *ロビさんの素敵イラストから妄想

962
閉じた目を縁取る金色の睫毛が微かに震えている。慣れたキス待ち顔と懐かしいショートカットに少し混乱した私は、その白い額に唇を落とした。「どうしました?」手袋をしていても頬の冷たさが分かる。早く温めたい、が。「今はおあずけだな」不思議そうにしている彼女を促し、雪降る中を自宅へ急いだ。
 *お題「雪が降る中でおでこにキスしてるロイアイ」

963
白と黒に塗り分けられた床の上を一人彷徨う。これは夢だと認識している夢。真っ暗なのに足元だけがはっきりしていて、何かに追われ逃げている。右へ左へ、前へ後ろへ、時には斜めに。「もう終わりかね?」そんな私の脳内に低い声が直接囁きかける。ああ、だめだ。もう逃げられない。「チェックメイト」

964
ポケットに残っていた欠片を口に運んだ。ざりざりという砂の感触と苦味が口の中に広がる。「あーあ、彼女の作ってくれたザッハトルテ食いてえなあ」悪友の惚気を聞き流し、もう一口齧る。寒い夜に淹れてくれたショコラと同じ組成なのに、なぜこうも違うのか。温かさをくれた女性はすぐそこにいるのに。
 *バレンタイン

965
「触っちゃだめ!」ボウルに指と前足を突っ込もうとするのを叱ったが、にへりと笑って返される。厳しく躾けてきたつもりなのに自負心が揺らぐ。「チョコレートケーキか」「あっ」やってきたもう一人がタネをペロリと舐めてしまった。そうだ、私のせいじゃない。子供も仔犬もボスに倣っているだけだわ。
 *バレンタイン *ろいっこ

966
「せっかく塗ったのに…」甘いキスの後だというのに彼女は不満そうに唇を尖らせた。「こっちの方が似合うはずだ」用意してきた新しいルージュを塗り、掴んでいた顎を離す。鏡に向かう彼女にどうかと問えば、悪くないですねと可愛くない返事。では仕方ない、その濡れた唇からもう一度色を落とさねばな。

967
「ちゃんと食べてるのか」ああ、また叱責される。近付いてくる上官に身が竦む。「そんなに肩肘張らなくていい。休めないのは私の責任だしな」ぽんぽんと叩いた手が離れると、どこから取り出したのか頭の上にキャンディが置かれていた。「今はそれでも食ってろ」口に含んだ丸い玉はオレンジの味がした。

968
嘘つきな二人。本当は消えてしまいたいのに互いの視線に縛られて平気な顔で武器をとる。嘘つきな二人。贖罪のため次世代のため命を投げ出す覚悟と言いながら本当のところは生き残りたくて足掻いている。嘘つきな二人。これは恋ではない愛でもない、ただの慰めだとシーツの隙間ですら嘘ばかりの私たち。
 *エイプリルフール

969
家々から漏れるオレンジ色の灯りに目を細めた。彼女にはあちら側にいてもらいたかったのに、現実は濃い影の中に二人で佇んでいる。「今日はここまででいい」「しかし…」「女の家が近いんだ。察したまえ」疲れた顔で敬礼し彼女は去って行く。その後ろ姿を見送り、私は誰もいない自宅へ重い足を運んだ。
 *診断メーカー「仕事で疲れ切った帰り道、家の明かりが灯っているのを見て不意に泣きたくなった(相手には絶対言わないが)」

970
「こんな…んっ、初めて…です、よっ」「すまん…」熱い吐息が耳をくすぐる。「ちょっと、動かないっ、で」首に太い腕が絡まる。外見からはそうと見えないのに、服越しでも鍛えられた筋肉の動きが伝わってくる。「ん…リザ」「まったく、もう」気合を入れ、ずり落ちそうになる酔っ払いを背負い直した。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「初めて」

971
「雨、上がりましたね」「君に無能と言われずに済む」一仕事終えた気怠い空気を払うように、心地よい風が髪を揺らす。「鷹の眼なら、かなり遠くまで見えるんだろうな」そう言った彼の目は私には見えないものを見ているはずだ。「さあどうでしょう」追いつきたい、そして一緒に生きていたいと強く思う。
 *ロビさんの素敵イラストから妄想

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窓から差し込む光量が増してきた。ぐうっと伸びをして眠気を払い、彼女の方はどうかと振り向いた。「ん…xxxxx」ハヤテ号と言ったのか?マスタングさんとも聞こえたような。「あっ、おはようございます!ちょっと顔を洗って来ます」飛び起きた彼女は悩む私を置いて朝の執務室を飛び出して行った。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「朝の〇〇」

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こっち?あっちかな?くろいねこさんおいかけてたらわからなくなっちゃった。どうしよう…もうごしゅじんにあえないのかな。「ハヤテ号!」あ、ごしゅじんだ!わーい!「どこへ行ってたの?」えっとね、とおーーいところなの。「心配したのよ」「お前にとっては小旅行だったな」うん、ぼうけんしたの!
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「小旅行」

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やっと認めてもらえたぞ、これはその証だ。好きに使えと師匠が渡してくれた鍵を握り締め階段を駆け下りた。「見てくれ、リザ!」「もしかして書斎のですか?」「そうだよ」見開いた茶色の瞳が少し揺れた。私の勢いに戸惑ったのだと思っていたが、あの時の彼女の心は寂しさに泣いていたのかもしれない。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「鍵」

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腕いっぱいの花束とプレゼントを持って、男が久しぶりに顔を見せた。特に何を話すでもないが共に杯を重ね、とうとう男は眠り込んでしまった。「起きな」そろそろ追い出さないと店じまいができない。「んん…リザ…」全く。寝言で名前を呼ぶくらいなら、さっさと嫁にして私をおばあちゃんにしてごらん。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「寝言」

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『妻だけは自分で選んだ』敵であった男は言った。全てを決められていながら、伴侶だけは譲らなかったというのだろうか。彼の座っていた場所まであと一歩と迫った男のために紅茶を淹れる。やや薄い、淡い黄色味を帯びた水色の、この季節に似合いのものを。「どうぞ」果たして彼に自由はあるのだろうか。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「色」

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「大佐、遅れますよ」「ん〜、ああ。もうそんな時間か」「今日は支持者のご婦人方がたくさんお見えになるというのに、ピシッとしてください」「嫉妬しないのか?」「するわけないでしょう。しっかりと格好いいところをお見せしてくださいね」「君が惚れ直してくれるなら」「これ以上無理です」「ん?」
 *ロイアイ総会2017に向けて

978
屋上でサボっている上官を見つけた。「大佐も気分転換にどうっすか」「いや、いい。」「ダメなんで?」「昔、下宿先のお嬢さんが目に涙を溜めて咳き込んだことがあってな。それで辞めたんだ。まあ、今は平気そうだが」なんだ、甘酸っぱい話の始まりか?この人にもそんな時代があったんだな。ん?今は?
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「気分転換」

979
乾いた唇に薬と水を運ぶと少女の顔が苦痛に歪んだ。少しの動きでも辛いのだろう。痛みと発熱でここ数日まともに眠れていないはずだ。せめて涼しい風でも入れようと、開けた窓から近所の花壇が目に入った。一人ぼっちのあの子にあげたかったのは酷い火傷の痕ではなく、庭で一緒に摘んだ花だったのに。
 *ロイアイの日2017 1

980
「リ…少尉、と呼ぶのもこの場には不似合いだな」仕事とはいえ確かにおかしいかもしれない。特に今のような格好をしている時には。「エリザベス、というのはどうだ」考え込む私に決定案が告げられる。「全く無関係でもないしいい響きだ。さあ、君の新しい名に乾杯」カチンと二つのグラスが合わさった。
 *ロイアイの日2017 2

981
机に広げた愛犬の写真を楽しそうに整理している。その隣でお茶を啜りながら落ちそうになっていた1枚に目を留めた。仲良く写る3つの顔(正確には2人と1匹だ)。「家族みたいだな」零れてしまった言葉は戻らない。じっと私を見つめる彼女の表情が読めず、困り切った大馬鹿者の足元で子犬が寝転んだ。
 *ロイアイの日2017 3

982
マルヨンマルマル。寝る時間はないけれど、帰宅してシャワーを浴びるくらいはできそうだ。残る問題は。「仮眠取ってくださいね」「ああ」「本読んじゃダメですよ」「煩いな。君は母親か嫁かね」「母親にはなれません!」「嫁にはなれるか」「「……」」「仮眠室に行く」二人とも疲れ過ぎているらしい。
 *ロイアイの日2017 4

983
ポーン、ナイト、ビショップ、ルークにクイーン。私が自由に動かせる駒はこの5つ。たったこれだけの戦力で、盤上どころか盤の外でも戦わねばならないらしい。プレイヤーである私も最前線に出るしかないが、我を忘れて一線を越えることはないだろう。キングの背後でクイーンが全てを見ているのだから。
 *ロイアイの日2017 5

984
最初は母が死んだ時だったかもしれない。次は背中に恐ろしい陣を刻まれた時。父が死に、そのお弟子さんに秘伝を伝えた時。あの地獄のような地で現実を知り、秘伝を焼いて潰してもらった時。約束の日に二人で焔の錬金術を使った時。そして貴方の腕の中で目覚めた朝、私は六度目の生まれ変わりを迎える。
 *ロイアイの日2017 6

985
  「どうして貴方はいつも!」「君こそなんでそんなに頑固なんだ!」あ、ごしゅじんなきそうです。「うわっ!」「ハヤテ号!?」ごしゅじん、だいじょうぶですか?「分かったから噛みつかないでくれ」「いい子だから、ね」ぼくはごしゅじんのゴエイカンなんですからきびしいですよ。ぼくがなんばーわん!
 *ロイアイの日2017 6+1

986
リザさんが馬車から降りるのをさり気なく助ける姿に、流石だなあと感心する。「ウィンリィ嬢のドレス姿が楽しみだ」「綺麗でしょうね」「兄さんは緊張してますよ」案内している間にも様々なことが脳裏をよぎる。この二人には10の恩を11にして返すのではなく、10の恩と1の幸せを贈りたいと思う。
 *ロイアイの日2017 6+1+1

987
「これくらい簡単に解けるだろう」「どなたかと間違えてないかしら」ネクタイで拘束された白い手首を撫でると、間違えようもない背中越しに妖しい視線が絡みつく。「いっぱい意地悪してくださる?」ここまでなりきるとは教育が行き届き過ぎたか。返事の代わりに露わになった背中に何度も唇を落とした。

988
「ぼく、おとうさんみたいになるんだ!」足に抱きつく子供と抱き上げる黒髪の男。あれは自分だと確信したが、その光景はどんどん遠くなり、そして目覚める頃には白い光しか残っていなかった。「大佐、よく眠れましたか?」目が潤んでいるのは、遠慮がちに尋ねる金の髪が眩しいからだと思うことにした。

989
【people hate what they really love】主に女性が誘われた際などに口先では嫌だと言っていても本当のところは好意があり本気で断っているわけではないことを表す。男女の仲を表す俗語。そして、今まさに私達の目の前で繰り広げられている上官二人がじゃれ合う様子。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「嫌」

990
触れもしないのに…髪に、頬に、唇に、首に、指先に、強い視線を感じ、その部分が熱くなる。けれど湧き上がる熱のままに振り向いてはいけない。悟られないよう、同じ姿勢でいつもよりゆっくりと書類に文字を書く。互いに気付いてはいけない熱だから。小さく深呼吸をして顔を上げると、視線が繋がった。
 *MoA2017「触れる」「ふたりを繋ぐもの」

991
連続する2発の銃声。手にしていた銃を弾き飛ばされ、右足を撃ち抜かれた男が見苦しく喚いている。全く大したものだ。関心しながら戦意を失った残党を捕えるよう指示を出す。私の仕事を奪ったどころか、あのタイミングでは合図を出した瞬間には引鉄を引いていたはずだ。以心伝心。この瞬間が心地よい。
 *MoA2017「触れる」「ふたりを繋ぐもの」

992
ルビーが光る耳元で男が囁く。「触れているだけでは生殺しだ。今すぐ君と深く繋がりたいのだが」女が手を解きステップを止めた。平手でもお見舞いするのかと思えば、その手は男の太い首を抱き寄せる。「では、この後は寝室でダンスを」目立つはずの黒と金が、いつの間にかダンスホールから消えていた。
 *MoA2017「触れる」「ふたりを繋ぐもの」

993
「やあ、エリザベス♪ 今から街に巡回に出るんだが、ランチでもどうかな。今日は副官が休みでね、代理の者には許可を貰ってるよ。え?その代理の者に代わって?一般人のお嬢さんにそれは許可できないなあ。うん、うん。犬も一緒でいいからね。では時計塔の前のカフェで」ガチャン☎︎ 11:00記録
 *MoA2017 ロイアイ時計

994
ワンピースよりブラウスとフレアスカートがいいかしら。髪は下ろして小さめのイヤリングを付けて。目はパッチリ、ピンクのチークにベージュの口紅っと。「大佐ぁ、これじゃないとダメなんですかぁ」「ちゃんと変装しなきゃ音声を録って来られないでしょう」「フュリー、中尉には逆らわない方がいいぞ」
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「変装」

995
乾いた風に捲き上る砂塵。私には絶好の実験場が広がる。〈パキン〉青い錬成光に反応して燃え上がる焔が全てを黒く塗り潰す。赤も青も緑も、そしてあの眩しい金色も、全てが闇色に染まっていく。「帰るか」「ああ…」俺はどこへ帰ればいい?赤黒い人の血に染まった手袋をはめ直し、私はまた戦場に出る。

996
「例の書類はどこに?」「ああ、いつもの場所だ」そんな執務室での会話と少しも変わらないリズムで「新しいシーツはありますか?」「いつもの場所にあると思うんだが」私の自宅で交わされる会話。公も私も、分離できないくらい彼女は私の人生に関わっている。どちらかがいない世界を想像できない程に。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「いつもの場所」

997
しつこい客をあしらいきれず、百戦錬磨の店主に視線で助けを求めた。「無駄なことはよしときな。その子は青臭い錬金術師以外はお断りだとさ」「マダム!」隣にいる客の存在を忘れ、思わずテーブルから身を乗り出してしまう。「間違っちゃいないだろ?」店の隅で飲んでいた男がニヤリと笑った気がした。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「お断り」

998
「好きだったん…ですよ」頬を赤く染めるでもなく、今日のスケジュールを告げるのと同じ調子で私の補佐官が告げた。「誰を」「貴方を」鷹の眼が獲物を捕らえる。「知らなかったでしょう?」右腕に鷹の爪が引っ掛けられた。「好きだったのに」うん、知ってたさ。今は酔っ払いの戯言として聞いておくよ。

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受付で支払いを済ませドアに向かうと声がかかった。「ブラック・ハヤテ号くんもお母様もお元気で〜」会釈をして外に出る。母と呼ばれるくすぐったさ。それ以外にも、この子は私が失っていた温かいものを与えてくれる。「ありがとうね、ハヤテ号」予防接種にへこんでいた仔犬が嬉しそうに尻尾を振った。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「母」

1000
「これか?刷り上がってきた明日の新聞だ。そろそろ祭りでもと思ってな。朝から大騒ぎになるぞ。まあ皆薄々勘付いていたから、今さらスキャンダルでもないだろうが。もちろん君も協力してくれるな?何しろ私の相手として写っているのは君なんだから」これは新手の詐欺なのか、本気のプロポーズなのか。
 *【ワンドロ・ワンライ】お題:「スキャンダル」